『男同士の可愛いラブラブなストーリー』幼なじみのふたりが大人になって正式に付き合うことに。

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R18

Part1のあらすじ

礼士と雄真は近所で幼なじみ。礼士は大学生でひとり暮らし。雄真は昼はデパートのコスメティックとフレグランスの売り場にいて、夜はメイクにドレスで怪しい女装バーで働いている。礼士には姉がふたりいて、雄真は礼士より姉達と女の子の遊びをすることが多かった。

礼士は深刻なウツ病持ちで、今まで何度もオーバードースを繰り返していた。ドクター命令で実家で休養している礼士を、忙しい家族は誰も気にしていない。雄真は夜の仕事を休んで、礼士のお見舞いに来る。感動した礼士は、雄真に正式に交際を申し込む。

次の日、気分がよくなった礼士は雄真と海へドライブに出かける。そして雄真に一緒に住まないか?と提案する。雄真は嬉しくて海辺で大泣き。

雄真は水商売で必要なお金が貯まったので、念願のメイクアップの学校に行くことに決めている。彼は一緒に住む条件として、礼士のことはとても大事だが、でも自分の仕事や学校も大切。もし礼士の病気が悪くても、どこまで看病できるか分からない。しっかり夢を追いかけている雄真。ふたりは試験的に少しずつ一緒に住む練習をすることに。

 

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Part1~Part5男同士の可愛いラブラブなストーリー

Part1: 1-10, Part2: 11-22, Part3: 23-34, Part4: 35-46, Part5: 47-56

 

Part1

1

「やだ、チーちゃんじゃない。久しぶりねー。やっぱり可愛いわ、あんた。お鼻の上にホコリついてますよー。ダメですよー。ちゃんと綺麗、綺麗にしないとー。」

聞き覚えのある甲高い声。俺、いつの間にか寝ちゃってたみたい。

「雄真?」

「起きた?」

「お前誰と喋ってんの?」

「クマさん。礼士って意外と物持ちいいのね。これ僕があげたのでしょう?大昔よね。」

「なに?そのチーちゃん、って?」

「僕が誕生日にあげて、ふたりで名前つけたでしょう?小学生の時。」

「なんでそんなこと覚えてんの?って言うか、それよりお前どうやってセコムくぐって入って来れたの?」

「石山さん。」

石山さんは俺達の子供の頃からずっと家にいてくれる、お手伝いのおばさん。おばさん、って言っても俺の母親よりは若い。

「お前のそのメイクとドレスでよく家の中に入れてもらえたな。」

「全然平気だったわよ。雄真ちゃん、久し振りー!とか言われた。」

「お前のなりもどんどんエスカレートするな。」

「職業柄ね。」

雄真はなんだかよく知らないけど、女装したホステスがいるバーで働いてる。なんて呼ぶのそういうバー?知らないけど。結構大きめの所で、ショータイムなんかもあるらしい。

「お前これから仕事なの?」

「ううん。今日は休みにしてもらった。」

「なんで?」

「だって礼士が寂しい、って言うから。」

「そんなこと言ってないだろ?俺は病気。でも家に誰もいない、ってラインしただけだろ?」

「それって、寂しいってことじゃない?」

そうかもしれない。でもそれ認めるのも恥ずかしかったから、話題を変えようとしたら、あっちが、

「なんで礼ちゃん、こんな部屋に布団で寝てんの?」

「大学の側に引っ越して、すぐ俺の部屋を姉さんに盗られた。」

「ふーん。畳にお布団。淫靡な響き。みんなが帰って来る前に、セックスしちゃおうよ。」

雄真は俺の寝てる布団に入って来る。

「悪いけど俺、ウツ病だから。」

「だから?」

「性欲ないし。」

「じゃあ、キスだけ。」

俺達、キスしながら、どうも習慣だからやっぱり俺は、雄真の身体に触りだす。

「お前、ほんとにパンストまで穿いてんだな。」

俺はドレスの中に手を入れて、下着に触って、布団の中だから色とかは確認できないけど、なんだかツルツルしたエッチっぱいヤツ。下着の上から触ったら、ちゃんとついてるべきモノはついている。

「変な所に触んないで。ヤりたくなっちゃう。」

「お前、なにしてもいいけど、チンチンはちゃんとつけとけよ。」

「うん。大丈夫。そんなもったいないことしないわよ。」

そしてまた俺達、ロマンティックにキスして、その時は俺が寝てて、雄真が俺に覆いかぶさるみたいにしてて、

「お前、化粧上手くなったな。もうあんまり男だってバレないだろう?」

「明るい所だとダメだけど。電車とかに乗るのヤダ。」

「香水。今つけてるのなに?」

「ジョルジオ・アルマーニ」

「中性的。」

「サッパリした香りでしょ?」

「お前まだ香水屋の仕事もしてんの?」

雄真はもともとメイクアップアーティスト志望で、デパートのメイク用品とフレグランスの中間みたいな所で働いていた。

「うん。まだやってる。」

「まだあの銀座の?」

「そう。同じとこ。」

「いつもそんなカッコで働いてんの?」

「男性のユニフォームはスーツだから。」

「スーツ着てその顔もそそるな。」

「そんなこといつも言わない癖に。」

「そうか?」

「僕、礼士が僕のどういうとこが好きなのか分からない。」

俺は今度こそ、話題を変えようとする。

「ドクターに入院させるって脅されて、死んでもイヤだ、って言ったら、じゃあ家族と一緒にいる、って約束するならいいって言われて。」

「礼ちゃん、そんなに悪いの?僕、心配。」

「ここにいれば、家族は多分なにもしてくれないけど、少なくとも石山さんが面倒見てくれるから。」

「家族の人はどうなの?」

「知ってんだろ?母親と姉ふたりはああだし、父親もああだし。」

「うん。みんな自分のことで忙しいのよね。そういえば、このドレス、礼士のパパに買ってもらったのよ。」

「ええ!なにをどうしたらそんなことになるの?」

「いつか遊びに来た時、パパに名刺渡して、よろしくお願いします、って言ったら、接待でお客さん連れて来てくれて、それから何回か来てくれて、こないだ同伴出勤してくれて、このドレス買ってもらったの。」

「へー、すごい話しだな。俺、でも・・・」

「なによ、もったいぶって。」

「雄真は化粧はちょっとで、綺麗な色のスーツ、黒とか紺とか茶とかじゃなくて、そういうのいいな。」

「じゃあ今度それでデートしよう。礼ちゃん早く元気になって。」

雄真を抱き寄せると、胸元からまた、アルマーニの香水が香る。

「雄真、チンチン切ったり、胸入れたくなったら、やる前に俺に相談しろ。」

「相談したらどうなるの?」

「絶対ダメ、って言うから。」

「周りにそういう子がいっぱいいるから。顔も整形してたり。」

「お前はもともと目は大きいし女顔で、可愛いし。」

「ありがと。」
俺達は幼なじみで、家は歩いて5分、走って30秒。雄真はどちらかというと、俺と遊ぶより、俺の姉達とお人形ごっこをしたり、姉の服を着せられて、メイクされて、玩具にされていた。今は俺には大学があるし、雄真には仕事がある。そんなにゆっくり会えない。

「雄真、今夜はゆっくりしていかれるんだろ?」

「うん。」

「少しよくなったら、一緒にドライブに行こう。」

「え!礼ちゃん、車買ったの?」

「こないだ父が、お前ももう大学生だからって。」

「いいな、金持ち。」

「いいことばっかりでもないぞ。」

「そうなの?なんで?」

「俺が昔、ちょっと好きだったかもしれない同級生に、父親が接待と称してドレスを買ってやってる。」

「いやなの?」

「君の商売の邪魔をする気はない。」

「昔、ちょっと好きだったかもしれない同級生、ってどういうこと?今はどうなの?」

俺はその疑問に対する答えをこれから考えようと思ってたら、俺の寝ている部屋にヘッドライトの眩しい光が。そして玄関のドアが開いて、母と姉達のかしましい声が響いてくる。

2

「あ、お姉様達、帰っていらしたわね。ご挨拶しないと。」

階下に行くまでもなく、みんなは着替えるためにバタバタ2階に上がって来る。俺の寝てる和室のドアを開けると、すぐ廊下になってて、雄真はみんなに声をかける。

「お母様!麗花様!唯花様!」

みんなが口々に、

「まあ、雄ちゃん!ますます可愛らしくなって。」

「麗花様、どうもありがとう。」

「あら、雄ちゃん、可愛いドレスね!」

「ありがとう、唯花様。えへへ、お客さんに買ってもらったの。」

「雄ちゃん、なんでここにいるの?」

「礼ちゃんのお見舞い。」

「あれ、礼士帰ってんの?」

「お母様、そんなこともご存知ないんですか?」

「そんなことより、雄ちゃん、今日、家庭用カラオケセットを買ったのよ。」

「えー、マジ!僕とかも歌っちゃっていいんですかあ?」

「もちろんよ!一緒に歌いましょう。」

「ヤッター!」

3

大音響のカラオケが響いている間、俺は俺の暗かった人生をかえりみていた。幼稚園に入る頃から冷笑的で、厭世的で、幼稚園にも興味を感じず、入園3日目でギブアップした。なだめすかされてなんとか幼稚園を卒業し、小学校を卒業し、なんだかんだで今に至る。ウツ病だって診断されたのは中学の時だけど、考えてみたら、小児の時からずっとウツだった気がする。顔も性格も地味で、男ひとりなのに家族に興味を持ってもらえず。和室の戸がゆっくり開いて、石山さんが顔を覗かす。

「礼士さん、お風呂入って来てください。全く、カラオケうるさくて、なんにも聞こえない!」

「俺、そんな気分でもない。」

「ここにいるより、お風呂の中の方が静かですよ。ゆっくり入って来てください。」

リビングの前を通り過ぎると、音だけじゃなくてイルミネーションも凝っている。暗い部屋の中にカラフルなライトが回っている。俺はついうっかり部屋の中をのぞく。雄真が持ってるマイクで俺に向かって叫ぶ。

「礼ちゃーん!僕と一緒に歌いましょー!」

みんなお酒も相当入っている。俺はニコリともせずに通り過ぎ、お風呂に行く。

4

なるほど、ここの方がずっと静かだ。俺は湯船に浸かりながら、なぜか父親のことを考える。俺の高校の同級生だった女が、ホステスになって、父はそこにも通ってるらしい。だからそれは雄真だけじゃない。きっと父は俺の同級生の働いてるバーに通うのが好きなのかもしれない。なぜなのかは見当つかないけど。俺の同級生の売り上げに貢献したいから?近所だし共通の話題があるから?別にどうでもいいけど。こんなにうるさいのを我慢しても、やっぱり病院にぶち込まれるよりはいいな。俺は色んなウツになるんだけど、今回のは、急に現実感がなくなって、手元にある薬を全部丼に出して、混ぜ合わせて、ざっと数を数えたら多分死ねるくらいあって、その次の日が病院の予約の日で、俺は変に律義なところがあるから、ちゃんとその時間に行って、現実感ないしどうでもいいやと思って、丼の薬の話しをしたら、入院しろって言われて、あんな辛気臭い所は耐えられないと言ったら、実家で静養しろって言われた。風呂にゆっくり浸かって、ゆっくり頭を洗って、ゆっくり身体を洗って、部屋に戻ろうとしたら、丁度帰って来た父親と出会った。

「おう、帰ってたのか?」

「具合が悪くて。」

「おみやげ買って来たから一緒に食べよう。」

見ると父は手に寿司屋の袋を下げている。俺達がキッチンの方へ向かおうとすると当然、リビングの前を通ることになり、みんなに寿司を奪い取られる。雄真のバカが、

「パパ、お帰りなさい!」

「おう、雄ちゃん、来てたのか?ドレス可愛いな。」

「ありがとう、パパ!僕と一緒に歌いましょー!」

すっかりでき上っている。俺は石山さんに呼ばれて、キッチンへ。

「お夜食用意したから、薬飲む前に食べて。」

小さいおにぎりが3つ。中身はみんな違ってて、俺の好きなのばかり。食べてると父の歌声が。石山さんは、笑い出して、

「ほんとにみんな、賑やかで。」

「どうせすぐ飽きると思うんだけど。」

「私もそう思う。」

5

部屋に帰って横になる。信じられないくらいの喧騒だけど、今時の流行歌を聴いていると、バカバカしくて、ウツになってる場合じゃない気がして、ウツに効くような気がする。やっぱり雄真が一番うるさい。この部屋までしっかり聞こえて来る。

「パパ!ママ!麗花様!唯花様!僕楽しいですー!」

バカか、あの女、って男か。水商売は向いてそうだな。俺はアイツの店行ったことないけど。デパートの方は何回か行った。客や従業員に可愛いと言われて、いい気になってるみたいだった。しかしアイツがここに来たのは俺の見舞いじゃなかったのか?今回のウツは身体にくるな。だるくてたまらない。そんなことをつらつら考えているうちに、さすがにカラオケもお開きになって、ようやく眠れて、そしたら寝てる俺の隣に誰かが入って来て、俺が飛び上がると、

「礼ちゃん、ゴメン。僕、僕。」

「なにしてんの?」

「みんなが泊っていけって言うから。」

「お前ん家、こっから5分だろ?」

「お風呂までいただいちゃった。」

「え?」

俺は電気をつける。雄真は姉のどっちかのネグリジェを借りて着ている。でも化粧は落とした後だから、なんだかそのネグリジェと素顔のギャップで、ウツのくせに燃え上がって、一発ヤってしまった。

6

次の朝。

「もう、僕、礼ちゃんのことが理解できない。礼ちゃんは男の子の僕と、女の子の僕のどっちが好きなの?」

「知らない。」

家の連中はみんな出かけて、石山さんも今日は休みで、雄真はそのまま家にいて。なんだかまた姉の服を借りて着ている。ズルズル長い花柄のワンピース。似合うけど。

「麗花様も、唯花様も高いお洋服たくさん持ってらっしゃるから。これね、いただいたの。」

「よかったな、ってそれより、なんでお前昔から俺の姉に様つけんの?」

「あれはね、よく3人で少女漫画ごっこをしてて。」

「少女漫画にそういうのあるんだ。」

「そう、それはね、女子高のソロリティの話しで、先輩のことを様つけて呼ぶの。」

「分からん世界だな。」

「そんなことより、夕べパパが・・・」

「お前がパパっていうと奇妙だな。」

「それで夕べパパが、もし雄ちゃんがほんとに女の子だったら、礼士の嫁にもらってやるのに、って。」

「マジで?酔払ってたんだろう?」

「でもね、マジっぽかった。僕、性転換する?」

「ダメだって。」

「なんで?」

「女と付き合うつもりはない。」

「そうそう、そもそも僕達って、付き合ってんの?長い間、疑問だったけど。」

「そうなんじゃないの?」

「でも僕、付き合ってって言われた覚えないし。」

「俺も言った覚えないし。」

「どうしたいの?」

「じゃあ、付き合って。」

「それだけ?」

「うん。」

「まあ、いいや。朝ご飯、なに食べたい?」

「ほら、そうやって。」

「なに?」

「お前が曖昧にすると、あとからなんだかんだになるんだ。」

「だからなに?」

「今、俺が付き合って、って言っただろ?」

「うん。」

「付き合うの?付き合わないの?」

「それは、ちょっと考えさせてもらいます。」

「なんだそれ?」

「だって僕、礼ちゃんが複雑で理解できない。」

「複雑なのはお前だろう?」

「じゃあ夕べはなんでいきなりああなったの?」

「あれはな、あんなピンクのネグリジェ着てて、素顔だったから。」

「じゃあ礼ちゃんは、僕が女の子のカッコで、顔が男の子だったらいいんだ。」

「そうなんだ。俺も知らなかったけど。」

「夕べ言ってたじゃない。僕が化粧はちょっとでスーツ着ているのがいいって。」

「それいいな。」

「ネグリジェもいいんだ。」

「だから、ちょっと化粧でスーツ、それかスッピンでネグリジェ。ギャップがいいんだ。」

「あんまりメイクするのはイヤなの?」

「場合による。」

「礼ちゃん難しい。」

「お前のことは、なにしてても好きだから。」

そしたら雄真は黙って冷蔵庫を開けて、ある物で手際よく料理して、食卓に並べて、それは目玉焼きとベーコンと、そこらにあった残り物。食べながらもずっと静かで、食べてからお茶碗も洗ってくれて、それでも黙ってるから、さすがに俺も笑って、

「なんで静かなの?」

「だって。」

「だって、なに?」

「だって、今まで礼ちゃんに好きって言われたことなかった。」

「俺も、言った覚えないし。」

「僕のこと子供の時から知ってたくせに。」

「そうなると、余計言いにくくなるんだ。また、そこのとこ曖昧にしないで。」

「うん。じゃあ僕も礼ちゃんのこと、好き。」

「よかった。」

「でもなんで今なの?」

「君が、昨日・・・」

「子供の時から、お前、なのに急に僕、君に昇格したの?なんで?そういうことって起こるもんなの?」

「だから君が昨日、仕事を休んでお見舞いに来てくれて。俺の家族は全然気にしてないで、一晩中カラオケで。」

「あ、それは僕も。」

「そうだった。でも、そもそもはお見舞いに来てくれたんだろう?」

「寂しいって言うから。」

「だから言ってない、って。」

「でもそう言ってるって思ったから。」

「ありがとう。君が一緒にいてくれると、気分がよくなる。」

「ゴメンね。夕べ、酔払って騒ぎ過ぎ。」

「それはいいんだけど。それからもうひとつ、今だから言うけど・・・」

「なんのこと?」

「今、好きだって言いたい理由。」

「うん。」

「君が急に綺麗になっちゃって。ちゃんと側につなぎ止めておきたくなった。」

「礼ちゃん。」

雄真がなんかしんみりしちゃったのは、俺の言葉のせいだと思ったら、

「礼ちゃん、僕、誰かに付き合って欲しいって言われてて。」

「え!誰?どんなヤツ?どうすんの?付き合うの?」

「そんなにいっぺんに答えられない。あのね、デパートの子。」

「どうすんの?好きなの?」

「ううん。友達としてならいいけど。」

「ちゃんと断ったの?」

「これから。」

「なんて言うの?」

「お友達ならいいって言うつもり。」

「なにかされたら俺に言え。」

「なにかって?」

「逆恨みとか、ストーカーとか、職場のイジメとか。」

「そんな子じゃないよ。」

「俺、体力ないし、あんまり当てにならないかもだけど。」

「女の子だよ。」

「え、まさか?マジ?」

「だって僕、男の子だし。」

「そうだな、それ当たり前だよな。考えたことなかった。」

朝食のあと、雄真がテレビでウツの人は朝日を浴びるといい、って言ってたとかで、中庭に出た。家の中庭は広くて東南の光がよく入る。家にはガーデニングなんて気の利いたことする人がいないから、適当に木が植わってる。

「毎朝15分くらいでも大分元気になるらしいわよ。」

15分でいいの?」

「そうらしいよ。」

「ところで、そのソロリティでは、先輩と後輩がエッチなことするの?」

「っていうかね、片思いとかも色々あって、でもキスまでいったりもするの。」

「なんだ、キスまでか。」

「それはね、麗花様の大事な漫画で、しっかりカバーをかけて、読む時も手を洗ってから。もう40年くらい前の昔の漫画。」

「姉さん、そんな古いのどこで見付けたんだろう?」

「オークションで買ったって言ってた。」

「そんなことばっかりしてるから、いつまでも嫁に行けないんだ。」

「まあ!麗花様にふさわしい男がいないんです!」

「肩を持つんだな。君がもらってやれば?」

「僕はお姉様達のしもべですから。」

「なにそれ?」

「あのね、その少女漫画ごっこはそういう設定で、お姉様方はお嬢様なんだけど、僕はお手伝いさんの娘なの。」

「え、そういうシチュエーションなの?」

「ほんとにそういうストーリーなの。」

「君達はその少女漫画ごっこ、今でもやってるの?」

「そうよ。だから麗花様、唯花様、ってお呼びするの。」

「それだからふたり共嫁に行かれないんだ。」

「唯花様にも、ふさわしい男がいないんです!」

「どうでもいいけど、そろそろ15分くらい経っただろう?」

「どうせやることないんだから、ずっとここにいれば?」

「日光に当たってると、逆に暗いことを考えたくなる。」

「じゃあ、あと5分。ちなみに暗いことって、どんなこと?」
「オーバードース。」

「僕みたいな可愛い恋人がいるのに、信じられなーい。」

「そんなことより、その漫画、最後はどうなるの?」

「それがね、誇り高い麗花お嬢様に憧れてる、お手伝いさんの娘の僕だったんだけど、実は、麗花様は養女で、僕のほんとのお姉様だってことが分かるの。」

「面白そうかもしれない。手を洗って読めばいいんだろ?」

「うん。」

「それで君達はその役で劇みたいにやるの?」

「そう、そう。」

「じゃあ、唯花様はなんの役なの?いけない。唯花に様つけちゃった。」

「ええっとね。唯花様は、主人公の親友。」

「主人公って誰なの?」

「主人公はね、結構キャラクター的に地味だから、やりたい人がいなくて。僕の役は、途中で死んじゃうんだけど、男装の麗人でメチャカッコいいの。お手伝いさんの娘にしては。」

「へー、なんで死んじゃうの?」

「あ、それはね、ちょっと言いたくない。」

「なんで?」

「その本ほんとに読むつもりなの?」

「うん。どうせ俺、やることないんだろ?」

「え、マジ?」

「姉さんにラインして聞いてみるから。」

「ほんとに読むんなら教えてあげるけど。」

「読むよ。」

「あのね、僕の役の人、普段から薬をやたら飲む人で、ある日オーバードースで死んじゃうの。」

「原因はなんなの?」

「なんていうか、礼ちゃんっぽい感じもある。厭世的で退廃的。でも純粋に麗花様のことを愛してらしたの。」

「なんか君、目の中にバラの花が見えるよ。」

7

麗花様にラインして、手を洗ってからその漫画を読み始めた。暇潰しにはよかったけど、あの3人が今でもこの漫画ごっこをしてると思うと怖い。唯花様はまだ大学生だけど、麗花様なんてもう立派な社会人だぞ。雄真だって立派な社会人だ。なんだかんだしてるうちに、丁度読み終わった頃に雄真が部屋に来る。

