『貴方と俺のハッピーホワイトリムジン』中2病の爆弾、玲海はスカウトされてモデルになるが、そのスカウトした秀木を深く愛してしまう。

KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA

R18

あらすじ

2病真っ只中の玲海(れいみ)は家出3日目にして補導され、その時偶然交番で出会った秀木(ひでき)にモデルとしてスカウトされ、仕事を始める。

玲海には深いトラウマがあった。3人目のいらない男の子として生まれた、お人形のように可愛い彼に、両親は女の子の名前をつけて可愛がった。しかし中1の時、自傷行為が止まらなくなり長期入院し、頭が壊れたお人形は両親に無視され、居場所のない中2の玲海は街を徘徊するようになる。後に双極性障害と診断される彼は、その頃いつもハイだった。仕事で自分の気に入らない女みたいなメイクをされたり、お人形のようなポーズを要求されると、嫌がって物を投げて泣き叫ぶ。それでもは彼の大きな丸い目と大理石のように滑らかな肌は多くのファッションやアートのクリエイター達を魅了する。

秀木はかつて日本で最も人気のある男性モデルだったが、30才を目前に進路について悩んでいた。玲海を見た瞬間、彼はモデルエージェンシーを設立する決意をする。それは数年後、男性ばかり25人をプロモートする会社に成長する。

玲海は家の電気製品を破壊して両親から引き取りを拒否される。秀木の友人で作家の紅葉(こうよう)と秘書の森詩(しんじ)のゲイカップルの家で落ち付いた生活を送り、玲海は定時制高校入学という希望を持つ。

玲海は双極性障害の症状のひとつである妄想に苛まれるようになる。それは秀木と恋愛していると思い込む「恋愛妄想」で医者はそれを病気とするが、玲海は自分の恋心を信じて、18才になったら秀木に童貞を捧げる決心をする。

秀木のエージェンシーから1番売れていたモデルが抜け、会社は危機に陥る。玲海は社長のために極度に肌を露出した写真を撮らせ、大きな仕事を得て会社を救う。その後も営業に精を出し仕事も評価され、ファンの数も増えていく。

玲海が18才になった日、秀木は「俺も4年間待っていた」と告白してふたりはベッドを共にするようになるが、秀木には常に他に男がいて、玲海は「彼を縛りたくない」とクールに振る舞うが、やがて彼らの関係は終わるように見えた。しかしふたりは初めて出会った時の感動を思い出し、これからはふたりでいつも一緒にいようと決心する。玲海の夢の結婚式はハッピーな真っ白なリムジンにお花をたくさん飾ること。

 

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1

人のことを呼び出しておいて、用もなにも言わないというのが気に入らない。最近大した仕事も回してこないクセに。だけど他にバイト探すのも面倒くさいし。暑い日は俺の病み上がりの神経細胞にこたえる。東京っていうとこは変な都会でひとつの目的地に行くために、必ず3通り4通りの行き方がある。ツーリストが可哀相なくらい入り組んだ路線図。俺はここで生まれ育った人間らしく、地下鉄と国鉄と私鉄を見事に乗り継いでそのオフィスビルに着いた。

2

ドアには飾り文字。日本語と英語で、『スケルツォ モデルエージェンシー』。受付には美夏という女性が座ってる。もう1年以上いるから続いてる方かな?あの給料の安さで社長の我儘と、従業員のバカさ加減に我慢できるヤツは少ない。英語喋れるんなら普通もっとまともなとこ行くよな。なにがよくて1年もいるんだろう?

「あれ、玲海君?」

俺は彼女のデスクをウインクひとつで通り抜けると、社長室を軽くノックする。返事はない。鍵がかかってなければいる、ってこと。俺は勝手にドアを開けて中に入る。社長はしばらく俺の顔や身体をジロジロ見て、席を立って、俺の後ろに回ってドアを閉める。俺はそこらにあったファッション雑誌を手に取って、カウチに座ってページをめくる。