「礼ちゃん、お昼なに食べたい?」

「俺、お手伝いさんの娘の役やりたい。退廃的でカッコいい。」

「ダメ、あれは僕なの!」

「君は誰か他の役にして。」

「絶対ダメ!」

「なんでそんなにかたくななの?」

「だって僕、もうかれこれ3年くらいあの役だし。」

「君達3年もそれやってんの?」

「そうよ。」

「俺より君達の方がずっと病気だな。」

8

お昼は外に食べに行くことにした。この町内では雄真がドレス着てようが、気にする人はいないんだけど、彼は家に寄って着替える、と言って先に出て、しばらくして迎えに行ったら、ちょっと化粧でカジュアルで綺麗な色のスーツ。俺がいいな、って言った通りのカッコ。可愛い。

「礼ちゃん、なんか変。」

「どうして?」

「なんか僕のことお姫様扱いして。」

「そうかな?」

「さっきレストランのドア開けて入れてくれたし、椅子も引いてくれたし。」

「半分は無意識だよ。」

「半分?」

「君のことが大事だから。」

そしたら雄真はメニューに顔を埋めたまま、静かになってしまった。

「そんなに迷うんなら、本日のランチにしたら?」

それでもまだ大分静かで、

「なに?早く決めないとお店の人が困るだろ?」

「礼ちゃん。」

顔を上げると、雄真はなんだか泣き顔。

「なに泣いてんの?」

「だって礼ちゃんが・・・」

お店の人が3回目にオーダー取りに来て、俺は、

「本日のランチ2つで。」

その割には随分時間がかかったな、という顔をしてその人は行ってしまった。

「それで、なに泣いてんの?」

「礼ちゃんが、僕のこと大事だなんて。」

「あ、それね。」

彼は、見事にアイロンのかかった真っ白い布ナプキンで鼻をかむ。

「君が一緒にいてくれると、ほんとに気分がいい。病気のことなんて忘れそうだ。」

「よかった。」

と言って、涙を拭く。

「でも、またひとりになるときっと具合が悪くなる。」

「いっけない。メイク直してくる。」

彼はトイレに走って行く。どうなのかなって見てみると、彼は女性用に入って行く。へー、そうなんだ、と俺は思う。料理が出て来ても彼は出て来ないから、呼びに行った方がいいのかな、って考えてるとやっと出て来た。

「つけまつ毛が取れちゃった。」

「大丈夫。可愛いよ。」

「礼ちゃん、そんな優しいことばっか言われると、また泣きたくなっちゃう。」

その割には食べる物はしっかり食べている。本日のランチなんて、実は見もしなかったんだけど、ジューシーなチキンブレストとマッシュポテト、それにアスパラガスのサラダ。デザートまでついている。こんな住宅街にあるレストランなんて誰が食べに来るんだろう、ってずっと思ってたんだけど、やっぱり客はあんまりいない。ビジネススーツを着た3人があっちに、近所の奥様っぽいグループがそっちに。

「僕ね、夕べパパにちゃんと挨拶しないといけなかったんだけど、どさくさに紛れて言えなくて。」

「なにそれ?」

「僕ね、夜の商売で無事お金が貯まったから、これからメイクアップの学校に行くの。」

「すごいじゃない、おめでとう!今夜はお祝いしよう。」

「ありがとう。だから昼のデパートはそのままで、夜は学校へ通うの。」

「あの怪しいホステス業は廃業なんだ。」

「そうなの。パパには色々お世話になって。」

「偉いな、俺より君の方がずっとしっかりしてる。なにか欲しいものある?それとも行きたいとこある?」

「なんか礼ちゃんと、ロマンティックなデートがしたい。でもそしたらまた泣いちゃうかもしれない。」

「じゃあ、ドライブに行こう。どこがいい?」

「分かんない。考える。僕ね、ちょっと罪悪感なんだけど、礼ちゃんが病気で家にいると、ずっと一緒にいられるからハッピー。」

「俺も君がいてくれると具合がいいし。俺達が一緒にいられれば一番だな。」

そしたら彼はまた黙っちゃって、下向いちゃって、それも可愛いんだけど。でもデザートが出て来たら、一生懸命食べ出す。

9

「えー、こんなに立派な車買ったんだ。」

「俺のじゃないよ。会社の。」

「パパの会社の?」

「そう。」

「税金対策?」

「そうでもあり、そうでもなく。俺、社員だから。」

「そうなの?どうするとそんなことになるの?」

俺達は東京の郊外へドライブに行く。いい天気で運転も楽しい。車の中にいると、こないだと違う香りがする。

「今日のはなんの香りなの?」

「これはね、よくあるヤツ。カルバンクライン。」

「ふーん、それも中性的だね。」

「女の子がよく買ってく。ほんとは男性用なんだけど。」

「商品覚えるの大変だね。」

「銀座のデパートはすごいよ。クリスマスとかになると、男性のお客さん、なに買っていいか分からないから、僕達が入口まで行って待ってて捕まえて、商品買わせるの。ジュエリー売り場とかバッグの売り場のヤツ等と競争。」

「競争か。」

「ゲーム感覚。みんな普段から仲いいし。フレグランスは直接肌に使う物ですから、最もセクシーなギフトですよ、とか言って。そんなこと言ったらコスメティックとかもそうなんだけど。」

「まだまだクリスマスまで大分あるね。」

「うん。景気が少しよくなったから、新橋とかのホステスさんに、ちょっとした贈り物買ってったりするの。銀座だよね。僕、そういうの好き。」

後ろの車がやけに煽ってくる。俺は上手によけてソイツを先に行かしてやる。

「僕ね、礼ちゃんのそういうとこ好き。」

「どういうとこ?」

「ヘタにバカなヤツと争わないとこ。それより礼ちゃん、ってパパの会社の社員なの?」

「正式に言えば大学出てからなんだけど。」

「礼ちゃん、って大学でどんな勉強してるの?」

「人工知能。」

「へー、意外。」

「なんだと思ってたの?」

「もっと世の中のためにならないようなもの。なんか、ルネッサンスの美術について、とか世紀末の怪奇小説について、とか。」

俺は思いっきり笑い出して、

「どっからそういうのが出てくるの?」

「お客さんにそういう勉強してる大学の先生がいたの。」

「父が数年後にIT業界に参入する計画をしてて。」

海の見えるスポットで、車で2時間以内で行ける所を探した。もうそろそろ着く時間。

「礼ちゃんも僕が思ったよりしっかりしてる。」

「君に言われると不思議な気分だな。」

「そう?だって礼ちゃん、現実離れしたみたいなことよく言うし。」

「人工知能ってさ、ある意味SFの世界だから。」

「僕達、ってよく知ってるようで、知らないこといっぱいあるね。」

「君が姉さん達と少女漫画ごっこばっかりしてるからだろ?」

10

「いいとこだね。海見るの久し振り。今年は海水浴も行けなかったし。」

風があって、少し肌寒くなって、俺は雄真を背中から抱いて、

「来年は泳ぎに来ような。」

って耳に囁いた。

「今の、まだ昼間だからいいけど、もし夕方それ言われたら、絶対泣く。」

「今日はよく泣いてるよね。」

「僕の方がウツみたい。」

「俺は全然平気なのにな。」

「ドクターに病院に入りたくなかったら、家族と一緒にいるように、って言われたんでしょう?」

「君は僕の家族だから。」

俺はワザと泣かせるように言ってみた。雄真は俺の胸に顔を埋めてマジで泣きだして、鼻水まで流している。そこまで泣かそうとは思ってなかったけど。泣くのが少しおさまってから、

「俺達、一緒に住めたらいいな。俺のマンション2人で十分住めるよ。」

彼はまだ涙を流しながら聞いている。

「でも銀座までは少し遠くなるな。」

「だけど、メイクの学校はすぐ近くだよ。」

「ほんと?じゃあ、そうする?」

彼は黙って考えてる。

「僕、家賃とか払えない。」

「いいよ、僕だって払ってないし。側にいてくれるだけで。」

また泣かせようとして、ドラマティックに言って、ついでにほっぺにキスしてみた。雄真は俺の胸に顔を埋めてオイオイ泣き出して、周りにいる人達にチラチラこっちを見てる人もいるんだけど、俺達のこと、どう見えるんだろう?雄真の髪は今、そんなに前みたいにバカみたいに長くはないけど、肩まではあるし、キューピッドみたいにクリクリした巻き毛。きっと後ろから見たら女の子に見えるんじゃないかな?体型も女の子だし。どうでもいいけど。海岸にある老舗の旅館に入った。まだ食事の時間じゃないから、ふたりでお店をのぞいたり、俺は家の連中と石山さんにお土産を買った。雄真はトイレに入ったまま出て来ない。見てたら、今度は男性用のに入って行った。どういう基準なんだろう?って俺はしばらく考える。やっと出て来て見たら、化粧はサッパリ落として、髪は後ろで結んで、しっかり男の子になっている。それが妙にそそる。

「可愛いよ。」

「礼ちゃん、もう泣かせないで。疲れちゃった。泣き過ぎて。」

「俺、って基本、ただのゲイだから、やっぱ男の子は好きだな。」

「万が一、僕達一緒に住んだら、僕は家ではいつもこうだよ。」

「いいな。押し倒したくなる。今夜ここに泊まってく?」

「ダメ、明日デパート早いから。」

「制服とかあるもんな。」

「あ、これ、着てんのデパートのユニフォームだから。」

「え、マジ?そんなんだっけ?」

「僕、スーツとかこれしか持ってないし。」

「いいスーツだよね、色も。それなに色って言うの?」

「ミントグリーン?ライムグリーン?そんな感じ。これ実はね、少し改造してあるの。内緒で。」

「へー。」

「ウエストとかちょっと細めにしたりとか。ボタンの位置変えたりとか。」

「へー。」

「それからパンツも少しお尻の形が出るようにしてるの。」

「そんな難しいことよくできるな。」

「お洋服好きだから。今度一緒に買い物に行こう。」

「俺ってそんなにセンスない?」

「そうじゃなくて、僕が選びたいの。僕の礼ちゃんにしたいの。」

「君の礼ちゃんってどんな感じ?」

「ええとね、インテリ大学生。でもセンスのいい彼女だか彼氏だかが、いつもセンスのいい服を選んであげてるみたいな感じ。普通の大学生より、うーんとファッショナブル。」

「うーんと、ね。」

「髪の毛はね、僕はもっと短いのが好き。」

「そうなの?これよりもっと?」

「そう。トレンドだから。でもね、それってすぐ変わるから。毎年。」

「フレグランスは?俺、使ったことないけど。もし使うとしたら。」

「いいご質問。礼ちゃんの場合は、下手にさわやかにしないで、ぐっとセクシーに大人っぽく。」

「え、どんなの?」

「トラディショナルにいくなら、シャネルとかディオールだけど、僕、礼ちゃんにはもっと冒険してもらいたいかも。今度デパートに来て。実際につけてみないと、その人の体臭によっても変わるから。」

「そんなに繊細なものなんだ。」

「セクシーに大人っぽく。僕、実は香りにヤられるタイプ。礼ちゃんのこと押し倒しちゃう。」

「俺達一緒に住んだら大変だな。お互いに押し倒すんだ。」

「あ、そうだ。僕サンプル少しポケットに持ってる。なにがあるかな?この中ならゲランかな?礼ちゃんだったら。あ、ダメ。こんなとこでつけたら僕、押し倒す。」

なんだかんだ食事の時間に近付いて来たので、俺達はその旅館の中でもカジュアルなレストランを選んで入った。シーフードが色々。一番最初の客だったからかは知らないけど、窓際の席をくれた。海がすぐそこに見える。食べている間に、日も大分傾いてほんとにロマンティックなデートになってきた。

「俺はほんとに君と一緒に暮らしたい。」

雄真の食べる手が止まる。そして黙って窓の外の海を見詰める。それってどういうことなんだろう?

「もし君がイヤなら・・・」

「そんなわけないけど。どうしたらいいのかな、って。」

「なにを心配してるの?」

「分かんない。急だし。」

「学校はいつからなの?」

10月。」

「すぐじゃない。学校が始まる前に引っ越して来れば?」

「礼ちゃん。僕、ひとつだけ気になることが。」

「なに?」

「僕、もし礼ちゃんの具合がほんとに悪くなっちゃって、僕だけではどうにもならなくなっちゃったらどうしようって。」

「君に面倒見てもらうつもりで、一緒に暮らしたいわけじゃないし。どうにもならなくなったら、病院に入るし。あ、でもちょっと待って。俺、無意識にそういうこと考えていたかもしれない。よかった、言ってくれて。」

「面倒見たくないとか言うわけじゃなくて、病気のことよく勉強したいとは思ってるし。」

俺は過去、ウツ病で何カ月も入院した過去があるから。雄真は近所で幼なじみで、だからよく知ってる。初めて長期入院したのは中学の時。雄真も時々お見舞いに来てくれた。初めてのオーバードースが高校の時。それ以来癖になったみたいになん回も同じ間違いをして、でも死ねなくて、そういうことも彼は知ってる。

「こないだ雄真が家にお見舞いに来てくれて、すごく嬉しくて、だからなんとなく側にいて欲しいって思ったのかも知れない。でも君のことが好きで一緒に暮らしたいのも本当の気持ち。家事の分担とか、考えてみたら色々話し合うことがあるな。」

「今までの夜の仕事はチャラチャラしてるだけで、どうでもよかったんだけど、学校はちゃんと行きたい。」

「うん、分かった。病気のことで君に負担はかけない。そういう約束をしよう。」

「ゴメンね。こんなこと言いたくなかったけど。礼ちゃんのことは大事だけど、僕にもできることと、できないことがあるし。でもね、僕ね・・・」

雄真はまた泣きそうな顔になって、しばらく暗くなっていく海を眺めて、それから僕の方に向き直って、目を真っ直ぐ見て、

「僕ね・・・ほんとはね・・・礼ちゃんが病気になったら、心配でずっと側にいちゃうと思う。だから自分がしっかりして、突き放すくらいの気持ちでいたいの。」

泣きそうになったけど、泣かなくて、俺はその決心がすごいな、って思って、

「偉いな。ちゃんと夢を持って学校へ行こうとしてるんだもんな。俺も応援する。君の学校と仕事は大事だから、俺の病気のことは気にすんな。でも君が一緒にいるだけで、きっと具合もよくなる。」

「だったらいいな。」

「なにか考えよう。最初は時々泊まりに来るとか。」

「礼ちゃん、今、ウツなんでしょう?ほんとは入院しろ、って言われたんでしょ?」

「そう。」

「そしたらね、僕、そういう時の礼ちゃんと一緒にいてみたい。ふたりっきりで。どんなものか分かるでしょ?」

「なるほど。」

「でもね、僕ね、絶対なんとかなるって思うんだよね。」

「ほんと?」

「僕、ずーっと礼ちゃんの側にいたいし。」

俺はテーブルの上にある彼の手に、そっと自分の手を重ねる。

Part2

11

「礼ちゃーん!」

と雄真がインターフォンに向かって叫ぶ。それからゴロゴロスーツケースを転がす音。ドアを開けると、でっかいスーツケースの他に大きなバッグを肩から下げて、変なサングラスをかけた雄真がそこにいる。

「なにこの荷物?3日って言ってたんじゃないの?」

「これ僕の3日分だから。」

「これで海外旅行に行けるな。」

雄真は玄関に荷物を置くと、ピョンピョン飛びながら俺に抱き付いて来て、ビッグなキスをしてくれる。

「礼ちゃん、3日間お世話になります!」

と可愛く頭を下げる。

「分かった!もう引っ越しの準備に入ってんだ。」

「違うわよ、これまた全部持って帰るから。」

「いいよ、使わない物は置いてっても。」

「全部いるものなの!」

俺はあんまり使ってない部屋を彼にあげて、荷物を解くのを見物していた。

「もう、礼ちゃんなに見てんの?」

「なにが入ってんのかな、って。」

化粧品類がすごい。俺の姉さん達もすごいけど、これほどじゃない。さすが商売柄。

「なんで日焼け止めだけで3つも4つもあるの?」

「使う部分によって。」

「じゃあなんで化粧水が3つもあるの?」

「朝、昼、晩。」

「朝と晩は分かるけど、昼ってなに?」

「それはアトマイザーに入れて、乾燥したなって思う時にスプレーするの。」

「これだけあったら、エステティックサロンが開けるな。」

「そうそう、エステ。あとで礼ちゃんにやってあげる。こないだからデパートで研修受けてて、ちょっとモデルが必要なので。」

「食べる物もこんなに持って来てくれたの?感激だな。俺払うよ。」

「大丈夫。これみんな家の冷蔵庫から持って来ちゃったから。」

「いいの?」

「大丈夫、大丈夫。」

「なんでこんなに服持って来たの?」

「その日の気分によって、選べるように。」

「余分に持って来たんだ。もう夜の仕事はしてないんでしょ?」

「でもデパートの通勤用の服がいるし。」

「あれ、男の子の服もあるね。最近女の子が多いから。」

「そうそう、念のために。」

「ちょっと男の子着てみて。」

「なんで?」

「俺、きっと理性を失う。」

「まだウツなんじゃないの?具合はどうなの?」

「さっき勉強してたんだけど、集中力が続かないから、少し寝てたんだけど、眠れなくて。」

「そう。」

「あれ、なんでまくらなんて持って来たの?」

「僕、ここ初めてじゃない?なにがあるか分かんないし。」

「じゃ、ベッドルーム見に行こう。」

「変なことしないでね。僕まだ心構えが・・・」

「なにそれ?ほら。こっち。」

12

「あ、チーちゃんがいる。」

「俺の友達だから。」

「このクマさん。僕ね、礼ちゃんの誕生日にあげる物探してて、そしたら店の中の椅子の上にちょこんといて、僕のことを微笑んで見てて、かなり予算オーバーだったんだけど買っちゃって、その月お金がなくて大変だった。そしてね、なんでか知らないけど、他のと比べてこの子だけ高いの。お店の人に、この子お喋りでもするんですか?って聞いちゃって、笑われた。」

「そんな思い出があったんだ。」

「きっと礼ちゃんも、チーちゃんからそういう僕の苦労を感じたから、大切にしてくれてたんでしょう?」

「そういうわけでもないけど。まあ、よくできたクマさんだとは思ってた。」

「あの頃は、僕が礼ちゃんに片思いだったから。」

「そんなことないよ。俺が君に片思いしてたんだよ。」

「どっちでもいいけど、まだ持っててくれるのは嬉しいな。」

「俺の誕生日って覚えやすいから。」

「礼ちゃん、僕の誕生日知らないでしょう?」

「知らない。夏でしょう?」

「全然違う。」

「いつ?」

「言わない。」

「なんで?」

「自分で調べて。」

「どうやって?」

「知らない。」

俺は彼をベッドに押し倒す。でも上手く逃げられる。

「チーちゃんが見てるでしょう?」

俺は笑いをこらえる。

「じゃあチーちゃんは俺の勉強部屋に置いて来る。」

「あ、でもチーちゃんの方が先にここにいたから、ここの棚のとこに置いてあげましょう。だけど礼ちゃんすごいとこに住んでるね。」

「ここは社宅だから。」

「パパって、セコイ節税対策するのね。」

「小さい会社だから、大変なんだろ。君、もう夜の商売辞めたんだから、パパは止めようよ。」

「でもパパはそれが好きみたい。」

「なんで分かんの?」

「時々ホステスごっこしたい、って言ってたもん。」

「なにそれ?なにすんの?」

「僕が綺麗なお洋服着て、お酌するの。それからカラオケでデュエット。家庭用ホステスカラオケシステム。」

「君達のやることにはついていけない。」

「礼ちゃん、僕がここにいない時は実家でしょう?今度一緒に歌いましょう。あとでちょっと練習しましょう。」

「イヤだ。」

「麗花様が今度もっとスピーカー増やそうって。」

「そんなくだらないことに金を使ってるから嫁に行けないんだ。」

「あと、唯花様はもっとでっかいミラーボール手に入れるそうです。」

「くだらない。」

「でも家族仲いいっていいですよー。家なんかみんなでカラオケなんて考えられないですもん。」

「普通はそうだろ?だから嫁に行かれないんだ。」

「ちょっと、礼士さん。」

「はい?」

「そこに正座してください。」

なんだか分からないけど、俺はベッドの上に正座する。

「これから僕の言うこと、しっかり聞いてください。」

「はい。」

1回しか言いませんので。」

「はい。」

「では。貴方のお姉様方が独身なのは、お姉様方にふさわしい殿方がいないからで、それにお姉様方はそれぞれ才能がおありになるから、バカな男と結婚するより独身でいらした方が、ずっと素晴らしい大輪の花を咲かせるです。」

「あの。」

「なにか?」

「なぜ君はそんなに彼女たちを慕っておられるのでしょうか?」

「だってー、お嬢様だしー、素敵だしー、憧れちゃう。僕もあんな風になりたいもん。」

「へー。」

「分かったわね。それじゃ、僕明日デパート早いから、もうご飯支度します。礼ちゃんは後片付けね。」

「ここは皿洗い機があるから。」

「じゃあ、お風呂沸かす係。」

「分かった。一緒に入る?」

「やだー、もー、恥ずかしー。」

「いいじゃん!」

「考えとく。」

13

それで晩ご飯食べて、それは意外と和食で焼き魚で、皿は皿洗い機にぶち込んで、お風呂の用意ができて、

「どう、考えた?一緒に入る?」

「でも、でも。」

「子供の時から一緒にプール行ってただろ?」

「水着は着てたじゃない。」

「でも着替える時も一緒だったろ?」

「だって。」

「セックスだってしてんだから、同じことだろ?」

「そうじゃなくって。」

「なんなの?」

「なんかー、一緒にお風呂って、卑猥じゃない?」

「セックスより卑猥なんだ。」

「そう。僕にとって。」

「なんでそんなにこだわるの?」

「分かんない。」

「やってみようよ。そしたら分かるよ、きっと。」

俺は先に入ってて、湯船に浸かっていたら、やっとガラス戸に彼の裸の影が映って、戸がちょろっと開いて、

「僕まだメイク落としてないからね。」

なんでそれ言わないといけないんだろう?俺は不思議に思う。そういえば、そこらに色んなメイク落としの材料が並べてある。雄真はちょっと可愛く前を隠しながら入って来て、俺達結構エッチなセックスいっぱいしてんのに、なんで今更隠すのか、謎。湯船に入って来る前に、チャチャッと身体にシャワーなんてかけて、その時横からマジマジと見てたんだけど、

「あ、分かった!」

「なに、礼ちゃん?」

「君の顔が女の子で身体が男の子なのメチャエロい。」

「え、やだー。そう言われると思った。」

「化粧はお風呂で落とすのがいいの?」

「そう。色々複雑だから。湯船でゆっくりマッサージとかしたいし。」

「へー。面白そう。」

「見世物じゃないです。僕の大事なプライベートなお時間なんだからー。」

「分かった。じゃあ俺は身体洗ってくるから。」

このマンションの風呂は3人くらい入れそうな湯船に、広い洗い場がある。俺はチラチラ彼の方をのぞいてたけど、確かに複雑な工程。何種類かのメイク落としを器用に使い分けて、よく分かんないけど、今、マッサージに入った模様。

「見ないでよ。」

俺がチラチラ見てんのを見付かった模様。俺は洗うの早いから、もう頭も洗ってしまった。そして湯船に戻って、彼の口紅の落ちた、唇にキスしてみる。

「ダメ!そんなキスしたら、僕たっちゃう。」

「え、こんなの大したことないじゃない?」

「お風呂の中はダメ!」

「そうなんだ。君にとってお風呂は卑猥なんだよな、なぜか。俺に髪の毛洗わせて。」

「絶対ダメ!僕の髪に触らないで!」

「なんで?ベッドではいつも触らせてんのに。」

「お風呂は違うの。感じちゃうの。」

「へー。子供の時はもっと巻き毛だったよな。」

「伸ばすとその分、重さで。」

「なるほど。」

さり気なく触ってみる。

「触んないで!」

マジで泣きそうになってる。ちょっと可哀そうだったかな?

「じゃあ、背中洗ってあげる。」

「背中は多分大丈夫。」

でも俺が洗い出すと、

「ダメ、ダメ、やっぱりダメ!自分でやる。」

と言って俺の手からスポンジをひったくる。それで自分で洗い出して、俺が隣にいて、彼は鏡に俺達ふたりが映ってんの見てなぜか、ワーッて泣き出して、

「礼ちゃんのバカ!」

って、今度は自分から俺に抱き付いて、それから俺に高そうなシャンプーのボトルを手渡して、俺は楽しそうにクルクルの巻き毛を洗い始める。

「なんで泣いてんの?」

「だって。」

「なに?」

「こんなんなっちゃって。」

彼は自分の腿の間を見る。

「あーあ、そっちもあとで洗ってあげるから。」

彼は俺の胸に背中を押し付けてきて、まだ少し泣いている。可愛い。でもなにを考えてるのかサッパリ分からない。なんでお風呂がそんなに卑猥なんだか?幼児期の体験?ただの妄想?

14

やっとお風呂の時間が終わって、彼の髪の乾かし方もなかなか複雑で、俺がすっかりベッドでうつらうつらしてると、やっと隣に入って来た。お風呂でヤっちゃたから、大人しく寝るのかなって思ったら、そうでもなかった。

「礼ちゃん、寝ちゃった?」

「ううん。」

「さっきはお風呂で騒いでゴメンね。」

「いいよ。楽しかったし。」

「結局ああなっちゃうんだから。」

「誰かとお風呂でエッチしてたの?」

「やだー、レディーにはそういうこと聞かないの!」

「レディーなの?」

「そう。」

「じゃあ、もう一緒に入るの止めようか?」

「知らない、礼ちゃんのバカ!」

と言った割には俺に抱き付いて来て、髪からとてもいい香りがする。俺は巻き毛を自分の手に巻き付けて、

「いい匂い。」

「これはね、フレグランスの入ったシャンプーなの。」

「なんの香り?」

「そうだ、思い出したけど、いつかデパートにすっごい渋い魅力のマダムが現れて僕に、貴女はどんな香水が好きなの?って聞くの。それで僕、これとあれとって色々言ったら、そのマダム、女性は一生香りはひとつなの。変えちゃダメなのよ、って言って消えたの。カッコよかったんだけど、僕まだひとつに決められない。」

「中性的なのがいいな。」

「そういうのが好き?」

「うん。この香りは複雑過ぎるかも。」

「お高いヤツだからね。そうだ、礼ちゃん今度デパートに来て。なんか試してみよう。」

それからも彼は明日の朝早いとか言いながら、色んなくだらなくも面白い寝物語を聞かせてくれた。それが俺達の初めて一緒に過ごした夜だった。

15

雄真の学校がもうすぐ始まる。彼の大量の荷物も少しずつ俺の所に運ばれて来る。意味不明の物も多い。俺は実は1週間くらいだけど入院させられた。新しい薬の副作用が出たんで。でも1週間で釈放されて、今は体調は落ち着いている。その間に学校が始まって、雄真は予習も復習も宿題も毎日しっかりやっている。彼は小学校から高校まで、俺の姉達と一緒にチャラチャラ遊んでるのしか見てないから、なんか変な感じ。俺はもともと文系だから、人工知能の研究は大変だけど、文系の頭を必要とする場面もあるから、それはいいとして。大学から帰るとキッチンにメモがあって、

「今夜はカレーが食べたいから、礼ちゃんできるとこまで作っておいてね。よろしく。」

カレーくらいなら俺だってできる。カレー作っていつものように先に食べて、勉強をしていると、静かにドアが開いて、静かに彼が入って来る。いつもならキャーキャーうるさいし、俺のことを抱き締めたりキスしてくれたりするのに。カレーの匂いはしてるはずなのになにも言わないで、自分の部屋に入ってしまった。しばらくほっといた方がいいのかな?って考えて、ひとりにしておいた。そしたらなんかわざとらしく俺の部屋の前を足音立てて歩いてみたりだの、なんだのしてるから、これはひとりにしておいて、というよりも構って欲しいサインだなって思ったから、彼の部屋のドアを叩いてみた。ドアが開いて、彼は黙って俺のことを見る。妙にシリアスに。

「カレー食べないの?上手くできたと思うけど。」

彼は部屋を出て、ゆっくりカレーを食べる。俺はしばらくそれを眺める。食べ終わるのを待って、

「学校でなにかあった?」

黙ってうなずく。

「なにがあったの?」

「長い話しだから。」

「いいよ。そのために俺達一緒にいるんだろ?」

「うん、あのね、僕の学校、時々本物のファッションショーで、メイクのお手伝いの実習したりするんだけど、だからそれもよくてあの学校選んだんだけど。そしたらこの前、デパートの仕事遅くなっちゃって、しょうがないから制服のままで走って学校に行ったの、名札もついたまんまで。そしたら先生が、きみあのデパートで働いてんの?どのくらいいるの?とか色々聞かれちゃって、そしたら今度のファッションショーのスタッフに僕が抜擢されちゃって、そしたら上級生が、入って来たばっかの新入生にやらせるのはおかしい、とか言っちゃって、先生とできてるんだろう、とか、学校入る前から知り合いなんだ、とか色々言われちゃって。」

そこまで一気に喋って、

「でもその実習やりたいんだろう?」

「絶対やりたい。」

「じゃあ他のヤツ等なんて気にすんな。君の長いデパート生活が認められたんだから。毎日お客さんにメイクしてあげてんだろ?」

「多い時は20分ごとに違う人。だから毎日相当な数こなしてる。」

「老舗デパートの本店で、何年も働いてるんだから、君もうプロなんだよ。学校のヤツ等とは違うんだから。」

かわいそうにワーワー泣き出しちゃって、

「君はそうやって一生懸命稼いだお金で学校行ってるんだから、堂々としてればいいんだ。業界ってやっぱそういう嫉妬とかイジメとかって多いのかな?ひどいのがいたら俺が一発殴ってやるから。」

「僕ね、大事な彼氏がいるから、先生とは関係ない、って言ってやった。」

「いいね、その大事な彼氏、っていう響き。で、そのファッションショーいつなの?」

「もう来週。」

「大変なのはそれまでだから。」

「女の子はまだいいんだけど、男がイジワルなの。」

「みんな、君が可愛いから嫉妬してる。」

「僕って可愛いの?」

「すごく可愛い。」

「キャー!嬉しい!礼ちゃんに言われるともっと嬉しい!本番で僕の実力を見せてやる。」

そのあと一緒にお風呂に入って、巻き毛を洗ってあげて、彼はたっちゃうヤバいと言って騒いで、いつもと同じ儀式。ここんとこやっとベッドまで我慢できるようになって、よかった。

16

今日がその日だった。ファッションショーの実習の日。雄真はなんとなく暗い。なんでだろう?エキサイティングな仕事のあとで、興奮冷めやらぬ感じで帰って来ると思ってた。なんか食べさせて、お風呂にいれてあげて、ベッドの上でマッサージ。

「疲れたー。」

を連発する。

「仕事、楽勝だったでしょ?」

「まあまあ。でも僕英語勉強しないとー。モデルの子若い子ばっかでお互い喋ってばっかで、僕チビだから台持ってって、それでも届かないからピョンピョン飛びながらやってたら、メイクのリーダーの人が紙に書いてくれて、なんだっけ、シャラップ、シットダウン、ドントムーブ。」

俺が可笑しくてゲラゲラ笑う。

「そうなの、僕がそう言うとみんなが大笑いするの。僕はナイスに言ってんのに。」

「だから、黙れ、座れ、動くな、ってナイスに言ったらよけい可笑しいだろ?」

「あ、そういうこと?メイクそのものはデザイナーさんの言う通りにやればよかったんだけど、肌質とか肌の色とかみんな違うじゃない。だから合わせるのがちょっと難しかった。」

そしてまたなぜか口数が減って、暗くなる。

「それからどうなったの?」

「モデルの人数半端じゃなくて、でもね、僕の学校では僕が多分1番速かった。」

「すごい!」

「ちゃんと本番のライトに近い場所に行ってもらったりとか、ヘアスタイリストの人と打ち合わせしたりとか、そういうのは気を使った。」

そしてまた暗くなる。

「そうだ、ショーね、ケータイで撮ったから見せるねちょっと遠いんだけど。」

パタパタ走ってケータイ持って来て、

「え、メンズなの?マジで?」

「言ってなかった?」

「メンズでなにメイクすんの?」

「メンズだってしっかりやるわよ。今シーズンは特にそう。肌の質感とか。このブランドはどっちかって言うとトラディショナルだったから、よけい眉とか口角とかしっかり描いたり。ヘアスタイルもオールバックが多かったから、眉は大変だった。」

そしたらまた口数が減っていく。

「雄真なんで暗いの?なにかあった?」

「礼ちゃん、なんで?」

「なんとなく。」

「やだ、礼ちゃんに隠し事できない。」

雄真は布団に潜ってしまう。俺は優しく、

「言いたくないんなんら、いいんだけど。」

「うん、あのね、ショーのあと、メイクのリーダーの人が僕に今度お茶しようって言うの。それでなんだかんだ君は仕事ができるから、俺のアシスタントにして、一緒にパリコレに行こう、って言うの。」

「すごいじゃない。」

「でもね、その言い方が全然そんなプロフェッショナルじゃなくて、ただ誘ってる感じ。だからすぐ断った。僕にそこまで実力ないの分かってるし。」

「そうなの。」

「でね、まずいことに、僕、礼ちゃんの前だけど、あとで後悔したの・・・泣きたい・・・。」

「そんなヤツについて行ってもいいことないし。」

「そうなんだけど、あとで考えて、結局こういう業界ってコネクションかな、って。ゴメンね、礼ちゃん。」

「仕事と私生活は関係ないだろ?」

「そうなんだけど。」

「じゃあ君は今度そういうチャンスが来たら、俺のこと捨ててパリに行くの?」

彼はまた布団に潜って黙ってる。俺は彼をそのまま残して、自分の部屋に行く。だけどそういうことってよくあるのかな?まあ、雄真は可愛いし、仕事もできるし、側に置いておきたいのも分かるけど。そういうヤツが他にもいるのかな?もしかしてそのうち下心なしで、スカウトされて世界を飛び回るようなことになって、世界中の男に会って、俺は結局捨てられる?考え過ぎ?雄真、学校に入ったばっかだし。それにそんな誘惑、もうないのかもしれないし。俺もそこまでは考えてなかった。せいぜい、メイクアップアーティストの仕事って、テレビとか映画の世界だ、って思ってたし。確かにファッションってそういうもんだよな。そしたら俺、彼を自由にしてあげないと。今、考えてもしょうがないか?雄真は今日初めてショーの仕事して、頭、沸騰してると思うし、きっと数日後にはもとに戻ってると思う。

17

数日経って、ほんとに雄真は見た目はもとに戻ったけど、中までどうなのかは分からない。彼がそういう野心家だっていうのは知らなかった。

「雄真、学校でまだイジワルされてるの?」

「もうね、なに言われても平気。実力で勝負。」

「強くなったね。」

俺は彼の頭を撫でる。

「あのね、礼ちゃんには言っとかないと、って思って。」

「なに?」

「あのね、こないだのショーの時のリーダーの人、今度学校に講習に来るの。」

「マジ?どうすんの?また誘われたら。」

そしたら彼は突然、キリっとして、

「考えたんだけど、こないだのショーの時、あのメイク、デザイナーと一緒になってクリエイトしたのは彼じゃない?僕はね、彼くらいの仕事ができるようになりたい。アシスタントになっても、どんなことさせてもらえるか分かんないし。実力第一。学校はちゃんと卒業します。」

俺はまた彼の頭を撫でる。

「もし君が世界に羽ばたいて行きたいなら、俺のことは気にするな。どんどんやれ!あ、でもちょっと待って。今のなし。もし君が世界に羽ばたいて行っても、また僕の所に帰って来て。そしてまた羽ばたけばいいから。」

「うん!分かった!礼ちゃん。僕ね、もし学校でこないだのリーダーにまたなにか言われたら、もう言うこと決めてるし。」

「なに?」

「僕には大事な彼氏がいるから、って。」

俺は彼の頭を激しく撫でて、巻き毛がぐしゃぐしゃになって、それが可愛かったから、キスもしてあげた。

「君は大人になったよ。」

「礼ちゃん、僕の誕生日分かった?」

「ううん。」

「明日!」

思いっ切り蹴りを入れられた。

18

晩ご飯食べながら、

「雄真、なにか欲しい物ある?明日じゃ時間がないな。」

「確かに僕の誕生日は覚えにくいけどさ。」

なんかご機嫌ななめ。

「あのね、僕ね、実はいつも考えてることがあるんだけど。」

「うん、うん。」

「よく映画とかにあるじゃない?すっごいイケメンの人がカッコいいスーツとか着て来るんだけど、みんなはその人誰か知らなくて、でもほんとはそれは自分の彼氏で、みんながビックリするの。」

「そんな映画あったかな?」

「でね、それをやりたいの。」

「君の言ってることが分からない。」

「だからー、明日デパート終わるの5時だからー、その時に礼ちゃんがバリっとしたスーツで、職場に現れて、僕のこと迎えに来てくれて、ハッピーバースデー、って言って欲しいの。そしたら他の人がビックリするでしょう?雄真の彼氏カッコいい、って。それが超嬉しいの。ずっと考えてたの、実は。」

「それだけでいいの?」

「うん。」

そういう演出だったら、ヘアカットとかも言って、バリッとしてあげよう。そのあと食事に行って、プレゼントは?見当がつかない。雄真が好きなのは、クマさん、カラオケ、少女漫画、メイク用品やらフレグランスはいっぱい持ってるし、ジュエリー売り場も隣だし。難しいな。姉達にラインしてみよう。麗花様から返事が。

「ジュエリーはクリスマスにとっておいて、花束とかいいんじゃない?デパートに迎えに行くんでしょ?いい演出なんじゃない?花はバラで、真ん中が白で、外側がピンクのがあるんだけど、それが好きだって。」

唯花様からも返事が。

「雄真ちゃんはね、プリンセスになるのが夢だから、王子様が迎えに行くんだから、やっぱりキスね。ロマンティックなの。」

バラの花とキス。なるほど。あ、でもそんなことを公衆の面前で?

「当たり前でしょう?みんなの見てるとこでキスすることに意義があるの。」

唯花様がそう言ってる。マジ?

19

次の日、俺の持ってる中で一番バリッとしたスーツと、いつもの俺よりちょっと派手目のネクタイで決めて、いつも行ってる美容院に寄って、事情を話したら、流行りの複雑なヘアスタイルにしてくれて、銀座に出て、さすがにそういう特別なバラとかも、その辺では見付けるのは簡単で、あるだけ全部買って、時計を見たらまだ時間があったからウロウロしてたら、観光客に一緒に写真を撮ってくれと頼まれた。俺のことなんだと思ってんの?こんなバカみたいなカッコとバカみたいな花束を持っていると、人々の視線を感じる。そもそも俺って、イケメン?言われたことないけどな。俺は自分の外見をただ地味だと思ってるけど。俺ってこれから雄真の彼氏として生きていくんなら、もっとお洒落にした方がいいのかな?とか、そんなことを考えながら歩いていたら、丁度5時になって、あわててデパートの中に入った。周りのスタッフも客も俺のことをジロジロ見てる。よく分からない流行のヘアスタイルに、こんなでかい花束持ってるし。雄真はすぐ見付かって、俺のことを本物の王子様でも見るような、うるうるした目で見詰めて、俺は世間様の注目の中、彼にゆっくり近付いて、まず唯花様おすすめのロマンティックなキス。それから麗花様おすすめのバラの花束。そしてハグして、

「ハッピーバースデー、雄真。」

ここまで自分じゃないカッコしてると、なにしても恥ずかしくないな。周りの拍手。雄真のうるうるした目から涙の滴が。

「礼ちゃん、カッコいい。どうもありがとう。」

さらに周りからの拍手と、ハッピーバースデーの言葉。

20

ふたりで銀座の街に出た。姉達に聞いて、雄真の行ってみたいバーとか、レストランとかを予約しておいた。高層ビルの最上階のバー。ふたりでシャンパンで乾杯。

「今日は僕の夢がかなったわ。」

あんまり大げさに言うから、俺は笑ってしまう。

「あそこに毎日いると、それが日常になっちゃって、なにか刺激が欲しくなるの。」

「そういうもんなんだ。だけどこの髪型、もう普通に直してもいいかな?」

「ダメ、ダメ、ダメ、ダメ!」

「いつもの美容師さん、気合入れてやってくれて。」

「なんて言ってやってもらったの?」

「だから、僕が王子様の役で、プリンセスの誕生日に花束を届けに行く、って言ったらこうなった。なんなの、この髪型?」

「それはね、レトロ七三のオールバック。」

「へー。」

「一緒に写真、いっぱい撮ろう。」

「いつか君、俺に服選んでくれる、って言ってたじゃない。あれ、今度やろうよ。」

「そうね。まだやってなかったもんね。お洒落なインテリ大学生風。それより麗花様と唯花様にお礼のメール差し上げないと。」

「なんで?」

「だって、このバラにこのバーに。」

「バレバレ?」

雄真はクスクス笑う。俺が、

「麗花様が、大事なプレゼントはクリスマスまで待った方がいいって。」

って言うと、雄真はハッとして、チラッと俺の目を見る。でもなんにも言わないで、シャンパングラスを手に取る。

「デパートのクリスマス商戦、そろそろ始まる頃だから。」

「男はどんなプレゼント買うの?」

「僕はフレグランス売るの得意なんだけど。メイク用品も、ギフト用で期間限定のが出るから、それもお勧め。」

「それから?」

「バッグとかもいいけど、好みとか結構あるから。」

「他には?」

「まあ、クリスマスと言えばジュエリーですけど。」

「どんなの?」

「仲のいいカップルなら、お揃いのペンダントとか。」

「君はどんなものが欲しいの?」

雄真はなんとなく恥ずかしそうに、下向いて黙っちゃう。そしたら、

「じゃあ、礼ちゃんはクリスマスになにか欲しいものあるの?」

「俺は別に。」

「あれ、唯花様からライン。明日の晩は家で雄真ちゃんのバースデーパーティーやるから、礼士も連れて来て。大カラオケ大会!」

「大カラオケ大会?アイツ等まだ飽きてなかったのか。」

「ヤッター!」

「俺、カラオケなんてほとんどやったことない。」

「なんで?」

「歌いたいという欲求がない。」

「一緒に歌おう!」

「なに歌うの?」

「なんなら歌えるの?」

「小学校の音楽の時間で歌ったようなヤツ。」

「ある、ある、そういうのも。」

「そうなの?」

「帰ったら練習しよう。僕はね、パパと演歌でデュエット。」

21

次の日の夜、ふたりで実家の大カラオケ大会に行った。雄真は姉のどっちかにもらった花柄の派手なドレスを着て、メイクは思いっきり女の子で、ホステス気取りでみんなにお酌して回る。そういうの、心底楽しんでるみたい。

「礼ちゃん、なに飲みますかー?」

「俺は車だから。」

「車は置いて、タクシーで帰りましょうー!今日は僕のバースデーだから。昨日だけど。」

「だから?」

「だから誰かタクシー代払って!」

「雄真、分かった、俺が出すから。」

「サンキュー、礼ちゃん!じゃあ、なに飲みますかー?」

ビールの注ぎ方がプロ過ぎる。これじゃあ水商売やってたのバレバレで嫁に行けなくなる。姉ふたりと雄真で少女漫画ごっこが始まる。

「麗花様、お飲み物はなにになさいますか?」

「そうね、わたくし、ワインを頂こうかしら?」

「はい。それでは唯花様は?」

「わたくしはカクテルを。」

側で聞いていた俺が、雄真に囁く。

「この家、ビールと日本酒とスコッチしかないじゃない?」

「いいの、あれはお遊びだから。みんなにビール持って行くから。」

「君さ、いつまであのふたりとそれやるつもりなの?」

「さあ?僕達楽しいし。」

止めるつもりはないらしい。

「姉さん達、俺あれ読んだぞ。少女漫画。」

「そう、そう。どうだった?」

麗花が俺の感想に興味を示す。

「いやあ、別に。」

「なにその感想?」

唯花が遺憾の意を表す。

「だから別に取り立てて興味深い内容ではない。」

「これだから殿方は。ねえ、唯花様。」

「本当にそうよねえ、麗花様。」

「姉さん達いつまでそれやるつもりなの?」

そこへ雄真がみんなにビールを持って来て、大事な返事を聞きそびれる。そしてとうとうパパと雄真のデュエットが始まる。いつの間にか設備も増えて、巨大スクリーンに歌ってる人の姿が映し出される。どういう意味があるのかは分からない。会社の福利厚生だと父は言っている。これもせこい税金対策?俺は時々キッチンに避難して、お手伝いの石山さんと話しをする。