「社長、俺もうこんなガキ臭い雑誌やだ。」

「若く見えるんだしいいだろう?向こうはお前のこと気に入ってる。」

「どうせいくらにもなんないんだろ?」

「知名度は上がる。モデルは継続的に媒体に出てないとダメなんだ。」

俺は自分が専属をやってるその雑誌を放り投げて、社長にご挨拶のキスをしてやる。どうせなら舌も少し入れてあげようかな、って思った瞬間、ドアをノックする音。

3

美夏が顔を覗かす。

「社長、私、今日はこれで帰ります。」

金曜日か。よく見ると彼女はいつもより念入りに化粧をしている。

「それから、明日社長に仕事入ってます。」

「俺?なんで俺?」

「大人気モデルでしたから、人々が忘れないんですよ。」

「なに?なんの仕事?」

「ええっと、30代の男性ファッション誌。メジャーなヤツですよ。」

「え、じゃあ俺、美容院行って来るから。」

社長はなにしてたんだか知らないけど、それまでやってた物を片付けて、部屋を出て行こうとする。

「呼び出しといて、なんですか?」

一応ムカつきはしたけど、さっきのキスでヤりたい気持ちもあったんで後について行った。

「お前、美容院までついて来んのか?」

「いけませんか?用があって呼んだんでしょう?」

4

そこはすぐ隣で、さすがにこの辺のヘアサロンで、インテリアも相当凝ってる。俺はそこにあるモダンな造りの椅子に座って、鏡の中に映る社長の顔をぼんやり眺めてる。社長は明日の撮影のことを、ヘアスタイリストに自慢している。

「なんか俺のことを覚えててくれる人がいるんだって。」

「すごいですね、秀木さん。今でもイケメンだし。」

大人気モデルね。まあ、今でも身体はしっかり維持している。鍛えた胸板も厚くて、俺の好み。だけどこの人と若い時からヤってきたから好みになったのかも。顔は年を取るにしたがって渋みを増すタイプかな?背は俺より高い。俺はショーのモデルになるのにギリギリくらいしかない。俺みたいな若いのとヤってんだからいいよな、っていうか俺、コイツの性生活知らないから、もしかしたらもっと若いのがいるのかも。サッパリでき上って、

「飯食いに行くか?それとも先にうち来るか?」

この意味は、先に食事?それともセックス?しばらく伸ばしてた社長のヒゲがなくなって、なんとなく残念、でも違う人みたいでセクシーかも。やっぱり先にセックスだな、って思ったから、

「食べる前にセックス。」

って、言ったら、頭を叩かれた。

5

コイツとキスする時ヒゲがないのって、変な感じ。シャツを脱がすと背中に切った髪が少し付いてる。

「髪の毛付いてる。」

だけどそれを払ってやる訳でもなく、どの辺から責めようかあんまり働いてない脳で考える。

「お前は相変わらず愛想がないな。」

ベッドで愛想がないのは、自分の身体が人に使われんのがイヤだから。身体だけじゃなくて、心まで持って行かれるのがイヤだから。でも心はとっくに持って行かれてる。分からない。受け身になれない。抱かれたくない。初めての時からそうだった。俺と彼のセックスは基本がいつも同じ機械的な動きで、次の手もみんな分かってる。だけど、だから余計にいい。変かな?

6

「お前、いつも終わった後に俺にそうやって引っ付いて来るな。」

これもいつものこと。終わった後に引っ付きたくなる。体温を感じたい。なんでかは知らない。イった後はもうどうでもよくなるから?