「すぐ飽きると思ったのにな。」

「そうよね。これを週23回やられるから。」

「大変ですね。」

「まあ、私に余分な負担はかけない、ってお父様に言われてるんだけど。」

ビールの空き瓶があちこちにゴロゴロ転がっている。

「食べる物だって、外から買って来るから、って言われたんだけど。」

石山さんはさっきから一所懸命、つまみを作ってる。俺も手伝う。そろそろでき上ってきた模様の雄真がのぞきに来て、俺の腕をブンブン振って、

「礼ちゃーん!一緒にお歌、歌いますよー!」

俺達は一緒に学校の唱歌を歌う。なかなかいい曲が多いんだよな。意外にもみんなの喝采を受ける。今日、ここに来る前に雄真が器用にあの、なんだっけ?レトロ七三オールバックをやってくれて、大画面に映る俺の姿は普段よりイケメン。そのあと石山さんに呼ばれてキッチンに行くと、でっかいバースデーケーキ。

「俺が持ってくの?」

「それがいいでしょ。ロウソクに火つけるから。」

なんだか気恥ずかしい。ケーキにはピンクのバラの花が山のように盛ってある。姉さん達が選んだに違いない。おまけにてっぺんには、プリンセスとプリンスのちっちゃなお人形。恥ずかしいと思いながら、カラオケルームに入る。それを見た雄真の目がキラキラ輝く。

「パパ、ママ、麗花様、唯花様、礼ちゃん、石山さんもみんなどうもありがとうございます!」

と可愛くお辞儀して、ロウソクを吹き消す。俺はなんとなくここから5分の距離にある、雄真の実家の家族を思い浮かべる。みんなすごく真面目でまともな人達だから、こういうことはしないだろうな。いい大人の息子のために。雄真はピンクのバラを頬張りながら、

「皆様ー、僕とっても幸せですー!」

とマイクで叫ぶ。それから俺達は小学校どころか幼稚園までさかのぼって、白ヤギさんと黒ヤギさんとかクマさんのピクニックとかまで行ってしまって、あんなのもカラオケにあるんだな、ってちょっと感心する。雄真もいつかこの奇怪な家の一員になるんだろうか?っていうか、もうなってるんだろうか?俺は誰も見てない所で、彼のほっぺについたピンクのクリームを舐めてあげる。カラオケの大スクリーンに映った俺達は、ケーキの上に乗っかってた、プリンセスとプリンスみたいだった。

22

「僕のデパートで買えば割引になるから。」

「でも高いんだろ?」

「そんなことないって。今時のデパートには、安くていいものもたくさんあるわよ。」

俺達は、もうかなり肌寒くなった銀座に出掛けた。雄真が俺に服を選んでくれるって。

「礼ちゃんはね、確かに小さい頃は大人しくて地味だったけど、これから渋みが出て、イケメン度が増すんです。」

「へー。」

俺はウツ病でこの世に現実感がないから、自分が存在している意識がない。だから自分の姿を知らない。雄真から見た俺。きっとそれが俺の本当の姿。

「俺、上ふたりが女だろ?だから母親が男の子になに着せていいんだか分からない、ってよく言ってた。」

「だからいつも当たり障りのないカッコしてたんだ。」

「なにそれ?」

「ベージュとか紺とかあんまり自己主張のない色で、しかも無地が多いじゃない。」

「無難だからな。」

俺は雄真の目にいつもどう映っているんだろう?

「礼ちゃんはね、大学で大事な研究をしてる僕の大事な礼ちゃんだから。今日は、柄物少し買おうね。シャツとかセーターとか。パンツもストライプとかならイケるでしょう?」

彼の目に映ってる俺は、この世に存在してるんだろうか?存在している俺に彼はどんな服を着せてくれるんだろう?落ち付いたオレンジ色のセーター。それにブルーの柄物のスカーフ。

「カッコいいでしょ?グッと大人っぽい。」

「へー、こういう色を合わせるんだ。」

「好き?」

「うん。」

「あとこれ。」

なんか複雑な色のウールのジャケット。

「なに色って言うの、これ?」

「ええっとね、ラベンダーとクランベリーの中間。」

「この色大学に着てくの?」

「そうよ。それほど派手な色じゃないし、礼ちゃんの顔が元気に見える。でもあんまりモテモテになっちゃっても、僕、困っちゃうし。」

「ちょっと勇気いるかも。」

「シンプルな物と合わせれば大丈夫。僕が朝、コーディネートしてあげる。着てみて。」

着てみると、その色が俺の顔に反射して、元気に見える。

「好き?」

「うん。でも俺じゃあ、着方が分からない。」

「それは大丈夫。僕がお手伝いします。そのジャケットの下にこのシャツとパンツ着てみて。」

「ストライプのパンツと柄のシャツ?」

「柄は細かいからそんなに気にならないでしょ?」

試着室で全部着てみて、なるほど、お洒落なインテリ大学生。店の中に巨大な鏡があって、俺と雄真は一緒に鏡を見る。彼の選んだ服を着ると、俺はちゃんとこの世に存在して見える。

「好き?」

「うん。カッコいい。」

雄真は背伸びをして俺にキスしてくれる。ふたり並んだ姿は、まるであのバースデーケーキに乗っかってた、ハッピーなプリンセスとプリンスみたいに見えた。

Part3

23

家を出る前に、雄真チェックが入る。俺のワードローブはすっかり変わってしまった。俺はどうやってコーディネートするかよく分からないので、彼の方が先に出る日は、前夜にこれとこれをこう着る、って教えてくれる。最初は徐々に変えていったが、そろそろ全開くらいの変身になってる。大学で人工知能の研究をしてるだけなんだけど、ファッションモデル並みのカッコをさせられている。一体なんのために?

「俺さ、ここまでファッショナブルなる理由、分かんないんだけど。」

「でも楽しいでしょう?」

「そりゃあ、褒められたリなんだりすれば嬉しいけど。このナリにするためにはヘアスタイルとかも気にしないといけないし。」

「いいじゃない。」

「靴もしっかり手入れしないとダメだし。」

「そうだ。昔聞いたんだけど、男がゲイかどうか知るには、靴を見ればいいんだって。」

「なんで?」

「完璧にピカピカだから。」

「そうとも限んないじゃない?」

「僕はピカピカだよ。」

「それってどういうこと?男を捕まえたい、ってこと?」

「ゲイのプライドです。」

「俺、でも人に見られるの慣れてないから。」

「え、そんなに見られるの?」

「そりゃあこのカッコで大学行きませんから、普通。」

「慣れてないだけでしょう?」

「誰が?俺が?それとも周りが?」

「両方。」

「今日も人に聞かれた。最近服変わったけど、どうしたの?って。」

「なんだって言ったの?」

「気分転換に。」

「僕はね、毎日楽しい。僕の礼ちゃんがカッコよくなって。」

「ドクターにも言われた。」

「なんて?」

「ハイなんじゃないか?って。俺のこと双極性障害にしたいらしい。その方が治療が楽しいんだって。不謹慎だよな。」

「じゃあ、明日のコーデ考えよ、っと。」

彼は俺のクローゼットを見渡して、ネイビーに近いブルーのシャツと、グレーのストライプのパンツを取り出す。

「あ、俺それ好きかも。」

「いいでしょ?」

「え、それで黒のセーター?カッコいいかも。」

「僕だったらこのブルーをメイクに使うんだけど、男ってつまんない。靴は紺ね。じゃ、僕もう寝る時間だから。」

「お風呂は?」

「疲れたから、朝シャン。」

「ダメダメ、疲れはお風呂に浸かって落とさなきゃ。」

「でもお風呂入ると、エッチなことになるじゃない。」

「それは君側の事情でしょ?俺、なにもしないし。もう湧いてるし。」

「もう湧いてる」という言葉に反応して、丁度、服を脱いでパジャマに着かえる直前でもあって、彼は風呂に向かった。俺もあとからついて行く。雄真のクリクリの巻き毛をシャンプーするのが俺の楽しみ。

「この髪、また伸ばすの?」

「伸ばしたいけど、そうすると縦ロールになっちゃうから。」

「いいじゃない。」

「そうするとまたイジメられるし。」

「誰がイジメんの?」

「分かんないけど。」

「あれは小学生とか中学生とかの話しだろ?また伸ばせよ。」

「なんで?」

「可愛いじゃん。」

「礼ちゃんだって、昔イジワル言ったじゃない。」

「俺なに言った?」

「少女漫画みたいだって。」

「少女漫画みたいに可愛い、って言ったんでしょう?」

「そういう言い方じゃなかった。」

「俺は君にイジワルしたことないよ。君のことはずっと好きだったし。」

「好きな子ほどイジメるって。」

「あ、それは多少あったかも。でも髪伸ばせよ。」

「どのくらい?」

「少女漫画になるくらい。あの唯花様役の子、綺麗じゃない。」

「ああいうイメージが好きなんだ。ちょっときつい性格?」

「美少女っていうか、美少年っていうか。美形な感じ。」

「ふーん。僕、可愛い系を目指してたんだけど、今度美人系もやってみよう。」

雄真はいつもなぜか俺にシャンプーしてもらうと、すぐエッチモードに入っちゃって、結局ベッドでエッチして、後ろから抱いてあげたら、すぐ寝ちゃった。

24

次の朝、俺は早く目が覚めて、めずらしく俺が朝ご飯を作ってやって、食べてる時雄真の顔を見たら、いつもと雰囲気が違う。眉がキリっとなってて、口紅もダークで美形な感じ。

「いいよ、そのメイク。」

「気に入った?よかった。唯花様の子、もっと研究してみるから。前髪も切り揃えるから。」

「気合が入ってるね。」

「だって。」

「だって?」

「礼ちゃんって、あんまりどんな子が好みとか言わないし。」

「言ったじゃない。」

「なんて?」

「俺は雄真がなにしてても好きだって。」

「やだー、もー。こんなにマスカラしっかり塗っちゃってから泣かせないでよ。僕もう行くから。ごちそうさまー。」

俺は雄真を泣かせるのは好きだけど、イジワルして泣かせるわけじゃないから。雄真が出て行ったあと、俺も大学へ行く支度をした。このシャツにパンツにセーターに、靴は紺でコートは短めで渋めの紫。いっけない、スカーフ、なんか言ってたけど忘れた。グレーに青に紫ときたら?思い出した、確かこの淡いピンクのスカーフだった。大学の構内をこのいで立ちで歩いていると、時々人が振り返る。このカッコで前、雄真の言ってた、ルネッサンスの美術とか、世紀末の怪奇小説とかのクラスにいればいいんだけど、理系の男ばっかのクラスではちょっと目立つ。靴がピカピカなのはゲイなんだ。いつも雄真に見張られてるから、俺の靴はいつもピカピカ。そのうち男に声かけられたりするんだろうか?俺は外見も中身も地味だから、今まであんまり友達もいなかった。中身は今でも地味だけど。ランチの時、レジで並んでたら、女性に、

「いつもお洋服素敵ですね。」

って声かけられた。俺は微笑むだけでごまかそうとしたら、ああだこうだ色々聞かれて、しょうがないから、

「彼氏が勝手に俺のこと、着せ替え人形みたいにして遊んでるんですよー。」

って言っておいた。事実だし。悪いけど。男だともっと断るの難しいだろうな。

25

だんだん着せ替えごっこにも慣れてきて、自分だと絶対選ばないような服ばっかだから、多少コスプレっぽいノリもあって、俺って誰?みたいな。その日は暖かくて、雄真はなんと俺に花柄のシャツを着せた。下は黒のジーンズで、まあまともなんだけど、その柄は幾何学的なんだけど、どう見ても何回見ても花で、その上は黒のテーラードっぽい革ジャン。髪は例のレトロ七三オールバックにされた。トイレで男に声かけられた。俺のシャツのことを、それって、どこどこのブランドですよね?って聞かれて、俺そういうの全然分かんないし、

「彼氏が買って来るから、俺は知らなくて。」

「え、そうなんですか?」

って、なぜかソイツは目を輝かせて、俺がトイレを出たら、ソイツもついて来て、

「僕、気が小さいから、なかなか友達できなくて。」

ソイツの靴を見たら、ピカピカだった。俺は今日は黒っぽいランニングシューズだった。考えてみたら俺も気が小さいから、大学にも数人時々話すくらいの人しかいなくて、だから友達と呼べる人もいなくて。気が小さいのに俺に声をかけてきたというのは、さぞ大変だっただろうと思って、なにか言ってあげようと思ったんだけど、とっさになにも出てこなくて、そしたらあっちからまた言ってきた。

「時々お見掛けしてたんですけど、貴方からはなにか感じるな、って。」

「特別なことはなにもないですよ。」

どちらからともなく、近くの構内のカフェに座って、彼は名前を、進矢だって教えてくれた。

「僕、田舎者なんで、なかなかゲイの友達できなくて。」

「へえ。」

「だから、よかったら友達になってもらえませんか?」

「俺も友達作るのすごく苦手な方で。」

「彼氏さん、いらっしゃるんですよね?」

「アイツは幼なじみで。」

「そうなんですか。会ってみたいな。」

「やめといた方がいいですよ。キャーキャーうるさいから。」

「楽しい方なんですね。」

「カラオケが趣味で。」

26

それから進矢とはランチを一緒に食べたり、お茶を飲みに行ったり、それはいつも大学の中で、こないだ初めて外界で待ち合わせして、雄真と一緒に飲みに行くことになった。俺と進矢は先に飲み始めて、雄真がバタバタ走って来た。俺の隣にバッタリ座ると、

「ゴメン礼ちゃん、学校が。」

「この方、進矢。」

「礼ちゃんから色々聞いてます。それにしても、綺麗な肌ですね?」

「そうですか?言われたことないけど。メイクの学校行ってらっしゃるんですよね?そのメイク可愛いですよ。」

「え、ホント?ありがとう。」

雄真はちょっと照れた感じ。俺が、

「随分盛大に塗ったな。」

って言うと、

「これはね、今日の授業でクラスの子にやられたの。でも上手でしょ?」

って言い訳をする。そして、

「進矢さん、よかったら僕のモデルになってくれませんか?」

「え、モデルって?」

「学校の宿題。男性のメイク。礼ちゃんに頼もうと思ってたんだけど、貴方の方が触発される。」

「ほんとですか?ちょっと照れますけど、いいですよ。」

「ヤッター!それじゃあ。」

「今、やるんですか?」

「だって宿題明日までだし、僕メイクの道具全部持ってるし。」

「メイクってどんなメイクですか?」

「アートっぽいヤツ。」

俺達はビールを飲みながら、食べながら、メイクの準備をしながら色々話して、雄真が、

「進矢さん、ってなんの勉強されてるんですか?」

「ルネッサンスの美術と世紀末の怪奇文学。」

俺が、

「え、マジで!」

と叫ぶ。雄真が、

「それね、僕、前に水商売してる時、お客さんの大学教授がね、同じこと言ってた。」

「それきっと僕達の教授ですよ。」

「沢島さん。」

「ほらね。」

「マジで?そんな勉強して、なんになるんだか、いつも不思議だった。」

俺が、

「そのふたつのことに、どういう共通点があるんですか?」

「それはね、ゴシックつながりです。ルネッサンス期は長いですから、周りにゴシックだのバロックだのが色々入り込んでいるんです。」

雄真が、

「あ、なるほど。じゃあ意外とトレンディーな話題なんですね?」

「そう、そう。秋葉原にゴシックのコスプレ見に行ったりしますよ。研究のために。」

「僕、今のゴシックって嫌い。でも本物ってどんなのかよく知らないけど。」

雄真は携帯で色々調べて、

「オリジナルのゴシックって建築様式だったんですね。12世紀から始まってる。絵画は宗教画が多くて、だから金がよく使ってある。」

「その通り。」

「じゃあ、金を使おう。」

俺が、

「金の物なんてあるの?」

「うん。今はなんでもあるよ。金だったら照明にも凝ろう。じゃあね、金は極薄く、顔全体に。」

進矢が、

「顔全体に?」

「それと、ゴシックの教会建築に欠かせなかったのは、ステンドグラスだから、そういう色をいっぱい使います。」

見る見るうちに素晴らしいメイクができ上っていく。

「できた!」

俺と進矢が同時に、

「もうできたの?」

「いい感じでしょ?」

進矢が、

「すごい、アートっぽい。」

「進矢さんはね、斜め横で上向いたところをたくさん撮りたい。」

「分かりました。」

ふたりはなんか、いいライトを探しに街へ行ってしまった。俺はいない間に肉とか魚とかを一生懸命食べて、ビールもガンガンいく。やがて帰って来たふたり。

「礼ちゃん、食べ物みんな食っちゃた。」

また色々オーダーしたり、メイクを落としてあげたりなんだりで、そしたら進矢が、

「ゴシックをテーマに、こんな短時間のうちにアートをお創りになる。素晴らしいです。」

「やだー、そんな。ただの宿題だってー。」

「いや僕も、もっと新しいアートについても勉強しなければ、と思いました。」

「メイクなんて、アートって言うよりファッションでしょう?」

「以前はファッションがアートからパクってたけど、今はアートが面白くなくてパクる物もないから、ファッションの方がよっぽど完成度が高い。実用性もある。」

俺がそこへ割って入る。

「それは極論だろう?」

雄真が、

「僕の先生はいつもアート、アートって、大事そうに言ってるけど、メイクってなんだろう?って考えちゃう。ファッションじゃいけないの?」

俺達3人は酔ってどうでもいいような議論をして、楽しく別れた。ベッドで寝てたら、雄真が突然起き上がって、

「沢島先生、僕に借金がある!取り立てに行かなくっちゃ。」

「なんで今思い出すの?どうなってんの、頭の構造?」

「知らない。お休み。」

27

今日、雄真が帰って来るなり、

「ねえ、礼ちゃん、進矢さんってほんとに彼氏いないの?」

「そうらしいけど。」

「先生がさー、メチャ好みだから紹介しろって。」

「先生がそんなこと言っていいの?」

「僕あの先生にショーのスタッフに抜擢されたから、恩があるんだよね。それにあの人、助手だから。ほんとの先生は別にいるの。」

「そーなんだ。」

「ま、いーや。僕食事の支度しまーす。」

手早く美味しい物を作ってくれて、しかも明日のお弁当まで。

「美味しそうなお弁当。」

俺は彼の巻き毛を激しく撫でて、メチャメチャにしてあげる。俺の愛情表現。

「先生ね、それでその話しの流れで、春の東京コレクションでもスタッフにさせてあげるかも、って言うの。どうする?」

「とりあえずちゃんとした人なんだろう?」

「うん。変わってるけどね。それでね、進矢さんの写真改めて見たら、先生がデザイン画の授業で描く顔にそっくりなの。だから好みなのは確か。」

「どういう顔なの?」

「あのね、流し目の似合う感じ。」

「分からんな。」

「あの時、顔斜めでカメラ目線、って言ったらそうなって、すごいカッコいいの。先生の絵もあんな感じ。」

「流し目。」

「うん。僕もね、もし進矢さんと上手くいったら、先生との変なウワサも消えるだろう、っていう目算もあるの。」

「目算ね。まだウワサあったの?」

「そう。暇でおバカの多い学校だから。あの先生、実際生徒に手を出してるらしくて、でもなぜか人気はあるから、早く彼氏を探せ作戦は前からあったんだけど。」

「人気あるんだ。まあ、君が学校入りたてでショーに送ったんだもんな。やることカッコいいよな。」

「そういう大胆さはあるの。どうする?」

「お見合い?」

「なんか変。」

「ダブルデート?」

「ダブルデートで、そのあと、じゃあ、あとはおふたりだけで、っていうのやろう。それ、面白そう。」

「さっそく進矢に聞いてみよう。先生の名前なんて言うの?」

「海が光る、って書くの。」

「かいこう?」

「そう。」

「本名なの?」

「知らない。」

進矢にラインしたら、さっそく返事。

「顔だけで、僕のなにが分かるっていうんでしょう?」

彼はやや懐疑的。俺は雄真に、

「コイツちょっと理屈っぽいんだよな。なんて言う?」

「え、っとね、恋はインスピレーション。」

「いいね。」

って、俺は笑う。そしてその通りに送る。進矢は意外と素直に、

「分かりました。よろしくお願いします。」

だって。

「君の、恋はインスピレーションが効いたのかな?」

「知らない。」

って、彼は笑う。

28

「またこのパンツ?」

俺はそのパンツ嫌いじゃないけど、スキニー過ぎて、穿くのも脱ぐのも、ひと苦労。それが黒で、その上も黒のセーターで、ジャケットはなんか光りもののバーガンディー。そしてカラフルなスカーフ。それは雄真ので、大振りのシルク。カッコよく巻いてくれた。雄真は、

「今夜はゴシックがテーマだから。今のじゃなくて、ほんとに12世紀から16世紀くらいのヤツ。」

「そうなの?」

「今、僕が決めたの。あ、だけど僕小っちゃいから似合わないのよね。そういうの。」

雄真はシンプルなストレートのドレス。なんか渋めのカラフルな幾何学的な模様。可愛い帽子を被ってる。赤茶っぽいロングブーツ。

「黒はイヤだから使わない。」

「俺に着せておいて。」

「礼ちゃんは似合うからいいの、っていうか、そのジャケットだと黒がいいな、って。ほんとのゴシックには特に黒は使ってないから。」

「そうだよな。黒は後世だよな。」

ふたりでワクワクしながらダブルデートの現場へ向かう。そこは大学の近くのカフェ。大きくて開放的なデザイン。先生、っていうか、海光は一番先に来てて、雄真のアドバイスとかで、黒は着ていなかった。わりとシンプルなスタイル。白いシャツにグレーのウールのスーツ。ネクタイはしてない。靴はピカピカ。ちょっと学校の先生っぽい。俺が海光に挨拶する。

「いつも雄真がお世話になってます。今日のスタイル、なんか先生っぽいですね、って先生か。」

海光は俺の冗談に笑ってくれる。雄真が、

「まだちょっと時間ありますけど、先生、ここらで身を固めてくださいよ。僕達みんなの願いですから。」

「そういうプレッシャーは止めてくれ。」

「あのね、先生ね、彼はロマンチストですよ。ああいう研究してるくらいだから。自分の魅力を十分発揮して、彼の心をキャッチしてください。」

「なに?俺の魅力って、なに、なに、なに?」

「その変なところですよ。よく言えば、ユニーク、個性あふれる、そういうとこ。」

「それって、でも、上手くいけばいいけど、裏目に出る可能性もあるじゃない?」

「先生って単純に面白いから、笑わせてあげるといいと思う。あっちは結構真面目っぽいし。友達いなくて寂しいみたい。」

俺が時間通りに現れた進矢に手を振る。進矢は少しうつむき加減で、ゆっくりした足取りでやって来る。海光は俺達に小さい声で、

「わー、思ったよりずっとイケメン。緊張してきた。」

自己紹介して、でもそのあとはふたり共黙っちゃって、両方知ってる雄真が頑張って喋ってる。

「海光先生は、先生としても面白くて人気あるんですけど、作品も素晴らしくて、みんなに尊敬されてるんです。それで、先生はパートタイムで、ほんとはメイクアップアーティストとしてあちこちで活躍されてるんです。」

進矢がなんにも言わないんで、代わりに俺が喋る。

「進矢の写真、先生がとても気に入ったみたいで、アートのこととか、話しも合うんじゃない?」

雄真が、

「進矢さん、今日大人しいですね。」

と、彼がなにか言わなければならない方向に持っていく。

「シャイなもので。田舎者なんで。」

俺が、

「そういえば君、どこの出身なの?」

「富山県と石川県の境です。真面目な人の多い土地柄で。」

海光が、

「へえ!世の中にはそんな所があるんだ。俺なんかきっとそこには住めないな。」

雄真が、

「そりゃ、無理ですね。」

進矢が真面目に、

「なんでですか?」

て聞くと、海光は、

「だって俺、ふざけてるし。」

「そうなんですか?学校の先生だっていうから。」

「学校にも色々あるから。」

雄真が、

「先生にも色々あるし。」

俺はこの調子の進み方だと、なかなか、「じゃあ、あとはおふたりで。」にはならないな、早く雄真とご飯食べに行くなり、飲みに行くなりしたいのに。そしたら意外なことに、いきなり進展が。海光が進矢をじっと見て、

「貴方のあの目にやられました。」

「それ、うかがいましたけど、失礼ですけど、それで僕のなにが分かるんですか?」

「目を見れば全て分かります。」

進矢は恥ずかしそうに下を向いて、

「なにが分かったんですか?」

「貴方の目は深くて暗い孤独の闇を見ている。本当はすぐ側に明るい太陽が輝いているのに。」

「明るい太陽って、なんのことですか?」

「それは俺です。」

俺と雄真は見詰め合って笑いを堪える。進矢は至極真面目に、

「貴方はそういう戯言をよく男性に言うんですか?」

「まあ、時々。」

海光はどこまでもふざけてて、進矢はどこまでも真面目。どうなるんだろう?少なくともふたり共、自分自身に忠実、なのかな?そしたら進矢が、

「僕なんかと付き合っても、面白くもなんともないですよ。」

「いいな、そういうの。」

進矢がハッとして海光を見て、

「え、なにがいいんですか?」

「いやあ、俺の周り、俺みたいにふざけたヤツばっかで。雄真だってそうだろう?」

雄真が、

「否定はしませんが。」

と言って、自分の巻き毛にクルクル触る。海光が、

「じゃあ、礼士さんに聞いてみましょうよ。礼士さんはふざけてないだろ?雄真のどこがよくて付き合ってんのか。」

なんでいきなり俺に?

「雄真のことは子供の時から知ってて、なにをしても可愛いです。」

海光が、

「ほらね、それって惚れてる、ってことだよね。」

進矢がなぜか少しムッとしたように、

「だからなんなんですか?」

海光は、

「だから俺は君に惚れさせる。」

進矢は笑い出して、海光は、

「やっと笑った。ほらその流し目、実物の方が、ずっとセクシーだな。」

俺と雄真は同時に立ち上がって、

「じゃあ、あとはおふたりで。」

29

上手くいくかどうかはまだ分からないけど、とりあえずお祝いに、飲みに行くことにした。大学の近くの、大学生の集まる居酒屋。雄真が嬉しそうに、

「上手くいきそう。」

「まだ分かんないだろう?だけどすごかったな。俺に惚れさせる、ときたもんだ。今後の参考にさせてもらおう。」

「なに、今後の参考、って?」

俺の知り合いの酔払った学生が来て、

「礼士さん、ここ珍しいですね。おや可愛い彼女さん。」

「雄真です。彼氏だけど。でもどっちでもいいけど。」

「へえ。ファッショナブルですよね。」

俺は、

「この人、僕の個人的なスタイリスト。」

「あ、だから礼士さんいつもカッコいいんだ。」

で、そいつはどこかへ消えてしまった。あちらこちらで酔った学生達が、歓声を上げる。雄真は、

「なんか、大学のノリって面白い。僕の知らない世界。」

「そうだろう?やっぱ違うだろう?あのふたり上手くいくかな?」

「先生は本気になると、マジすごいから。」

「なんでそんなこと知ってんの?」

「ウワサで。なんかね、ホコ天の真ん中で男にバラの花束渡したらしいよ。跪いて。」

「すごいな。それでどうなったの?」

「あんまりバカバカしいから折れて、しばらく付き合ってたらしいよ。」

「ふーん。そこまでやるんだ。」

「礼ちゃんだって、僕に花束くれたじゃない?」

「そうだったな。男はやる時にはやらないと。」

「カッコいい!礼ちゃん!」

雄真、そろそろ酔いが回ってきたみたい。

「君、クリスマスはどうするの?」

「僕はねー、毎日仕事。」

「仕事のあとは?」

「分かんない。麗花様がカラオケやろう、って。」

「カラオケは大晦日にして。」

「うん、分かった。」

「聞き分けがいいな。」

「うん。クリスマスは礼ちゃんと、ラブラブ。」

「仕事のあと毎晩マッサージ。」

「ヤッター!」

「なにか欲しい物あるの?」

「礼ちゃんは?」

「俺はね、君がいれば十分。いつも年末はウツになるんだけど、今年は君のおかげで大丈夫そう。」

30

クリスマスまで秒読み。俺はいつものように姉ふたりにラインで相談する。麗花様は、

「アンタ達も一緒に住んでしばらく経つから、そろそろなにかケジメをつけた方が。」

ケジメをつける。その意味は?

「こないだ雄ちゃんに会った時、さり気なく聞いてみたんだけど。アンタのために。」

「ほんと?麗花様。嬉しい!」

「雄ちゃんは、クラシックなイエローゴールドの6爪。」

「なにそれ?」

「分かんないの?バカじゃないの?」

「麗花お嬢様がそんな言葉使い?」

「お分かりにならないの?おバカでいらっしゃるの?」

「なんかあんまり変わんない。」

「勝手に勉強して。ほんとに分かんなかったら教えてあげる。サイズも聞いといたから。」

「サイズ?」

「じゃあ。」

「麗花様ー。」

仕方がないので、俺は、「クラシックなイエローゴールドの6爪」で検索してみた。ジュエリー?マジで?サイズ、って言ってたな。ということはペンダントじゃないよな。え、じゃあ?俺は雄真が帰って来る前に大分勉強したけど、買いに行く時は姉に同行してもらわないと。俺、貯金いくらあったけ?「クラシックなイエローゴールドの6爪」のエンゲージリングっていいな。俺もそのデザイン好きだな。やっぱり雄真センスいいな、って思ったら彼が帰って来た。このPC共同だから、急いで履歴を消す。バタバタしていると、雄真が部屋に顔を出す。

「礼ちゃーん、ただいまー!」

俺はいつものように、ほっぺにお帰りなさいのキス。

「あれ、進矢からメールが来てる。」

「なに、なに、なんて?」

「海光先生のモデルをやることになったのですが、できればもうちょっとあか抜けたカッコをしたいと思うので、お手伝いいただけませんか?」

「進矢さんってメールまで真面目だね。」

「でもそうなら、先生のこと気に入ったんだろうな?」

「そうだよねー、ヤッター!」

「君、デパート終わってから時間あったら、俺達に付き合って。」

「うん。学校はもう冬休みだから、いつでもいいよ。」

31

進矢は俺が個人的なスタイリストを持つ前みたいな、大学生丸出しなカッコをしている。悪いわけではないけど、ファッショナブルとは言い難い。雄真や海光の世界とはやっぱり違う。雄真が、

「なんのモデルなの?」

進矢が、

「新しい作品のモデル、としか聞いてません。」

「先生のポートフォリオに入れるヤツだね。ギャラちゃんともらった方がいいよ。普段はプロのモデル使うんだから。」

「そんなこととても言えませんよ。」

「あれから先生には会ったの?」

「いいえ。」

「そのモデルやるのはいつなの?」

「あさって。」

「今日の予算はどのくらい?」

「ほとんどないくらい。」

俺達は銀座通りにある外資系のファッションビルに入った。ここならリーズナブルな価格で、ファッショナブルなワードローブが揃う。雄真がひとりではしゃいでいる。そして女の子のコーナーばっか歩き回ってる。俺は雄真の襟首をつかんで、

「雄真。」

「はい、はい。」

進矢はフロアの真ん中に突っ立って、あまりにたくさん並んだ服の洪水に、茫然としている。その様子は結構可愛い。

「進矢ちゃん。」

雄真はなぜか進矢をちゃん付けすることに決めたらしい。

「進矢ちゃんはイケメンさんだから、ベーシックにし過ぎるとつまんなくなるのよね。」

俺は、

「って、それどういう理論なの?」

「イケメンって頑張らなくてもイケメンだから、ブサイクな人の方がお洒落じゃない?」

「だから?」

「もしもイケメンがメチャお洒落なカッコして立ってたら、卒倒ものじゃない?」

「俺、分からん。」

進矢が、

「俺、分かりますよ。自己主張のある服着ろ、ってことですよね?」

「そう、そう。頭いい、進矢ちゃん。礼ちゃんは僕の好みで、グッと大人の男にしてるけど、先生は若いのが好きよ。」

「他には先生、どんなのが好きなんですか?」

「あのね、先生の作品はね、絶対顔だけじゃすまないから。」

「え、っていうことは?」

「脱がされる。大抵胸から上くらいだけど。ヤツの常套手段。」

「へー。他には?」

「今で食ってきた男の子は、おバカでミーハーなのが多かったけど。モデルやってる子とか、アイドル目指してる子とか。その子達の服はカジュアルで、派手で、ジーンズ、Tシャツ、ベースボールキャップ。」

「じゃあその全く逆にしましょう。」

「え?」

「だって、今までそういう子と付き合ってたんなら、全然違った方が意表を突いて新鮮でしょう?」

ここで俺が口を出す。

「って、いうことは、大人で、落ち着いてて、お利口で。」

雄真がいくつか選んで、彼が試着してる時、上半身脱いだとこを我々に見せて、

「僕ね、高校でレスリングやってたから。」

わー、ミケランジェロのダビデ像。雄真が、

「これはね、今までの子達とは正反対。こんな子いなかったもん。細いのばっか。じゃあね、どうせ脱がされるから、脱がせにくい服にしよう。面白い。タートルネックなんてどう?Tシャツ素材の。」

「面白いですね。俺、着痩せするから、脱ぐまで絶対分かんないですよ。」

それで決まったのは、下から、ピカピカの紺の靴、ダークグレイのコーデュロイのパンツ、Tシャツ素材の黒のタートルネックに、アイボリーのコットンセーター。それから超渋めのシルクプリントのスカーフ。みんなセールばっかだから、大した出費ではなかった。そのあと俺達は、近くのコーヒーショップに寄った。雄真が、

「これ、僕からのプレゼント。サンプルだけど。シャネル。」

「へー、香水?僕こんなのつけたことないですよ。」

「ちょっと匂い嗅いでみて。」

「わー、これですか?」

「うん、セクシーでしょ?先生、服脱がせた時、失神する。」

「今日はありがとうございました。」

俺は、

「進矢、あの先生のことそんなに気に入ったの?」

「そうじゃなくて、あの人、俺に惚れさせるとか言ってたから、逆にあっちに惚れさせたら面白いんじゃないか、って。」

雄真が、

「ゲーム感覚?」

「って言うか、もっとなんか真剣勝負?押し倒されないで、こっちが押し倒す。上位に立ちたい、ということです。」

「ヤダー、上位に立つなんてエッチ!」

俺は、

「雄真。」

「ゴメン。妄想が・・・ほら、これね、先生が前に付き合ってて、学校にバレそうになって別れた子。」

進矢は、

「え、こんな可愛い子?」

「僕達、仲いいから、いつもお互いの顔でメイクの練習し合ってんの。本職のモデルだよ。雑誌とか出てる。」

「そんな子と付き合ってたんじゃ・・・」

「大丈夫、大丈夫。この子、ほんのガキだから。全然進矢ちゃんとはタイプ違うし。大人の魅力で、グッと押し倒す。やだ、楽しみ!どうなったかすぐ教えてね。」

数日後、進矢から長々したメールが来た。

32

雄真さん、礼士さん、先日はお世話になりました。海光は僕の姿を見て、イメージが違う、用意してきたメイクのデザイン画が全く使えない、どうしようって焦っているから、今の僕を見て思ったそのままを表現してください、って言ったんです。セクシーな流し目で。

テーマがなければ作品が創れない、ってまた焦ってるから、僕がセーターとTシャツを脱いだんです。そしたらあのシャネル、効き目ありましたよ。海光、泣きそうだったから。それで僕、言ってやったんです。僕は美術の研究してるから、中途半端な作品では許しませんよ、って。そしたらまた泣きそうになって、そこは彼のマンションにあるアトリエで、僕はゆっくりその部屋を歩き回って、彼のカラフルな、綺麗な色のたくさん入ったパレットを見付けて、僕は自分で色を混ぜながら腕や身体に指で描いていったんです。それを見て彼は観念したように、俺をカンバスに作品を仕上げていきました。写真、添付しましたが、素晴らしい作品になったと思います。ルネッサンスの絵画に使われた、テンペラ画やフレスコ画などの独特な明るい色が、たくさん使われています。

33

メールはそこまでで、写真を見ると、確かに素晴らしくて、雄真も感動して、

「海光先生って、若い男の子食ってるだけの、チャラいヤツじゃなかったんだ。でもこの続きはどうなったの?それが1番肝心なところじゃない?」

「あ、今、また進矢から続きが来た。」

「マジ?ヤッター!」

34

身体って面白いもんですね。メイクのブラシやスポンジで触られると、自分でも知らなかった性感帯に気付きます。首とか、目の周りとか、ゾクってするほどでした。目の周りが感じるって変ですか?って海光に聞いたら、それはあんまり聞いたことがない、って。

彼が僕の身体に触っているうちに、僕の身体からは力が抜けて行って、しまいにはセックスのことしか考えられなくなって、でも彼の作品ができ上るまではなにもできない、って思ったんですけど、なんかそれは失敗して、僕は彼の手をつかんで、それにキスして、そしたら彼は俺にキスしてくれて、結局せっかく綺麗にできかけてた作品が、みんな擦れて、色が混じって、僕も海光もイってるのに、彼はまだ俺の身体に色を載せて、それでできた作品が、今送った写真です。

僕、言わなかったんですけど、実は初めてだったんです。田舎だったし。ゲイなのは生れた時から知ってたんですけど。また色々教えてください。近々、お会いしましょう。

Part

35

姉の麗花と待ち合わせて、クリスマスの買い物に行った。

「雄ちゃんは目が肥えてるから。」

「そんな話し、したことないのに。」

「でも、そうなのよ。きっと催促してるみたいで、言いたくなかったんじゃない?」

「そんなしおらしいヤツかな?」

「アンタのその予算じゃ、雄ちゃんの好きそうなゴージャスなダイヤは無理だから。」

それを聞いて、俺は黙る。でも俺だってまだ大学生だし。俺達は麗花の知り合いのジュエリーショップに向かっていた。そこは下町の問屋街の、よく言えば活気のある界隈。姉の麗花は、チャラチャラしたお嬢さん高校を出て、チャラチャラしたお嬢様大学で福祉の勉強をした。そのお嬢様高校と大学では、受験の他に両親の面接があり、大学のペット可の寮では、ペットの面接まであるそうだ。姉はそれまでお高くて、他人のことなんて全然知ったこっちゃない、という態度を貫いてきて、福祉科に入った時にはみんなが驚いた。今では障害者の作った手芸作品や、お菓子などを販売する店舗を経営している。今日は俺は休みで、専属スタイリストがいなかったんで、服装は適当。姉はなんだか知らないけど、上から下まで高そうな物を身につけてる。自分の店ではそういうカッコはできないから、うっぷんばらしだそうだ。

「あ、あそこ、あそこ。」

彼女が指差した先には、小さなジュエリーショップ。中に入ると、奥は意外と深い。姉の知り合いはそこのオーナー兼デザイナーさん。意外と若い男性。30代だと思う。姉が連絡してあったらしくて、既に候補もいくつか選んであった。

「ダイアモンドでその予算だと、どちらを取るかですが、サイズを選ぶか、クオリティーを選ぶか。」

どっちみちやけに小さい。もうそれだったら別の物にしたいくらい。俺の予算の少なさに、少し落ち込んでくる。

「俺、そんなちっちゃなダイヤより、もっと違うのもがいいな。」

「本人はダイヤだって言ってるわよ。」

そしたらお店の人が、

「目的にもよりますよ。まだお若い方で、すぐに結婚する予定のない方なら、もっとファッションリングみたいなのにしてもいいんですよ。クリスマスプレゼントですから。欧米ではプロミスリング、ってかなりポピュラーで、それだったら、どんな石で、どんなデザインでもあり、っていうことです。」

俺が初めて聞くその習慣。

「プロミスリング?」

「それは、エンゲージリングをあげる前に、これからもずっと一緒だよ、ってお約束のためのリングなんです。」

俺は姉に、

「雄真はそのプロミスリングなんていうこと知ってるのかな?」

「あの子は私より詳しいわよ。デパートの1階で働いてるんだから。」

お店の人が、

「それだったら、いいダイヤ毎日見てるでしょうから、作戦変更した方がいいかもしれません。」

俺はその言葉が気に入った。作戦変更。麗花は、

「誕生石トパーズだわね。」

「なにそれ?」

お店の人がいくつか見せてくれる。

「今度は逆に随分安いな。」

お店の人が笑って、

「物にもよりますけど。この辺のは、台がシルバーだから安いんですよ。」

姉が、

「台だけでもイエローゴールドにしてあげたら?」

「できますよ。ブルーとイエローゴールド、いいよ思いますよ。」

「なんか今ひとつピンとくるものがないな。」

そしたら、店の奥からもうひとりの男性が出て来て、

「トパーズですよね。デザインもっとあるんで、お見せします。」

その中に、淡いブルーの石に、イエローゴールドの台で、なんか雄真が好きそうなのがあった。

「俺、これにしたい。」

姉はなぜかしばらく笑ってて、

「いい、いい、あの子好きそう。」

それはプリンセスの王冠の輪っかの中に石がはまったみたいな、バカみたいな少女漫画チックなデザイン。サイズのお直しをお願いして、我々はその店を出た。

36

俺達は食事をしていこう、っていうことになって、レトロチックな食堂に入った。俺はこういう風にこの姉とふたりきりで、ちゃんと向かい合った記憶がない。いつも頭にあった疑問が自然に出た。

「姉さんはあんなにブランド物だの男に貢がせるだのしてて、どうしていきなり大学であんな勉強して今みたいなお店やってるの?」

「なに言ってんのよアンタ。」

「なに?」

「アンタみたいなのが側にいて、どうしたって関心を持つわよ。」

「俺?」

「病気で、ウツ病で、何度も入院して、自殺未遂。本人も家族も、どうにもできない病気があるんだな、って。」

「姉さん、病院に見舞いにも来ないで、友達と遊んでて、俺のことなんてどうでもいいのかと思ってた。」

「どうでもいいけどさ。」

「なんだ、どうでもいいのか。」

姉の言うことは、冗談なんだか本気なんだかよく分からない。

「姉さん、なんで結婚しないの?付き合ってた人、いたんでしょ?」

「色々あるのよ。」

そこで注文した物が出て来た。俺はオムライスで、姉はハヤシライス。

「俺のせい?」

「どうしたらそうなんの?」

「精神病が家族にいるから?」

「それで結婚やめるような人とは結婚したくない。結婚したくなったらいつでもするし。」

「そうなの?」

「アンタと雄ちゃんみたいに、ラブラブになれる人を見付けるから。」

「本気かなあ?」

姉はそれははぐらかして、

「さっきの指輪、よかったわよ。絶対気に入る。」

37

こんなに姉とふたりでずっと一緒にいるなんて、相当珍しい。俺達はそのあとも一緒に、雄真のデパートに遊びに行った。

「やだ!麗花様!」

雄真は麗花様の周りをピョンピョン飛んで回る。

「俺もいるぞ。」

「あ、礼ちゃん。」

「なんで俺には素っ気ないの?」

「だって麗花様が来て下さるの久し振り。嬉しいわー。」

「雄ちゃんのしてるリップスティック、可愛い色。」

「あ、これはね、ディオールの新色。麗花様もお試しになる?」

俺はふたりのお化粧品屋さんごっこをほっておいて、参考のためにジュエリー売り場を見て歩いた。さすがにこの時期だと店員がうるさい。俺は、

「実はさっき買ってしまったんで。」

と言って回る。ダイアモンドか。マジでいい値段。大きくても安いのはクオリティーが落ちるからだそうだけど、あんまり小さくても可哀そうだし。それより俺と雄真ってこの先どうなんの?あの調子だと、そのうちシンデレラの馬車に乗って、結婚式挙げたいとか言い出しそう。俺が大学出て、雄真がメイクの学校出て、ふたりともちゃんと仕事始めてからだよな。

38

進矢に会った。彼も俺みたいに大学の近くに住んでるから、丁度中間くらいの場所に飲みに行った。雄真はあとで来ることになってる。俺達はたわいもないことをあれこれ話して、ビールの中ジャッキを空けたくらいで、やっと海光の話しになった。会った時から思ってたんだけど、なんだか彼の顔付きが違う。もともとイケメンだけど、さらに輝いて見える。そのことを言いたかったけど、なんて言っていいか分からないから黙ってた。