「昔飼ってたネコがいつも俺にちょうどそんな風にピッタリくっ付いて寝てた。」

「俺があの時のネコだから。」

「変なこと言うなよ。本気でドキっとした。」

「でも、そうかも知れないじゃない?」

7

「赤がいい?白がいい?」

「俺、ワインじゃない方がいい。」

「じゃ、なに?」

「なんかのソーダ割。」

彼はなんかのソーダ割を作ってライムまでスライスしてくれる。俺はまだ素っ裸でベッドに座ってる。

「お前、実はこの話しは最初、雄真に持って行こうと思ってたんだけど。」

「なに?」

「考えてみたら雄真じゃ、健康的過ぎる。」

「だからなに?」

「今度新しいメンズのモードマガジンが出るんだけど、退廃的なヤツなんだって。」

「退廃的なモードマガジン?そんなの誰が読むの?」

「お前を見てたら、不健康だし、性格も屈折してそうだし。丁度いいんじゃないかな?」

「不健康だし?性格も屈折?」

「お前、いくつになった?」

20才。」

「うちのプロフィールは?」

18才。」

「体調はどうなの?」

「精神安定剤と、抗精神病薬と、抗不安薬を飲んでる以外は健康。」

「そんなに色々飲んでて、よくそんなに綺麗な肌してんな。」

彼は驚いた顔で俺に近付いて肌に触る。

「母親譲りだから。」

俺の母は一流大学のミスコンで優勝したほどの美人で、俺の兄ふたりは頭の良さを受け継いで、俺は自分の頭がどんだけかは知らないけど、見てくれが似たのは俺だけ。

「学校はちゃんと行ってるのか?」

「行ってる。」

1から何回も精神科に長期入院して、ちゃんと学校に行かれなかった。まだ高校生をやってる。定時制で色んな年のヤツがいるからいいけど。

「その編集長が俺の知ってるヤツで。もしかしたらいけるかもしれない。ちょっとそのままパンツだけ穿いて写真撮ってみよう。どんなパンツ穿いてんの?黒?ま、いいか。」

色々自分で勝手に決めて。高そうなカメラ。俺は下着だけでポーズをとらされる。でも社長、プロだからクライアントの欲しい物を知ってる。

「お前がさっきしたみたいに俺のこと誘ってみて。」

「誘ってないし。」

「じゃ、誘うとしたらの顔して。」

随分何枚も撮られて、ほんとにそういう仕事の目的で撮ってんのかな?私用目的なんじゃないの?

「さっきの機嫌の悪い顔で俺のこと睨んで、股ちょっと広げたのやってみて。」

「どうやるの?」

「さっきやってただろ?」

「やってないし。」

彼は俺に身体の震えるような性的なキスをする。俺は少しスイッチが入ってセクシーな気持ちになる。彼はそのまま俺の乳首を舐めたり、俺の好きなことをしてくれる。俺、仰向きでケツ側から股の間に手入れられて、ペニス触られるのが好きなの。なんでかは知らない。それヤられて俺、またたってきて、もうこうなったらどうなってもいいや、って気分になって、大分乱れた感じ。どうなんの?その写真?

8

次の月曜日、またオフィスに呼ばれた。電車に乗る前は暑過ぎて今日はヤりたくないな、って思ったけど、電車を降りたら暑さでヤりたくなってきた。どうなってんのか分からない。どっちみち俺の狂った脳が勝手に働いてるだけで、俺には関係ない。ヤるんなら俺が社長を仰向けに寝かせて、彼の顔を見える側から上に乗って、彼の熱くて硬いペニスを俺のケツの中に感じたい。俺がそうやって彼の上で腰を動かして、それで俺のペニスも動いて、彼はそれを見てるのが好きで。淫靡な俺達のセックス。でも淫靡じゃないセックスってなに?男同士で淫靡じゃないのはあり得ない。

9

そんなことをバカみたいに考えながら美夏のデスクを通り過ぎようとしたら、

「玲海君、ちょっと待って。」

珍しく引きとめられる。

「今日は面接だから、ちょっとちゃんとして。」

ちゃんとすると言っても、Tシャツとジーンズじゃあどうにもならない。

「汗びっしょりね。顔だけでも洗って来て。君の綺麗な肌がよく見えるように。」

俺は顔を洗って髪を整えて、ちゃんとなったかは知らないけど、美夏が社長室のドアをノックし、俺が中に入る。社長くらいの年齢の、この暑いのにスーツを着込んだ男性がカウチに座っている。社長より先に、野中と名乗るその人が話し出す。こないだ言ってた新しいモード雑誌の編集長。でも俺は今更ファッションモデルのキャリアを高めようとか、そういう気は更々ない。男性モデルの寿命は短い。ギャラは安いし、ちょっと年取ったら仕事グッと減るし、男でモデルだけで食っていけるヤツほとんどいないし、病気のことで俺の人生もう終わってるし。