「海光にアレが初めてだってバレちゃって。」

「へー、それで?」

「それでね、あの人、こんなイケメンの初めてを奪える自分がすごい、みたいなことを言い出して。やっぱり変ですよね。」

「それって、どういう発想なんだろう?」

「分からない。」

「あの写真はよかった。」

「あれね、ヤった直後。」

「ふーん。アートだったね。童貞喪失直後。」

「ええ。」

「付き合ってんの?」

「ヤってはいるけど。」

「どうなの、彼?」

「他の男を知らないから、分からない。礼士さん、僕に試させてください。」

「ヤバい、それは。」

「冗談です。」

そしたら俺達のテーブルの側に雄真が立っていた。どこから聞いていたのか分からない。

「進矢ちゃん、先生と付き合ってんの?」

俺が、

「ヤってはいるらしいよ。」

「へー、先生セックス上手いらしいよ。」

進矢が、

「そうなの?僕、ひとりしか知らないから。」

「わー、そうなんだよね。なんかあんなのに捧げちゃって、もったいない。」

進矢が笑い出して、

「そういうことですか?」

「うん。もっといい男探してあげればよかった。反省する。」

俺が、

「雄真が反省している。珍しい。」

「なによ、礼ちゃん。」

って、俺の頭をグーで殴るマネをする。進矢は、

「そんなに悪くないですよ、あの人。」

「僕ね、進矢ちゃんの顔が輝いて見える。感動的に。」

俺が、

「俺もそう思った。こんなことってあるんだな。」

進矢が、

「マジですか?」

雄真が、

「マジ、マジ。こういう人初めて見た。恋に落ちた、と言うより、愛の炎に焼かれた人。」

「すごい表現ですけど、僕、そこまで焼かれてるつもりはないですけど。」

「でも、そう見えるもん。先生のこと愛してるの?」

俺が、

「そんな、会ってすぐ。」

「そんなの関係ないもん。」

進矢が、

「僕達、セックスが先になっちゃったから、恋とか愛とかいう気持ちより、なんだろう?身体のつながりに焼かれてる感じ。」

雄真が、

「わー、いい、それ。僕も身体のつながりに焼かれてみたい。」

俺が、

「いつも焼かれてるだろ?もう燃えカスになってるぞ。」

「あ、進矢ちゃんのケータイ。きっと先生ね。」

進矢は少し喋ってて、すぐ切った。雄真が、

「なんだって?」

「なんでも、僕の身体の温もりを側で感じたいそうです。」

「行くの?」

「行きませんよ、そんな、毎日ベッタリ。あ、でもなんか向こうが来るそうです。」

「え、来るの?」

「そうらしいです。」

俺が、

「バカバカしいから、さっさと酔払おう。」

雄真も、

「僕もそうしよう。」

39

俺達がすっかり酔って、俺がディオールの新色に接吻している間に、海光が現れた。こっちも相当輝いてる。ふたりはほんとに体温を感じ合うほど接近してる。ふたり共早くヤりたいだけじゃん、と思ったけど、進矢は毎日ベッタリでは嫌だという発言をしてたな。雄真は、バンバンと先生の背中を叩きながら、

「先生!ダメですよ。進矢ちゃんには僕がもっといい男紹介するから。」

「お前が俺に紹介したんじゃないか。」

「だから、アレは僕の間違いでした!」

「なんで、俺のどこが悪いの?」

「ふざけてるとこです。」

「君だってふざけてるだろ?」

「そうですけど、進矢ちゃんにはもっと、ヤバいクールな男を見付けてあげるの。」

「ヤバいクールな男?」

「うん、うん。」

「なに?それって俺じゃん。」

俺と進矢が笑い転げる。雄真が、

「全然違う!ヤバいクールな男はね、そのたったひとつのキスだけを想い出に、一生生きていけるような、そういうヤバい恋愛。」

海光が、

「やっぱりそれ、俺じゃん。」

「全然違う!僕の言ってること、分かってない!」

と言って、また海光の背中をバンバン叩いて、

「ヤバいクールな男ってね、なんかこうスーツなんかバリっと似合って、男の香水が身体の匂いに混ざって、それを嗅いだだけで、死んでもいい、って思うようなそういう男。」

「ほらな、やっぱそれ俺じゃん。」

「先生ー!どこまで自分を誤解してるんですかー?」

俺と進矢はさらに笑い転げる。海光は、

「じゃあ、雄真は俺のこと、どんな男だと思ってるわけ?」

「毎年入って来る若い男を引っかけて、適当に遊んで、また別の男を引っかけて、今回みたいに、たまたまイケメンのインテリ大学生が、僕の小さな可愛い間違いで釣れたけれども、進矢ちゃんは先生の相手するほど暇じゃないんで、僕が今度とっとと、もっといいヤバいクールな男を探してあげるんです!失敗から学ぶ賢い雄ちゃんなんです!」

すっかりでき上っている。海光が、

「じゃあさ、今の発言に対して、進矢はどう思ってんの?」

進矢はしばらく笑いながら考えてて、

「僕は釣られたわけじゃないから。」

「どういうこと?」

「僕が釣ったんだから。」

雄真が急に真顔になって、

「進矢ちゃん、今のメチャカッコいい。」

「そうでしょう?」

「僕、今ので酔いがさめちゃった。礼ちゃん、僕思うけど、ほっといても進矢ちゃん、さっさと先生よりもっと素敵な男を釣れるわよ。よかった。」

海光が、

「なにそれ?俺はな、進矢の初めてを奪った、クールでラブリーな男なんだから。」

雄真が、

「クールでラブリー、ってメイクの授業じゃないんですから。そもそも職業がチャラいんです!」

「悪かったな。」

進矢が、

「僕は海光の職業や作品は尊敬してますよ。」

海光が、しんみりと、

「ありがとう、進矢。ほらな!雄真。今の聞いてただろう?」

雄真はプイッとあっちを向いてしまう。進矢は体温を感じるほど近くにいる、海光の顔をのぞき込んでなにやら小声で話している。ラブラブなふたり。雄真は、

「礼ちゃん、アホらしいから帰りましょう!」

「いやあ、俺はもうちょっと見学していきたいなあ。まだ食べる物あんまりオーダーしてないし。この店結構食べる物、旨いんだ。」

雄真はふてくされて、俺の肩に寄りかかってビールを飲みながら、時々あっちのふたりをチラチラ見てる。進矢が海光の髪に手を当てて、愛撫するような手付きで撫でる。雄真の機嫌がさらに悪くなる。俺は、

「いいじゃないか、仲がよくて。」

「やなんだもん。先生みたいなのとくっついてー。」

「君がそもそもキューピッドだったんだから。見てくれも可愛いキューピッドだけど。」

俺はいつものように彼の巻き毛をクシャクシャにする。

「ダメ、礼ちゃん。僕の髪、性感帯なんだからー。バカ、バカ!」

あっちのふたりを見ていると、確かに釣ったのは進矢の方だな。年はいくつくらい違うんだろう?進矢が海光を上手くあやしてる感じ。それに進矢が海光の耳にずっとなにか囁いてて、海光はそれを素直に聞いている。なんの話しをしているのだろう?そしたら雄真が、

「ふたりでなにヒソヒソ話してるんですかー!」

進矢が、

「僕がやってみたい、まだやったことのない体位。」

「え、なになに、どんなのどんなの?」

「それは内緒です。」

「つまんない。礼ちゃん、僕達もヤろう。またやったことのない体位。」

俺が、

「そんなのあったかな?」

「ある。」

雄真が俺の耳元でヒソヒソそれを教えてくれる。

「え!マジ!」

って俺はふざけて叫ぶ。

「礼ちゃんのバカ!」

「じゃあ、来週。」

「ダメ、今夜。」

「今夜はもう君はでき上ってるから。」

「じゃー。明日。」

「分かった。」

進矢が、

「僕、童貞が長かったもんで、気持ちだけが先走って。」

海光は恥ずかしそうに下を向いている。先生はよく喋るから、そんなに黙ってることは滅多にない。雄真が、

「よかったですね。先生はセックスだけは上手だってウワサだから。」

すごくイジワルに言うから、俺は、

「雄真、嫉妬してるだろう?でもどっちに嫉妬してるの?」

「僕は、あんな先生にあんないい彼氏ができるのが悔しいんです。」

「じゃあ、雄真は進矢のことが好きなんだ。」

「そーじゃないでしょ?」

「そーだろ?先生に進矢を盗られたのが、悔しいんだろ?」

「そーじゃないでしょ?もしもっとヤバいクールな男だったらよかった、って言ってるでしょう?」

「どっちみち遅いんだから、しょうがないだろ?」

「そんなことない。すぐ別れる。そしたらこの雄ちゃんが、もっともっといい男を探してあげる。」

俺達の目の前で、進矢が海光の顔を上げて、唇に軽いキス。俺は焦って見てる人がいたかどうか、周りを見回す。でもよく分からない。雄真は、

「もういいや、どうせ別れるまで秒読みなんだから、イライラするのはお肌によくない。飲もう飲もう!」

「飲み過ぎるのもお肌によくないぞ。」

「じゃあ、食べよう。海藻サラダ。お刺身。ヘルシー!」

見ていると、今度は海光が進矢の肩に頭をもたせかける。また雄真の機嫌が悪くなって、必死に食べる。俺も負けじと食べる。そしたら今度は進矢が海光の手を握る。テーブルの下じゃなくて、上だから、そこらの人にもよく見える。いいのかね?知らないけど。で、俺が、

「先生、大分進矢に参ってるみたいだな。」

「礼ちゃん、それ食べないんなら。僕が食べる。」

「食う、食う。あのさ、あのふたり、いくつ違うの?」

「あのね、先生確か、33とかそのくらい。」

「ということは、10才くらい違うんだ。カッコいいじゃない、そんなに上の男を手玉に取って。」

40

俺達は家に帰って来た。まだプンプン怒っている雄真が、クマのチーちゃんを蹴とばす。俺が拾って、可哀そう、可哀そう、をしてあげる。

「もう寝ます!」

「お風呂入ろう。」

「イヤ。」

「なにその、イヤって。」

「そんな気分になれない。」

俺は、周りに誰もいないのに、彼の耳元で、

「あの体位をしてあげるから。」

「え、マジ?あ、僕お風呂に入って来ます。」

「まだ沸かしてないよ。」

「なんだ。」

「すぐ沸くよ。」

「うん!」

ふたりで湯船に浸かりながら、

「雄真、クリスマスイブは何時まで?」

「えっとね6時まで。」

「そんなに遅いんだ。」

「うん。でもね、次の日は休み。」

「じゃあ、ゆっくりできるね。」

彼はチラって俺の顔をうかがうように見る。

「僕ね、麗花様と唯花様になんかプレゼントあげようと思うの。コスメのギフトセット。多分。それか、フレグランスのギフトセット。礼ちゃんは誰にあげるの?」

「石山さんにはなにかあげたいな。ケーキとかお菓子とか。」

「それから?」

「どうだろ?あんまり考えてない。」

俺は湯船からあがって、身体を洗って、頭を洗って、雄真の巻き毛にシャンプーをかける。

「大分伸びてきたんじゃない?」

「うん。こないだ礼ちゃん、なんで麗花様と一緒だったの?」

「たまにはいいだろ?」

「まあそうだけど。」

「ふたりで色々話しをした。姉さんがあんな仕事始めたのも、俺の病気の影響なんだって。全然知らなかった。」

「知らなかった、って普通そう考えるでしょ?僕はずっとそうだと思ってた。」

「だって姉さんそんなことおくびにも出さないし。病院に見舞いに来たこともないし。だから俺、姉さんは俺のことどうでもいいと思ってた。」

「どうでもいいと言えばいいんだけど、そうじゃないと言えばそう言えるし。」

「なんだそれ?姉さんもそんなこと言ってたぞ。」

「よく分かんないけど、麗花様は仕事の話しする時、必ず人に同情しちゃダメだって、できることとできないことをハッキリさせなきゃダメ、って言ってる。」

「あ、だから雄真、俺達一緒に住もう、って言った時、できないこともあるよ、って言ってたんだ。」

「うん。多分それは麗花様の影響。じゃないと僕、礼ちゃん可哀そうで、ずっと看病しちゃうもん。でもここんとこ調子いいからよかったね。」

それからそのやったことのない体位っていうのをやってみたんだけど、思ったより難しかった。

41

クリスマスイブ。銀座のデパートの裏口には、スタッフの出て来るドアがあって、俺が行った時にはもう大勢の男が、出口で待っている。すごい数。やっぱりデパート、って女性の職場なんだな。今日は雄真の変なリクエストで、俺にその裏口で待ってて欲しいそうだ。毎年繰り返されるイベントで、自分だけ誰も待ってないのがイヤなんだって。俺は朝、雄真が言った通りにドレスアップして、小さめだけどバラの花束も買って、男達に混じって雄真の出て来るのを待つ。ポツポツ従業員が出て来始めて、俺は暇潰しに、カップルを予想する。当たってる時もあれば、全然意外なこともある。俺と雄真、ってどんな風に見えるんだろう?可愛いゲイカップル?ここんとこ雄真の外見は、相当女性化してるから、意外と普通の可愛いカップルに見えるのかも。大分待って、とうとう彼が数人の女の子達と一緒に出て来る。華やかなロングドレスを着て、少し伸びた巻き毛もとっても可愛い。俺は彼の方へ歩いて、抱き締める。それから花束を渡す。なぜか男達が俺達の方を見る。なんで?可愛いから?

「礼ちゃんゴメンね、待たせて。みんなと一緒に帰りたかったから。」

「どうして?」

「だって、礼ちゃんを見せびらかせるもん。」

俺は笑って、

「色々考えたけど、父の知り合いのレストランが銀座にあるから、そこを予約した。」

「いいのに。」

「まあ、1年に1回だし。」

俺は、もしかして1生に1回?と思って、ナーバスになって、プロミスリングはまだエンゲージリングじゃないんだよな、って思い出して、少しホッとする。

「俺も行ったことないんだけど。」

ふたりでちょっとだけ迷って、銀座通りから少し奥まった雑居ビルにそのレストランはあった。1階が店舗で、外に螺旋階段があって、2階にエレベーターがあって、なんか変な造り。レストランは7階にある。中に入ると、トレンディーなオープンキッチンで、俺は父のどういう知り合いなのかとか全然知らなくて、席は1番いい席で窓からネオンが見えて、ロマンティック。わー、どうやって指輪渡したらいいの?なんて言えばいいの?いつ言えばいいの?俺、全く考えないで来てしまった。メニューを眺めていると、オーナーさんが出て来て、俺達に挨拶をする。父とは随分昔の知り合いらしい。プライベートの友達。詳しくは聞かなかったけど、俺にも会ったことあるらしい。俺が小学生の時、だって。

「俺、もう大学生ですよ。」

「時間の経つのは速い。このレストランは私の3つ目のレストランで、5年前にオープンしました。」

雄真が、

「ネオンがとっても素敵。」

目の中に少女漫画のバラがある。オーナーさんが、色々メニューの説明をしてくれて、雄真はオープンキッチンの方へ行って、美味しそうな物がないか偵察してる。

「礼ちゃんなに食べる?」

「この鹿肉ステーキというのが気になる。」

「ふーん。僕はね、ローストターキー。クリスマスっぽい。」

ふたりでスパークリングワインのロゼをボトルで頼んだ。優真はワインを見て、

「可愛い色。礼ちゃんのバラと同じ色。」

また目が少女漫画に。俺は、少し彼を泣かせる計画をして、

「今年は、一緒に住んでくれて、本当にありがとう。クリスマスを病院で過ごさなくて済んだ。」

彼の目の中のバラがゆらゆら揺れる。

「それにいつも美味しいものを作ってくれてありがとう。おかげで健康になった気がする。学校とか色々忙しいのに大変だったろう?」

そこへディナーが来て、ふたりでお互いの味見をしながら、ワイワイと食べる。そしてワインを飲む。お腹いっぱいになって、幸せな気持ちが盛り上がる。

「雄真、デザート食べるだろう?」

「うん!」

「なにがいい?」

「あのね、フランス風クリスマスケーキ、グランマニエいっぱいのクリーム、っていうの。礼ちゃんは?」

「アップルパイにアイスクリームが乘ってるのにする。」

「いいね。美味しそう。また味見させてー。」

雄真がケーキの最初のひとかけを口に入れた時、俺はポケットから小さな箱を取り出す。彼の目の中のバラがグルグル回り出す。

「礼ちゃん?」

彼は小さな箱に結んだリボンを取って、静かに箱を開けて、

「あ!」

ってひと言。それから、

「可愛い!」

と叫ぶ。俺は指輪を彼の左手の薬指にはめてあげる。さすが麗花様。サイズピッタリ。

「ほんとはダイアモンドにしたかったんだけど。」

「でも僕はこれが好き。」

「ほんと?」

「うん。トパーズ。誕生石なのに僕持ってないし。このデザイン、すごいゴージャス!どこで買ったの?」

「姉さんの知り合いの所。」

「あ、だからあの日一緒だったの?」

「そう、そう。」

「このデザインは俺が選んで、姉さんもいい、って。」

「礼ちゃん、ありがとう。じゃあね、これは僕から。」

彼もポケットから小さい箱を取り出す。中を見たら、ちっさいガラスのボトル。

「これはね、僕が調香したフレグランスなの。」

「え、そんなことできるの?」

「うん。こないだから勉強始めて。」

俺はちっさな蓋を開けてみる。

「あー、なるほど。俺の好きな香り。なんで知ってんの?」

「様々な情報をかき集めて。」

「これどうすればいいの?どこにつけるの?」

「ココ・シャネルは、香水はキスして欲しい所につけるのよ、って。」

「じゃあ、全身?アソコも?」

「もう!それさっさと使っちゃって、そしたらまた春用のを作るから。」

「そんなに簡単に創れるもんなの?」

「今、いっぱい勉強してるから。」

「君ってほんとにクリエイティブだな。感心する。」

雄真が貰ったばっかりの指輪を眺めながら、

「今年のクリスマスは、僕の一生で一番いいクリスマス。」

俺は雄真を泣かせようとしたのに、自分が泣いてしまった。

42

レストランを出て、ふたりで銀座通りを散歩した。雄真は、

「僕ね、銀座って東京の中で1番好き。僕のおじいちゃんは、おばあちゃんとデートは必ず銀座だったって。買い物に行く時も必ず銀座だったって。」

「おやおや、唯花様からライン。なになに、これからカラオケが始まるから、貴方達もいらっしゃい。」

「へー。」

「なにその、へーって?今夜は俺とふたりでラブラブじゃないの?」

「いやー。」

「なに?ひょっとして歌いたいの?」

「まあー。麗花様にもお世話になっちゃったし。」

と言って、指輪を見る。

「じゃあ、ほんのちょっとだけだからな。」

そんなこんなで、いつものように夜中過ぎまで賑やかに。俺はずっとキッチンで石山さんと話しをしていた。家に来る途中で彼女のために、洒落たお菓子を買って行った。俺達はふたりでそれを食べながら紅茶を飲んで、俺は雄真に指輪をあげた話しをして、彼女はまたいつかみたいにお風呂を沸かしてくれて、この家で一番静かな所だから、ゆっくり浸かってらっしゃい、って言ってくれた。お風呂を出たら、俺はなんとなく麗花姉さんから聞いた話しをして、俺の影響であんな店を始めたんだな、全然知らなかった、って言ったら、姉さんはいつも俺の様子を石山さんに聞いてくれてた、って。俺がいつか泊ってた和室に布団を敷いてもらって、先に休むことにした。あの大音響の中でも眠れる俺、ってすごい。まあ、眠くなるような抗不安薬は飲んでるけど。俺がうつらうつらしてる頃に、布団にゴソゴソ潜って来る誰か。

「お前ん家、こっから5分だろう?」

「だって僕、もうこの家の子になったんだもん。プロミスリングもらったもん。」

「ボディーソープの匂いがする。」

「うん。お風呂いただいてきた。」

またスッピンのネグリジェ?確かめようと電気をつけると、

「たまらん。」

「なに?」

「そのスッピンとピンクのネグリジェのギャップが。」

俺は彼の着てる物を脱がして、まだほろ温かい身体を抱き締める。

「あー、すごい礼ちゃん!」

彼がすごい声出すんで恥ずかしいから、サッサとヤって、サッサとイって、サッサとイかせてあげた。いいクリスマスだった。

43

冬休みが終わって、俺と雄真はそれぞれの学校に戻った。雄真は今夜、クリスマスに食べたグランマニエたっぷりのクリームが入ったケーキ作りに挑戦している。もうケーキの部分はオーブンに入っていて、彼は神妙な顔付きで、クリームにグランマニエを注ぐ。

「これくらいでいいハズなんだけど。」

「俺が味見してあげる。」

「あ、ダメ、そんなに取っちゃ。」

「美味しい!天才!」

「やっだー!礼ちゃんったらー、ほめ過ぎ!」

と言って、俺の背中をバンバン叩く。

そこへ進矢から電話がかかってくる。

「すいません。海光からなにか連絡なかったですか?」

「いや、全然。どうした?」

「行方不明。」

「行方不明、ったって、学校には行ってるだろう?雄真、海光先生はちゃんと学校に来てる?」

「ああ、なんかね、病気とか言ってしばらく休むって。他のクラスの先生が来てる。」

「進矢、雄真が先生学校休んでるって言ってるけど。なにかあったの?」

「すいません。もう少し、心当たりの所を捜してみます。」

進矢はそれで電話を切った。雄真はクリームを冷蔵庫に入れながら、

「先生ね、しばらくおかしかった。あんなに喋るの好きな人が、ずーっと黙ってて。」

「君が変なこと言うからじゃないの?」

「知らないけど、僕は思ったことを言っただけで。」

「進矢にもっといい男紹介するとかなんとか。」

「だって、進矢ちゃんもったいないもん、あんなの。」

「かわいそうに、もしかしたら世をはかなんで。」

「なんで?進矢ちゃんに新しい彼氏できたの?ヤッター!」

「雄真、先生かわいそうじゃないか?捜しに行こう。」

「どこに?どうやって?僕、先生のことそこまで知らないし。」

「俺達よりは知ってるだろう?友達とか、仕事場とか。」

「仕事だったら、先生どっかのエージェンシーに入ってる。友達に聞いてみる。」

そこはメイクアップアーティストとかヘアスタイリストとかフォトグラファーなんかのマネージメントをしている会社で、こんなに遅い時間でも電話をしたらオフィスの人が出た。それによると、海光は普通に仕事をしてて、作品もこのところ前よりもっとクオリティーが高くなっている、ということ。スケジュールを聞いたら、意外とあっさり教えてくれて、あさってファッション雑誌の表紙の撮影に来るハズだということだった。

「よかったな、海光仕事はちゃんとしてるんだ。そのスタジオって、勝手に行ってもいいのかな?」

「そこまで有名人がモデルじゃない限り、ちょっとくらいのぞいても誰も気にしないよ。普通は。」

俺は進矢に電話をした。

「海光ね、あさって仕事で、雑誌の撮影。どうする?」

彼はしばらく黙って、俺が、

「一体なにがあったの?なんで行方不明になっちゃったの?」

「それが、毎日だんだん口数が減って、俺は君にふさわしくない、なんてつぶやき始めて。」

「ウツ病かもしれない。俺もそうだから分かるんだけど。」

「ウツ病になるようなタイプには見えませんけど。」

「どんな人でもなる病気だから。」

「そうなんですか?海光、アーティストだから、俺とかの知らない繊細な面もあるのかも知れない。」

「あさって、こっそりのぞきに行って、どうするかはその時考えよう。」

44

俺と雄真と進矢の3人は教えてもらったスタジオに行った。その建物は広くて天井の高い、床も壁も真っ白な空間。ドアの隙間から、海光の声が聞こえる。

You can be whatever you want. Do you want to be a fairly with butterfly wings?(君はなんにでもなれるんだよ。蝶々の羽のついた妖精になりたい?)」

Yes, that would be good.(うん、それがいい。)」

3人で中をこっそりのぞくと、モデルは小さな女の子。6才くらい?髪の毛は、雄真の巻き毛をブロンドにしたみたいな感じ。可愛い子。でもなんだかナーバスみたいで、泣きそうになってて、海光が一生懸命話しかけてる。

So I’m going to paint butterflies on your cheeks. (じゃあ俺は君のほっぺに蝶々を描くから。)」

Really?(ほんとう?)」

Of course, you’re a butterfly fairly! Hold this mirror and tell me which colours you want.(もちろん、君は蝶々の妖精なんだから!この鏡を持って、そしてどの色がいいか教えて。)」

45

俺達はそこを離れて、作戦会議。雄真が、

「先生、蝶々の絵とか、すごい上手ですよ。あーあ、僕も英語の勉強頑張らなきゃ。」

俺は、

「そういうことじゃなくてさ、海光見た目元気そうだよね。」

進矢は黙ってる。俺は、

「ちゃんと仕事できるのに、なんで学校は休んでるんだろう?」

雄真は、

「先生ってほんとに才能あって、家の学校で教えるような人じゃないんだよね。メイクアップアーティスト一本でいくのかな?」

進矢が、

「あ、そういえば、それで悩んでるようなこと言ってた。学校辞めると経済的にやっていけるかどうか心配だって。」

雄真が、

「もう僕達みたいなおバカな生徒に教えんの、やんなっちゃったのかな?」

「あ、そういえば、そういうことも言ってました。」

「え、マジ?冗談で言ったのに。」

俺は進矢に、

「海光は、俺は君にふさわしくない、って言ってたんだろう?なにか原因があるの?」

「それはあれですよ、雄真があんなこと言うから。」

「え、僕のせいなの?ほんとのこと言っただけなのに?」

俺は、

「でも雄真の言うことなんかを真に受ける、ってことは心配。やっぱりウツ?それに学校を休んでる、っていうのも心配。」

進矢は、

「学校を休んでる、っていうのは、俺に会いたくないからだと思います。」

雄真は、

「でも先生、学校でだんだん喋らなくなっちゃって。」

俺は、

「病院とか、行ったりしたのかな?」

進矢が、

「考えてるようなことは言ってました。」

「どんな症状?」

「眠れない、って言ってました。」

「それ結構ヤバいな。雄真、先生に会ったらちゃんと謝れ。」

「なんで僕が。」

「海光は才能あるアーティストで、進矢には十分ふさわしい男じゃないか。謝れよ。」

「分かった。」

雄真はふてくされる。俺達はさっきの場所に戻って、またドアの隙間からのぞく。ほっぺに見事な蝶々を描いてもらって、女の子もハッピーでビッグスマイル。嬉しそうにカメラの前でポーズをとる。海光は撮影を見ながら、メイクの道具を片付けている。俺達はどうすればいいのか?俺がウツの時は、誰にも会いたくない気分になる。海光もそうなのかも知れない。だけど彼みたいなアーティストタイプは、野放しにしとくと、いきなり自殺する可能性も。病院に連れて行った方がいい。俺はそう思って、進矢にとりあえず隠れているように言って、雄真とふたりで部屋の中に入って行った。海光は、俺達に気付いて、チラってこっちを見たけど、なにも言わないで、片付けを続けている。俺は、

「海光先生、病気で学校休んでらっしゃる、って聞いて心配で、この場所教えてもらったんです。お加減はどうですか?眠れないそうですね?」

雄真が、

「先生、ゴメンなさい。僕、進矢にもっといい男探すとか色々言っちゃって。ほんとは僕、先生のこと尊敬してます。」

「病院とか行かれたんですか?」

海光はしばらくなにも言わずに固まってて、この固まるというのも、ウツの症状をひとつで、俺はますます心配になる。

「先生、実は進矢も来てるんですけど、会いたいですか?」

海光は暗い顔をして、視線を床に落とす。雄真が突然海光に抱き付いて、

「ゴメンなさい先生!僕が酔払ってバカみたいなこと言ったばっかりに。僕達の大事な先生がいなくなっちゃうなんて、僕達困ります。先生いなくなったら、あの学校もう面白くないし、だったらいつかのエロいメイクアップアーティストの弟子にでもなって、パリにでもどこでも行って、いいように使われて、人生を台無しにした方がマシです。先生早く学校に戻って来て。」

雄真はマジで泣きだした。さすがに海光もクスって笑って、

「病院にはこないだ行った。大分眠れるようになった。」

「よかった、先生。僕達先生が死んじゃうんじゃないか、ってすごく心配した。」

「死にはしないよ。」

「よかった。」

俺は、

「進矢が連絡くれたんです。先生が行方不明になったって。」

海光は、

「行方不明になりたかったんで。」

「そこに来てますけど、会いたいですか?」

「もうどうでもいい。」

と、小さくつぶやく。雄真はまだ泣いていて、でかい音で鼻をかむ。俺は、

「先生、進矢に会うんなら、ふたりきりがいいですか?それとも俺達も一緒の方が?」

「それももうどうでもいい。」

「じゃあ俺達みんなで話しをしましょう。」

46

撮影が終わって、スタッフ達は画面ででき上りをチェックしている。海光は人が違ったみたいに明るく、

「よかった。色も綺麗に出ましたね。」

そしてしばらく数人の人達と話してから、俺達の方へ戻って来た。その時は進矢も一緒で、みんなで近くのコーヒーショップに行った。海光はできるだけ進矢の方は見てないみたいな感じだった。雄真はまだ泣いていて、そこのペーパーナプキンを大量に消費して鼻をかむ。

「ゴメンなさい。僕がイジワル言って。本当は、僕と礼ちゃんみたいに、ふたりもラブラブで幸せになって欲しい。」

進矢が、

「雄真、本気で言ってるのか?」

「そうやって聞かれると、実はよく分かんないけど。」

俺は、

「雄真。」

「あ、でもね、僕はふたりには幸せにはなって欲しい。どういう形であろうと。それから先生にはちゃんと学校に戻って来て欲しい。」

俺が、

「学校には戻られるご予定なんですか?」

「病院ではもう少し薬の効き具合を確かめたい、って。」

「今の抗うつ剤、大分いいのが出てますから、体調に合えば効き目も早いですよ。」

雄真が、

「先生、もうじき春の東京コレクションですから、また僕をスタッフに送り込んでください。」

俺は、

「君は自分のことしか考えてないな。」

「そんなことないですって。僕みたいな仕事速くて役に立つ人間は、誰のためにとってもいいんです。」

海光は、

「学校に戻るにしても、時間は減らすつもり。俺のエージェントは学校辞めるんなら、もっと仕事あげられる、って言ってる。」

雄真が、

「あれ、あれ、唯花様からラインが。なに、なに?・・・カラオケのソフトもハードもバージョンアップしたから、これからいらっしゃい。・・・じゃあ、ちょっとお返事を・・・今、みんなで深刻なお話しをしてるから。・・・それならみんなでいらっしゃい。どうせそんなに深刻になってもいい結論は出ないし、ライトの数も増やしたから。・・・だって。礼ちゃんどうする?」

「俺は、めだかの学校くらいしか歌えないぞ。」

進矢が、

「あれいい歌じゃないですか?僕好きです。みんなでお遊戯してるんですよね。可愛いじゃないですか?僕、礼士さんと一緒に歌いたいです。」

雄真が、

「じゃあこれからみんなで行きましょう!先生も一緒に!」

Part5

47

4人でタクシーに乗り込んだ。俺が助手席で、後ろには、海光と進矢の間に雄真が座っている。

「先生!さっきの蝶々、超可愛かったですね!」

海光は、ケータイに撮った写真を見せてくれる。

「やっぱり僕達の先生はすごいです。早く帰って来てね。」

と言って、先生の腕にしがみつく。得意のおべっか。雄真は先生のケータイを進矢に見せてあげる。

「わー。アップで見ると、また見事ですね。今度僕の顔にもなんか書いてください。」

海光が雄真の耳にこそっと、なにか囁く。そして雄真が進矢に、

「どんなものがいいの?だって。」

今度は進矢が雄真に囁く。そして海光にそれを伝える。

「ヤクザっぽいの、だって。」

こうして海光と進矢は雄真を挟んでコミュニケーションをとっている。奇妙な風景。家の近くのコンビニで降ろしてもらって、ビールやらスナックやらを買い込む。雄真は俺のあとからスキップしながらついて来る。いい年の女が、じゃないや、いい年の男が。先に歩いていた海光達が信号待ちしている。進矢が海光の肩に手を乗せる。海光は黙って顔をそむける。俺はその様子にドキってして、立ち止まる。雄真が俺の背中に追突する。

「もう!礼ちゃん、なんなの?」

そしたら雄真もふたりを見て、

「ヤッター!」

「ヤッターって別に肩に触ってるだけじゃん。」

「でも進展じゃん。」

雄真は玄関で唯花を見ると、その周りをグルグル回る。

「唯花様!今日もお洋服、ステキ!」

「あら、雄ちゃんのお洋服も可愛いわよ。」

進矢が、

「お家にカラオケルームがあるなんて、すごいですね。」

「バージョンアップしてライトも増やしたのよ。」

確かに曲も増えている。唯花と雄真はもっぱらくだらない今時のポップスを歌って、俺と進矢は学校の唱歌を合唱する。進矢は意外とハモるのが得意。海光はアメリカのトップ10みたいなので、バラードみたいなしっとりしたのを英語で歌ってる。

「姉さん、他の人は?」

「麗花様はもうじき帰ってらっしゃるわ。でもお父様達はお忙しいみたいなの。」

進矢が、

「礼士さんのご家族ってハイソサエティーだったんですね。」

「ああ、これはみんなで少女漫画ごっこしてるだけで、だからああいう喋り方なんだけど、普通に庶民だよ。」

「めだかの次はなんにしましょうか?」

「俺、白ヤギさんが好きなんだけど。」

「いいですね。あの不条理感。それにしましょう。」

雄真は海光に、

「先生は、どうして英語がこんなにお上手なの?」

「高校の同級生にカナダ生まれのヤツがいて、みっちり仕込まれた。」

「まあ、そうでしたの?でも、みっちり仕込まれたのは、英語だけですの?」

「いや、3年付き合って、あっちの方もみっちり仕込まれた。」

「へー、そうなんだ。じゃないや・・・まあ、そうでしたの。だから先生はおセックスがお上手なのね。」

海光は笑い出して、

「なんなんだ、その喋り方は?」

「僕、この家ではこうなの。礼ちゃんのお姉様達と、少女漫画ごっこしてるの。もう3年くらいやってるから。」

「すごいな。」

石山さんが、大きな鍋を運んで来てくれた。なに鍋かな?ってのぞいてみると、ピリ辛シーフード鍋。みんなで必死に食べる。旨い。食べてる間に、麗花様が帰って来る。雄真が周りをピョンピョン飛ぶ。

「麗花様。どう?プロミスリング、僕にとってもお似合いですわよね。どうもありがとうございました。」

「選んだのは礼士だから。」

「麗花様のお友達のお店ですって?」

「そうよ。素敵なデザインよね。」

麗花が参加して、彼女は今日は演歌の気分らしい。鍋が空になった頃に、俺が進矢を風呂場に連れ出す。

「いいお風呂ですね。大きくて。タイルの色が渋いです。」

「タイルは父さんの趣味だから。」

「でもなんで風呂沸いてもいないのに、僕達ここでなにしてるんです?」

「ここがこの家で1番静かだから。」

「なるほど。」

「君は海光とどうしたいの?」

「それですけどね、難しいですよ。だって、僕なんて何年東京の大学にいても、全然あか抜けないのに、海光なんてあんなカッコいい撮影やってて。ファッション業界なんて、世界が違うかな、って。」

「関係ないと思うけど。君だって、大学でアートの研究してるんだろう?そういう話題になるだろう?」

「確かに、お互いに刺激し合うことは多いです。彼がメイクのテーマに困った時、僕がアドバイスすることもあります。」

「すごいじゃない?」

「僕、アイディアは豊富です。」

「じゃあ、一緒にいて、いいこといっぱいあるじゃない。」

「海光はほんとにウツなんでしょうか?病気だったらよくなるんですよね。」

「ウツのタイプにもよるけど。」

「僕は単純に、ウツが治ったらまたもとにもどるかな、っていう希望を持ってるんですけど。」

「じゃあ君はそうなりたいんだ。」

「そうですね。」

「そうか。君がその気なら、俺も嬉しい。俺はもしかして君が他の男を見付けて、そしてそれを海光に知れたんじゃないか、って。」

「そういうことはないです。」

「よかった。全く雄真のおバカが。」

「雄真は俺のこと買ってくれてるだけだから。」

そして今度は海光と交代した。

「いいお風呂じゃないですか?入ってみたいな。沸かしてくれませんか?」

「ここが、俺の家で1番静かなんで。」

「なんだ。風呂に入りに来たんじゃなかったのか。」

「先生、ちょっと元気になったんじゃないですか?」

「あんなバカバカしいカラオケ歌ってたら、ウツになってる場合じゃないでしょう?」

「あのね、俺もウツで寝込んでて、このカラオケ聞いて、いつもそれと同じこと考えますよ。僕小さい子供の頃からウツで薬飲んだりしてますから。」

「オーソリティ、ってヤツですね。」

「先生はこれからどうされたいんですか?」

「できれば学校は辞めたい。でも多分経済的に無理。」

「進矢と一緒に住めばいいじゃないですか?彼のとこ、北陸の旧家で、仕送りはバッチリらしいですよ。」

「大学生を当てにしてもしょうがない。」

「だけど、単純に考えても、家賃半分で済みますから。」

「俺、スタジオも必要だし。」

「進矢のマンション、行きましたけど、美術書が2部屋分くらいありましたよ。どっちもどっちだから、ふたりで広いとこ借りて、食費やら光熱費も助かるし。俺も雄真と住むようになって、彼は料理上手いし、あんなんでも精神的な支えになってくれるから。俺、年末年始入院しなかったの大分久し振りでした。進矢も、確かに年は離れてるけど、賢くていいヤツだし、心の支えには十分ですよ。」

「アイツはなんて言ってんの?」

「先生の病気が早く治って、元通りの関係になったらいいな、って。」

「本当に?」

「はい。」

「それにしても、この風呂、ほんとに沸かしてくれない?俺のマンション風呂はイマイチなんだよな。そうだよな、引っ越して、もっといい風呂のある所に住みたい。」

48

石山さんにお願いしたら、笑いながら引き受けてくれて、カラオケルームでは海光がメイクの道具を取り出して、進矢の顔になにやら描いている。その様子を雄真が目を皿にして見ている。

「あら、先生、もうでき上ったんですの?」

「うん。」

「なにこれ?天使の羽?」

「これはカナダにいっぱいいる、有名なギャングのトレードマーク。バイクに乗ってて、まあ、ヤクザみたいなもの。」

「カッコいい!進矢ちゃん、鏡あっちの部屋にあるよ。」

雄真と進矢はふたりで隣の部屋に消える。俺が、

「先生、進矢、描いてる間中先生の方見てましたよね。顔も輝いて見えた。」

石山さんが、お風呂、いい湯加減ですよ、って呼びに来た。雄真と進矢が戻って来て、進矢が、

「もったいなくて、もう顔洗えない。」

「僕がいっぱい写真撮ってあげたでしょ。」

俺が、

「先生お風呂に行っちゃたよ。」

雄真が、

「え?お風呂入ってんの?」

「うん、入りたいっていうから。自分とこの風呂、好きじゃないんだって。」

「僕もこのお家のお風呂大好きなの。進矢ちゃん、先生と一緒にお入りになれば?」

「僕、出かける時シャワー浴びてきちゃったし。」

「そういう問題じゃなくってよ。先生と背中の流しっこ。」

進矢が黙って、風呂方面に消える。

「進矢ちゃんったら、もったいなくて顔洗えない、っておっしゃってたのに。」

俺が、

「また描いてもらえばいいだろう?」

「まあ、そうね。」

唯花様が突然、

「あーあ。ここにいる4人のイケメンが全員ゲイなのよね。」

「姉さん、俺もイケメンに入るの?」

「まあ、一応。」

「一応か。」

雄真が、

「唯花様、じゃあ僕もイケメンなの?」

「そうよ。雄ちゃん、とっても可愛い。」

「ありがとう。唯花様!それでは一緒に歌いましょう!」

俺は海光達、どうなったんだろうって、歌うどころじゃなかったんだけど。石山さんが浴衣を出してくれたらしいんだけど、ふたり共もう帰りますから、って服を着て、進矢のメイクはほとんど流れちゃって、でもなぜか海光の顔にも同じ色がついてた。またしばらく飲んで歌って、その時はもうほとんど以前のように、仲のよいふたりに戻ってた。っていうより、もっとラブラブに見えた。

49

海光は結局学校で教えるのをやめてしまった。そのために意外な方向へ影響が及んだ。まず海光のエージェンシーが、マジで仕事を回して来るようになった。そしてその結果忙し過ぎるようになって、アシスタントに雄真を使うようになった。雄真にすれば、昼はデパート、夜は学校と、それからアシスタント。上手くいけばいいが、そう上手くはいかないもので、どれを優先すればいいのか、考える時期に来ている。海光は自分と仕事をしていくうちに、結局学校で学ぶようなことは全部か、もっと勉強できるし、しかも授業料はいらない。あんなおバカなメイクアップスクールの卒業証書はなんの役にも立たない、と言っているそうだ。3月は東京コレクションの時期。海光は自分の教えていた学校から実習と称して、何十人もの学生をタダで使って、仕事をしている。アシスタントの雄真も、そのほとんどはなんの役にも立たない生徒を使って、ショーを成功させないといけない。プレッシャーに押しつぶされそうな時、雄真は歌を歌うらしい。カラオケで養った発声の使い道。外国人のモデル達は、クレージーだと言って、笑っているらしい。俺ができることは、家事をやって、弁当を作り、風呂を沸かして、マッサージ。時々ストレスが溜まって、意味もなくワーワー泣いてる。でも次の日には元気に仕事に出かける。デパートは週3日に減らして、学校は中退。やっと東京コレクションが終わって、雄真は、海光の紹介で、同じエージェンシーと契約を結んだ。その会社は、もともとモデルエージェンシーだったのが、フォトグラファーやスタイリストやヘアメイク等のアーティストを扱うようになって、その部署が独立したもの。その分野では大手。クライアントもメジャーが多い。これから、雄真もひとり立ちしていかないと。でもそんなことできるのかな?って怯えてたけど、やってることはデパートと同じ。色んな人にメイクしてきたから、どうすれば綺麗にできるか分かってる。でも心配だし大変。英語の勉強しなきゃ。

50

半年経って、ひとりで現場に行く生活にも慣れた頃、また秋の東京コレクションが始まる。また学生を大勢使って仕事をする。ショーの時はまだ海光の下で働いてる。イメージを創ることはできるけど、また人や時間の手配の仕方が分からない。服、というものの勉強も。もっとしないといけない。ライティングとか、音楽とか、ちぐはぐにならないか、それともちぐはぐで面白いのか、そういうことも考えないと。海光は口に出しては教えてくれない。こっちが見て勉強する。海光は、

「素人はマネをする。だがプロは盗む。」

という、意味不明のことをとなえている。海光のマネをするんじゃなくて、海光から盗む?なんで?どうやって?帰って来て、俺にその話をする。

「ねえ、どういうこと?どういうこと?」

「さあ。素人はマネするんだろ?だけどプロは盗むんだろ?」

「だから?」

「俺、聞いたことあるぞ。よくマネするやついるじゃない。服のデザインとか、なんでもそうじゃない?だけど、オリジナルを作ってるヤツ等は、他のヤツ等がマネしてる間に、次の新しい物を創ってるんだって。」

「そういうこと?どういうこと?」

「だから、俺達とか人工知能の研究してるだろ?しょっちゅう特許庁に申請してるけど、君は、最初にやる人間にならないといけないんだよ。海光や他の人がやってることを、今やってるようじゃダメなんだ。」

「分かったような気がする。マネしないで、オリジナルになるんだ。じゃあ、プロは盗む、ってどういうこと?」

「プロはマネしないで盗む、ってことは、人がやってることを、もっととんでもなくいいものに進化させるってことじゃないの?」

「え、どうやって?」

「だから、俺、知らないけど、例えば、海光が蝶々の絵をあの子のほっぺたに描いただろう?可愛かっただろう?でも君はその子に蝶々の衣装を着せて、空を飛ばせて、そしてその妖精を100匹くらい飛ばせればいいんだよ。」