「玲海さんの写真観ました。」

写真ってあのヤバいヤツ?マジで見せたの?そしたら今度は俺より先に社長が話し出す。

「彼は私が1番最初に手掛けたモデルなんですよ。私が30目前で進路に悩んでいた時期で、丁度いい出会いで。うちは男性モデルだけ扱っていて、今、25人います。」

「多いんですね。」

「女性の方が使い道はあるんですけど。男性の方が新しくて面白いことができる。」

「なるほど。今度の雑誌は新しくて面白くなるハズです。月刊で名前が、『リタルダンド』。10月から試験的に発行して、本格的には12月のクリスマス特集から、という予定です。」

俺はなんかよく聞いてなかった。暑い中ここまで来て俺の脳内神経伝達物質が減り過ぎてるし、それか増え過ぎてるし、自分にはあんまり関係ないな、って思ったから、『リタルダンド』って聞いたことあるけどなんだったかな?って、ずっと考えてた。だから野中氏が俺にいきなり話しかけてきた時、ちょっとドキッとした。

「私はアートディレクターも兼ねてるんですけど、貴方にはとても触発される。女性のような綺麗な肌をしておられて、それがなにか背徳を感じさせる。」

俺はどうでもいいけどそんなこと、って思いつつ聞いている。

「うちの雑誌は25才から45才がターゲットなんですが、貴方はおいくつになられました?」

すかさず社長が、

20才です。」

「もっと若く見えますけど、年齢不詳な感じもしますね。」

「実際20才ですが、ターゲットより若いのも使い方によっては新鮮じゃないでしょうか?」

社長が適当なことを言っている。俺はまだリタルダンドのことを考えてる。

「発売はまだ先ですけどイメージは売っていきたいので撮影はすぐ始まります。」

野中氏は俺の目を見て、

「玲海さん。なにかご質問は?」

この人に既視感を感じる。この人自身にじゃなくて、多分周りの風景に。今、勝手に頭に浮かんだんだけど、そういう時って、あっちも俺のことをそう思ってる。

「リタルダンドってどういう意味ですか?」

「音楽用語で、段々ゆっくり弾くということです。」

「ああ、リタルド。僕の先生はそう言ってたから。」

「音楽やられてるんですか?」

「ピアノ弾いてました。」

「今も?」

「今は時々悪戯に弾くくらいです。」

「もったいない。なんで止められたんですか?」

「どんなに頑張ってもホンダはランボルギーニになれないな、って。」

これも今、勝手に頭に浮かんだんだけど。ほんとは病気のこと。それから色んな理由の組み合わせ。

「ホンダにはホンダの良さがあるでしょう?チャンスがあったら聴かせてください。」

10

社長は機嫌よく、

「ランチに行こう。」

彼は大きなレストランで、人がたくさん入ってるとこに行こうとしたんだけど、俺はうるさい人ゴミにいたくなかったんで、小さくてちょっと高めだからあんまり客の入ってないところにしてもらった。俺の脳内神経伝達物質が不満を漏らしている。少し酸欠気味。社長はそんな時俺がなにを欲しているか知ってる。ウェイターに、