「メチャクチャでよく分かんない。」

「そこまでやったら、もうマネじゃなくて、アイディアを盗んだ、ってことになるんじゃないのか?」

「でも盗むのはよくないじゃない?」

「分かった、じゃあ、盗まれたのも気付かせない程、大胆な作品にしていく。」

「自分だったらこうするけどな、ってよく思うけど、多分そういうこと?」

「あ、そうそう、そういうこと。ほら、もう寝る時間。」

「あー、頭、混乱してわけわかんない。」

51

大学で偶然、進矢に会った。俺達ってやってることがよく似ている。俺は雄真の面倒を見て、進矢は海光の面倒を見てる。大変だけど、一緒にいる意味を感じる、連中がヒマになったら、思いっ切り尽くしてもらおうな、と言って別れた。ふたりは今、一緒に暮らしている。海光は進矢の膨大な美術書からアイディアを盗んでいるらしい。当然著作権も切れてる何世紀も前に生きていたアーティストの作品から、色や形を抜いて来て、来年のファッションを創り出していく。俺は雄真に、

「だけどさ、それは海光だからできることであって、普通の人がそんな本見たってなんのアイディアも浮かばないから。」

「あ、盗むってそういうこともあるんだ。盗め、盗め、ってよく言ってる。今日も言ってた。でもマネしちゃダメなんだ、って。」

「インスピレーション?なにかを感じてそれを形にする。俺達の研究とほんとに近いな。俺、また今日、教授と一緒に特許庁に行って来た。」

「へー、礼ちゃんすごい!」

「上手くいかなかったけどな。」

「でもすごーい!」

「進矢に会ったら、先生と一緒に暮らし始めたらしい。」

「えー、そうなの?先生僕にはなんにも言わないから。でも、よかった。」

「俺と進矢で話したけど、君達の仕事が一段落ついたら、今度はこっちが尽くしてもらうから、って。」

「なあに?なにして欲しいの?」

「まず、お風呂で身体洗って頭洗って、湯船で肩揉み。」

「揉むのは肩だけでいいんですか?」

「じゃあ、色々あちこち。」

「それから?」

「雄真の特製カレー。フルーツとか入ってるヤツ。」

「うん、分かった。」

「寝る時は、スッピンでピンクのネグリジェ。」

「え、ピンクのネグリジェ買って来ないと。」

「じゃあ、買い物も一緒に行って、セクシーなの探そう。」

「僕、礼ちゃんのネグリジェ妄想、よく理解できないから、一緒に行ってくれないと。」

「ついでに俺の初夏のワードローブ買うの手伝ってもらって。」

「いいね、楽しそう!」

「いつ暇になんの?」

「暇にはならないけど、あと1週間くらいしたら、すごい忙しいのはなくなる。」

52

雄真達の仕事が落ち付いて、俺達はまたダブルデートをした。海光はほとんど元に戻って、よく喋っている。ふたりでラブラブ。こっちもラブラブだけど。特に進矢は海光と一緒にいると、顔が輝いてるのがよく分かる。雄真が、

「先生、僕、こないだ来飛とかいうふざけた名前のラップシンガーやりましたよ。」

「へー、まだ高校生なのに、生意気で有名なヤツだろ?」

「もうね、知りませんよそんなこと。」

「こないだ俺の知ってるスタイリストが現場で首になった、って言ってた。」

「それでエージェントから電話かかってきて、僕、その日に首になったメイクさんの代わりに、行かされたんですよ。」

「よかった、俺に来ないで。」

「なんかテーマが宇宙で、ヘアはもうできてて、金属的な質感でいい感じで、顔もメタルっぽくお願いします、とかマネージャーさんに言われて、そしたらなんか曲がかかってて、それっていつも唯花様が歌ってるから僕もよく知ってて一緒に歌ってたら、それがソイツの曲で、結構リズムとか難しいんですよ。で、すっかりソイツは俺がファンなんだと勘違いして、唯花様美少年好きだからファンで、俺関係ないし。で、メイクは俺としては上手くいったと思って、ヘアの人も自分の作品に満足で、フォトグラファーもいい、って言ってて、でも来飛が絶対これじゃあつまんない、って言い出して。」

「わー、最悪。どうしたのそれで?」

「俺、寝てるとこ起こされて超ご機嫌ななめで、ソイツに、俺達ちゃんと仕事してるから、つまんないと思うんなら、それは君自身がつまんないんだよ、って言ってやったの。」

「わー、俺でもそんなことよう言わんわ。で、どうしたの?」

「一瞬固まってたんだけど、背景に合成する宇宙を見せてもらったの。そしたら暗くて奥行きの深い冷たい宇宙空間って感じなの。だから僕その子に、この宇宙はずーっと未来の宇宙の果てで、君はそこに彷徨って浮いている、人工知能なんだよ、って言ったの。」

俺が、

「それメチャカッコいい。」

「で、来飛はそれ気に入ったとか言って、そういう表情したら、ほんとに人間じゃなくて人工知能っぽい表情ができて、それでよかったなー、って。」

海光が、

「雄真のやった、それってアートディレクターの仕事だぜ。すごいな。」

俺が、

「人工知能っぽい表情ってどういうの?」

そしたら雄真がその写真見せてくれて、無表情なんだけど、行き先が分からなくて、混乱して、寂しい、みたいな感情が上手くミックスしている。

「曲はどんな感じなの?」

「バカみたいなラップ。宇宙がどうとかいうの。来週発売。」

「俺達今、ある企業と合同で、プロジェクトやってるんだけど、それのCMに使えそう。」

海光が、

「そんなメジャーな子、使えるような企業なの?」

「大企業。提案しとく。雄真、俺に画像送って。」

「うん。じゃあ唯花様にも送っちゃおっと。」

進矢が、

「それ、ストーリー性をもっと持たせて、その人工知能の彼が、宇宙を漂っているバロック美術の絵画の数々を発見して、表情が明るくなっていく、なんてどうでしょう?」

雄真が、

「カッコいい!そして彼は行き先を思い出して、翼が生えて飛んで行く。」

俺が、

「宇宙には空気ないから、翼あっても役に立たないよ。」

雄真が、

「ビジュアル的にいいかな、って。」

海光が、

「それ上手くいったら、雄真の初めての動画だな。」

「え?そこまで考えてなかった。動画ってスチールとどう違うんだっけ?」

「動画は3Dだろ?そこんとこ考えてメイクしないと。人も動くし、ライトも動く。授業でやっただろ?」

「忘れたー。先生助けてー。」

「まだ決まったわけじゃないだろ?」

53

初夏の1番いい季節に、ソレは突然やって来た。俺は朝起き上がれなくて、頭が重くて、そのまま1日ベッドにいて、仕事から帰って来た雄真が、俺が朝と同じカッコで寝ているのを発見して驚いた。今回のウツは一気にどん底まで落ちるタイプで、口も利けないし、涙が流れて枕を濡らす。忙しいスケジュールの雄真は、一緒に住むって決めた時、言ってたみたいに、俺の面倒は見れないゴメンね、って泣きながら謝られて、俺を実家に送った。俺は実家でも喋ることもできず、重たい頭を枕に乗せていた。1度戸が開く音がして目を開けたら、麗花が俺のことを見ていた。俺がまた目を閉じると、彼女は部屋に入って来ずに、また戸を閉めた。しばらく調子がよかったので、医者が薬を減らしたところだった。俺はつい先週新しいカウンセラーと話した時のことを思い出した。俺はウツになると、昔の不幸を思い出す。俺は幼稚園の頃から、人生に絶望していた。すると彼女は、そんなに小さい時から絶望していたのは可愛そうだけれど、それを思い出すこととウツとは、関係ないかもしれないじゃない?それはただ単に忘れてしまうべき過去の不幸な出来事に過ぎないのかも知れない。俺はその時なにも言わなかったけれど、もしかしたらそうかもしれないし、もしかしたらそうじゃないのかもしれない、って思った。俺の脳内物質が減ると、俺は過去の不幸を思い出す。毎回違うけど、今回のはやたら涙が出る。家族は病院と相談して、やっぱり俺は入院することになった。雄真は一緒に来てくれて、自分が面倒見れなくてゴメンと言いながら、ワーワー、泣いた。俺はなにも言えないからただうなずいて、大分伸びた巻き毛をクチャクチャに撫でた。

54

ドクターが減らした分の薬をまた元に戻しても、不思議なことに容体は変わらない。それからまた不思議なことに、これだけウツでもいつもほどは昔の不幸を思い出さない。あのカウンセリングは効いているのかも知れない。雄真がクマのチーちゃんを置いていってくれた。この子を僕だと思って、っていうから、俺は時々コイツの頭を撫でてやる。進矢が来て、なにか大学に届け出すんなら、持っていきますよ、って言ってくれた。でもまだなにを言われても答えられなくて、進矢は俺があんまり息も絶え絶えなんで、ビックリしていた。繰り返し現れる自殺願望は、必ず雄真のことに関係があった。俺がいなくても、彼は上手くやっていける。俺がいない方が、もっと上手くやっていける。俺は重たい、身動きのできない、喋れない、涙を流す、ただの物体。3日目くらいに、やっと目が開けられるようになった。泣き過ぎて目は腫れぼったい。そのまた数日後には、ベッドに起き上がって、多少食べることもできるようになった。雄真が俺の好きな料理を持って来てくれた。まだその時は話しができなくて、でもあとで考えたら、喋れないくらいの方がまだ可愛げがあって、喋れるようになってからは、雄真の顔を見るたびに、俺とは別れて他のもっといい男を探せ、と言ってたらしい。俺はこの辺のことはよく覚えてない。雄真はそのたびに、礼ちゃんは僕にプロミスリングをくれたんだから、約束は破っちゃダメだ、って言ってたらしい。

「俺が死んだらどうする?」

「礼ちゃんは死んだりしないし。」

「死んだら他の男を探せ。」

「礼ちゃん、死にたいと思ってるの?」

「ああ。」

「ドクターには言ったの?」

「俺が幼稚園の時に言った。」

「そしたらなんて?」

「治しましょうね、って言われた。でも俺はもう疲れたから。」

「僕と一緒にラブラブな生活をするんでしょ?」

「無理だから。」

「そう思うのは病気だからでしょう?」

そう言って、彼は目頭を押さえて、なぜかチーちゃんの頭を3回パンチして、帰って行った。八つ当たり?

55

また数日が過ぎて、俺は少しずつベッドを出て歩き回れるようになった。厭世観だけはずっと引きずってて、雄真が来ても、嬉しいというより、もう俺をひとりにしてくれ、と思うことが多かった。今日、雄真が来た時、俺は病棟の片隅にあるベンチに頭を抱えて座っていた。たかがウツだが、俺は立派な狂人だな、って考えていると、雄真の声がした。

「僕、礼ちゃんのこと、ずっと知ってるけど、いつも絶対よくなるもん。」

「人間、年を取ると衰えるものだから。」

「そんなことよりね、すごいニュースがあるんだから。来飛のCMが決まったんだよ。」

「俺は関係ないし。」

「礼ちゃんのアイディアだったじゃない。オンライン用のスチールと動画。メイクは僕まだ無理だから、先生がやって、僕はアシスタント。進矢ちゃんが言ってた。礼ちゃんの教授が礼ちゃんのこと探してるって。」

「俺、関係ないし、会いたくないし。」

「どうして?」

「用済みになった者は山奥に捨てられる。」

「姥捨て山?」

彼はケラケラ笑い出して、俺はムッとして彼をにらむ。人が真面目に嘆いているのに。

「そうだ、来飛に決まって、唯花様が狂喜乱舞。撮影もこっそり見に来るらしいし。礼ちゃんも見に来れば?」

「俺、興味ないし。」

「人工頭脳のアイディアは礼ちゃんから来たんだから。」

「俺が死んだら灰は空にまいてくれ。」

「うん。分かった。飛行機からまけばいいの?宇宙船だったらNASAに頼まないと。」

て言って、またケラケラ笑いながら帰って行った。

56

俺は偶然そのCMを見た。俺と同じ様な死人の目をした患者達と一緒にテレビを見ていて、そのラップシンガーを紹介する音楽番組で、たまたまそのCMが出て来た。大きなスクリーンで、アップになった時、メタリックなメイクがとてもよかった。彼の最初の無表情な感じと、何世紀も前の絵画を発見した時の明るい顔の対象もよくできてた。曲は好きじゃなかったけど。ラップって、なんであんなに暗いのが多いんだろう?進矢が海光を連れて見舞いに来た時、その話しをした。海光は、

「テレビでやってたなんて知らなかった。」

「メイクよかったですよ。宇宙っぽくて。それにあの絵画もよかったです。」

海光が、

「あの来飛って子、雄真のことが好きみたいで、追っかけてるらしい。」

進矢が、

「ダメでしょう、そんなこと言っちゃ。」

「高校生だろ?」

「関係ないし。」

俺が、

「雄真には好きなヤツがいたら、俺のことは気にすんな、って言ってあるから。」

海光が、

「ま、さっきのは冗談だけど、雄真、ずっと泣いてたぞ。指輪もらったのに、って。」

「指輪あげたからって、絶対結婚しないといけない訳じゃないし。」

「君のそういう言い方、ほんとウツだな。俺もそんな感じだった。」

「幼稚園でウツで登園拒否だったから。」

「年季が入ってるんだ。雄真が礼ちゃんとラブラブしたい、って。」

「その高校生と上手くやって、ラブラブ幸せになってください、って言ってください。」

「さっき俺が言ったのはほんとに冗談だぞ。」

進矢が、

「海光が変な冗談言うから。礼士さん、僕達が危機だった時、上手くまとめてくれたじゃないですか?お風呂まで沸かしてくれて。僕達恩があるんだから、できることならなんでもするから、言ってください。」

「上手くまとめてもらいたいと思ってないし。」

「雄真、可哀そうですよ。家に帰ってもひとりで寂しい、って。」

「雄真に、空に灰をまくのはお金がかかりそうだから、やっぱり海でいいや、って伝えてください。」

海光が、

「なんだそれ?」

「こないだ雄真が、もし宇宙に灰をまいて欲しかったら、NASAに頼むからお金がかかる、って。」

「え、そういう予定があるんだ。どうやって死ぬつもりなの?」

「なんで?」

「後学のために。」

進矢が、

「海光、またウツになる予定なの?」

「先のことは分からんから。」

「ウツになってもいいから、僕のことを忘れないでください。」

「ウツっていうのはな、そういう風に上手くいかないから。礼士君達もそうだろう?ウツは愛する者を否定するんだ。」

「じゃあ、ウツで否定されたら、愛されてる、っていうことなんですね?」

「まあ、そういうこと。」

「それじゃあ、あの時僕のことないがしろにした、ということは、海光は僕のこと愛してるんですか?」

「まあね。」

「なにその、まあね、って。っていうことは、礼士さんも雄真のことを愛してるんだ。今すぐラインで伝えてあげよう・・・ええと・・・礼士さんが貴方のことを愛していると言っています。」

海光が、

「ちょっと直球過ぎるんじゃない?」

「じゃあ・・・礼士さんが、ウツの時、貴方をないがしろにするのは、貴方のことを愛してるからだそうです。」

「さっきのよりいいんじゃない?」

「じゃあ、これで送っちゃおう。」

しばらくして、進矢が、

「あ、返事来ましたよ・・・ビッグな真っ赤なハートが5つも。」

俺は、

「俺は知りませんからね。」

進矢が、

「もう遅いですよ。礼士さんって、付き合い長いのに、今まで愛してる、って言ったことないんですね。」

「まあ。」

「よかったじゃないですか。今、言えて。」

「言ってないし。」

そしたら俺のケータイに雄真から電話がかかってくる。俺はそれを無視して、布団かぶってふて寝する。そしたら進矢がそれをひったくって、それをみんなに聞えるモードにして、

「あれ、進矢ちゃん?礼ちゃんは?」

「礼ちゃんは、疲れちゃったから、もう寝るって。クマさんと一緒に。」

「なんだ・・・なんで?」

「照れてるんじゃないかな?愛してる、なんて言っちゃって。」

「じゃーあ、僕も愛してるって言いたかったのに、礼ちゃんのバカ、って言ってください。」

進矢が俺に、

「雄真も愛してる、って言いたかったのに、礼ちゃんのバカ、って言ってます。」

俺が、

「聞こえてる。」

「なんだちゃんと聞こえてるのか?じゃあ、電話かわります。」

俺は出るつもりじゃなかったんだけど、最後にお礼でも言おうかな、って思って布団から出て来た。

「雄真、今まで長い間どうもありがとう。」

「どういたしまして。」

「じゃあ。」

「じゃあ?って、それだけ?」

「お礼が言えてよかった。」

「礼ちゃん、まだ死にたいんだ。死んでもいいんだけど、その前にちゃんと僕に愛してるって言って、それからいっぱいラブラブな生活をして、一緒に年取って、それからだったら死んでもいい。」

「そこまで生きていたくない。」

海光が、

「こじれてるな。」

進矢が、

「こないだのお風呂に入る作戦、よかったんですけど、ここでもできるのかな?令士さん、ここお風呂あるんですか?」

「ユニットバス。」

「じゃあちょっと狭くて無理ですね。」

海光が、

「俺、風呂入ってたら、進矢が全裸で入って来て、ショック受けたもんな。ショック療法。なんかいいアイディアないかな?」

進矢が、

「病院じゃあできること限られるな。いきなり全裸にもなれないし。」

そしたらケータイから雄真の声が、

「あ、礼ちゃんね、僕がスッピンでピンクのネグリジェ着てると、燃えるらしいです。」

俺が、

「なんだ、まだいたの?」

「いますよ。今度、病院にお泊りに行きますから・・・あれ、麗花様からライン・・・なになに、みんなでカラオケにいらっしゃい。」

海光が、

「あの家、そこらのカラオケ屋より曲揃ってるよな。」

進矢が、

「めだかの学校まであるんだから。」

雄真が、

「じゃあ、みんなで一緒に歌いましょう!来飛にもラインしてみよう。」

進矢が、

「へー、来飛と友達になったんだー。」

「性格悪いから、友達あんまりいないんだって。」

俺がガバって起き上がる。

海光が、

「あれ、礼士さん、雄真に他の男探せ、って言ってたんですよね。」

進矢が、

「でも高校生でしょ?」

「関係ないだろ?」

雄真が、

「ええと、来飛に・・・唯花様がお喜びになられるから、ぜひ一緒にカラオケ歌ってください。住所は・・・。」

海光が、

「あのCM上手くいったよな。俺達みんなのコラボレーションだ。」

俺が、

「俺、別になにもしてないし。」

「みんなでアイディア出し合ったじゃない?いつかまたああいうのやろうよ。俺がメイクアップアーティストで、雄真と進矢がアートディレクターで、礼士さんはプロデューサー。」

進矢が、

「カラオケのCMとかやりたいな。」

海光が、

「どんなの?」

「バロック。17世紀の大理石の天使が、ラップを歌うとか。」

「またラップか。」

俺が、

「ラップ暗いからやだ。」

進矢が、

「じゃあ、めだかの学校?」

「その方がいい。でもヤギさんの方がもっといい。」

海光が、

「その選曲には問題があるな。」

雄真が、

「それいいかも。天使の彫像が、カラオケ屋でめだかの学校歌うなんて、可愛いじゃない?」

海光が、

「雄真、今どこにいるの?」

「え、家だけど?」

「なにしてんの?」

「お風呂入るとこ。来飛と一緒に。」

俺が、ベッドから飛び上がる。

「僕と来飛はラブラブでお風呂に浸かって、僕の頭シャンプーしてくれるんだって。」

俺は立ち上がって、なぜか靴下を探してそれをはいて、病室を出て行こうとする。そしたら進矢が、

「礼士さん、そんなカッコでどこ行くんですか?」

俺はそれもそうだと思って、病室の中をグルグル回り始める。雄真のキューピッドの巻き毛をシャンプーできるのは俺だけだから。近所で、家から5分の所で、走って30秒で、家に遊びに来て、俺のこと見て、いつも恥ずかしそうに微笑んで、それで姉達と女の子の遊びをして、お人形さんごっこや、おままごとや、ひな祭りには姉ふたりと一緒に写真を撮って、ここんとこ数年は少女漫画ごっこで、それで俺達、一緒に住んで、クリスマスにプロミスリングをあげて、ずっと一緒だよって誓って、それはなんだったの?夢だったの?いらなくなった男は山奥に捨てられる?でもそれ望んだの俺だよな。進矢が、

「礼士さん、落ち着いてくださいよ。貴方はこの病院からは出られないんですから。クマさんと一緒に大人しく寝てください。もしなんだったら、僕が歌を歌ってあげますから。なにがいいですか?」

「じゃあ、ヤギさんのを。」

あの歌は延々と終わりなく続くから、進矢が疲れたら、海光が歌って、ふたりでずーっと歌い続けて、海光が時々、次、黒ヤギさんか白ヤギさんか分かんなくなって、進矢に聞いて、俺も自分の大好きな曲をこんなに長い間聞けて、少し心も穏やかになって、これで安らかに山奥に行けるかな、って考えて目を閉じたら、

「まーったく、せっかく手紙もらったら、食うなよ、ちゃんと読めよ。」

って雄真の声がして、俺は当然それは幻聴だと思って、まだずっと目を閉じていて、

海光と進矢が、

「どうしたの雄真?」

「どうしたって?」

「お風呂入るとこだったんでしょ?来飛と一緒に。」

「あれはジョーク。」

俺は静かに目を開ける。雄真はなんか変な美容院で着る、マントみたいなヤツを着てる。

「僕、恥ずかしかったから、これ着てタクシー乘って来た。」

そう言って、そのマントみたいなヤツを脱いだ。そしたらその下に俺の大好きな、ピンクのネグリジェを着ている。随分可愛い巻き毛の幻覚だなって、思いながら見詰める。

「礼ちゃんがウツの時、僕をないがしろにするのは、僕のこと愛しているからなんでしょ?」

俺はこの幻覚、お喋りもするんだな、って思って聞いている。

「僕は礼ちゃんのこと愛してる。礼ちゃんは?」

幻覚の目の中に、綺麗なバラの花が回っている。俺はつい、その回転に吸い込まれて、

「うん、俺も雄真のこと愛してる。」

って、言ってしまう。俺のエッチな幻覚は、ゴソゴソ俺のベッドに入って来る。途端に、ボディーソープみたいな、いい香りがする。海光と進矢は、

「じゃあ、あとはおふたりで。」

と言って、俺達を残して消えてしまう。

 

 

 

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