「ペリエか、なかったらなんでも砂糖の入ってない炭酸。」

炭酸の弾ける泡が脳内に入ると少し落ち着いてくる。でもせっかく来たのに、食欲がない。

「なんでもいいから食べろ。」

俺は苦しそうに息をしながら、まばたきだけでそれに答える。無理です、って。

「病院にはちゃんと行ってんのか?」

俺は頷く。

「野中さん達の雑誌はお前が具合悪い方がいいんだ。退廃的で。よかったな。」

それは社長のせいじゃないけど、俺は彼の足を蹴る。

「俺の新しいプラダを蹴るな。」

社長ってそういうバカみたいなとこに金使って、どういう生活してるんだろう?俺は知ってるようで知らない。俺は腕を伸ばして彼の手に触れる。

「俺のネコも具合悪い時、そうやって片手伸ばして触ってきた。もしかしたらほんとに生まれ変わって、お前になったもかも。いいネコだったぞ。長生きしたし。」

俺は小さい声で、ミャオって鳴いてみる。社長は俺の頭を少し乱暴に撫でてくれる。

「あんまり暑い夜にベターってくっ付かれると大変だったけど。」

俺は出て来た社長のチキンサラダに手を出す。

「お前チキンばっか盗って。チキンが食えるんならそれ頼んでやる。」

俺が、ミャオと返事をする。

11

焼き立てのチキンが出て来て、俺はまだボーっとしてて、社長がそれをナイフとフォークで切り分けてくれる。俺達の関係ってなんだろう?社長と従業員。それは事実。恋人?愛人?兄弟愛?人類愛?慣れ合い?こうやって俺の面倒見てくれるとこは、親子みたい。多分それ全部。あとそれからネコと飼い主。俺のふたりの兄は優秀で、どっちもなんかの博士号を取ってなんかの立派な仕事をしてて、俺は3人分のトラブルを請け負って、小学生からイヤでも上のふたりと比べられ、勉強はワザとしないで、その分のエネルギーを好きなピアノに向けて、中1で激しい自傷行為が止められず長い間入院して、両親は家族にも親戚にも俺みたいな精神病はいないって俺を恥じて、中2病のさなかに夜の街をうろついてる時、社長に会って仕事するようになって、理由もないのにカメラに向かって微笑むのは大変で、男の子なのに女の子の服を着せられて、女みたいに透き通った肌と、どこも見てないお人形みたいな大きな目と、それに似合わない狂ったように乱暴な言動が、大人達の好奇の目にさらされて、酒を飲み始めて、病院にぶち込まれて、医者達は俺がまだ14才なんでためらってたけど、15になっても症状が変わらず、双極性障害の診断を下し治療が始まって、俺は自分がなんの病気か興味なかった。ただ大人になりたくなかった。

12

水分を取って、チキンを3分の1くらい食べて、涼しい所で休んで、大分元気になった。社長は仕事の電話をしている。俺は立ち上がって、

「ご馳走様でした。」

「ちょっと待て。」

俺はボーっとしながら突っ立ったまま待って、やっと電話が終わったから、もう1回、

「ご馳走様でした。」

って、言ってその場を去ろうとしたら、

「待て。心配だからうちで少し休んでいけ。」

13

社長って、こういう時のためにオフィスの近くに住んでんの?何人くらいとヤってんの?どうでもいいけど。冷蔵庫から俺のために入れといてくれるペリエを飲んで、ベッドに寝かされて、ジーンズ脱がされて、俺はまだ少し息が苦しかったから、

「無理だよ。」

「優しくしてやるから。」

Tシャツも脱がされて、俺はまだ疲れてたからされるがままで、抵抗する元気もないし、彼は俺の裸をじっと見て、

「綺麗だな。あの頃とあんまり変わってない。初めてお前を見た時、なにかの錯覚じゃないかと思った。それほどお前、眩しかった。まだ14だって信じられなかった。」

社長は自分のをヤりながら優しくフェラしてくれて、どんなに優しくヤられても俺の興奮度はいつもと変わらないからあんまり意味はなくて、俺の息が荒くなって、でもそれが刺激になったのか、彼はいつもより早くイって、それから俺のをイかして、しばらく休んでから帰れ、って合いカギを渡してくれた。

俺は学校には遅刻したくなかったから、シャワーを浴びて、彼の引き出しからTシャツを借りようと思って見たら、どれもバカみたいに高そうなブランド物で、その中の1回も着てないっぽい変なネコのイラストがある、でも高そうなヤツを着て、オフィスにカギを返しに寄ったら、彼は俺の着てるのを見て、それはお前にやるから、って笑ってた。

14

俺はまた私鉄と国鉄と地下鉄を乗り継いで、俺の定時制高校がある駅で降りた。もう夏休みも近いし、テストもみんな終わったし、授業もなんか忘れてて思い出したような些細な内容で、俺はなんでか知らないけど社長のことを考えていた。認めたくないから、認めないけど、俺は社長のことが好き。初めて目にした時から。バカみたいに目が少女漫画になりそうなほど好き。俺のバックにバラの花がたくさんあって、花びらが舞っている。時々、「秀木さん」って心の中で呼んでみる。口に出して言うのは恥ずかしいから。心の中で呼んだだけでもちょっと胸が熱くなる。彼は今幾つだろう?俺と14も違うんだよな。当たり前だけどそれはいつまでも変わらない。前は、俺よりもっと年相応なヤツがいるだろ?って言ってたけど、でも誰かが俺に近付くと、アイツだけは止めとけとか、なんかしらバカみたいな理由を出して来て、一生懸命邪魔をする。最近は年相応なヤツうんぬんは言わないけど、それは俺が新しい男を作らなくなったから。バカバカしくて。好きという気持ちは言ったことがない。それは、俺がそれを認めたくないから、認めないから。

15

初めて社長と会った頃、俺には既に双極性障害の症状があって、躁状態が何カ月も続いて家にはいたくないし、友達の家を渡り歩いたけど、それも限界になって、後で中学の先生に言われたけど、俺はバカだけど周りの友達がよかったんだって、だから不良の友達はいなくて、街に出る時はいつもひとりで、ハイだから怖いモノもないし、でも人と喋るのがイヤだったから、街でも裏通りばかり下を見ながら歩いてた。1度間違えて表通りに出て、その時は六本木にいて、ガードレールに座って銀河や惑星の動く音を聞いていた。それは何日も消えない幻聴で、それを1日中聞いている俺の頭も身体も疲れ切ってて、その時、俺の目の前に真っ黒な大きなリムジンが止まった。窓も全部黒くて中は見えなくて、そこからはなんていうか暗闇の世界のオーラがガンガン発光してて、俺は怖くなってすぐ走ってまた裏通りに戻った。その時、俺は中2ながらも、この都会には俺の絶対計り知れないような裏の社会があるんだな、って悟った。もしあの時あのリムジンに乗っていたら、どうなってたんだろう?それは今でも時々頭をよぎる。真っ黒なリムジンを見かけると、俺のもうひとつの運命を思う。

16

俺は夜半過ぎの街にいても、育ちが良過ぎて、盗みとか物を壊したりとか、そういう犯罪はしなくて、でも中2がそんな時間に外にいるのは違法だったけど。双極性障害の躁状態は、アルコールやマリファナやヘタすると覚せい剤のハイよりタチが悪い。その持続力が比べ物にならないから。俺はいつもハイな状態で、なぜか建物の中にいるのが怖くて、ストリートをうろついて、獲物を探してる小動物みたいに飢えていたけど、なにを捜してるのかは全く分からなかった。ただ家にいると気が狂いそうだった。俺の家庭の状況全てが俺の存在を否定してた。精神病の、いらなかった3人目の男の子。誰が見ても女の赤ちゃんにしか見えなくて、両親は俺に女の名前を付けて、お人形みたいに可愛くて、連れて歩くのが楽しくて、そのうちお人形の頭の中が壊れて、いらなくなった玩具は部屋の隅に放られて、忘れられて。

17

その夜はストリートをうろついて3日目で頭の中が思考だらけで3日間眠れず、食べられず、とうとう動けなくなって夜半過ぎの、商店街のとっくに下りたシャッターを背中にうずくまっていたら、警察に通報されて近くの交番まで引きずられて行って、抵抗する元気はあんまりなくて、頭の中はまだ思考がいっぱいで、ほんとは誰かに助けて欲しかったけど、助けてもらうのだけは絶対イヤだ、という相反する気持ちもあって、ずーっと黙ってた。

「君がなにも言わなくても、ご両親から捜索願が出されてるから。」

俺は頭の中が思考でいっぱいの時は、全てのことがどうでもよくなるから、言うこともなくて、ふと見たら交番に、フォーマルな黒いスーツを着た非現実的なイケメンが入って来て、俺はそれをボーって眺めて、なんだかその男がスーツのポスターから抜け出て来たみたいな幻想を感じて、その男は最初から俺のことをジロジロ見てて、喋り始めると相当酔ってるみたいだった。

「すいません。ケータイ落としちゃって。」

「ダメですよ、そんなに酔払っちゃ。飲酒は節度を持って。」

「そんなお巡りさんみたいなこと言わないでくださいよ。」

って、自分の冗談を自分で笑って、でも俺からは一瞬も目も離さず、俺はムカついたんで、ソイツからは見えない方向を向いてやった。そしたらその酔っ払いはわざわざ俺の所に来て、俺の顎を持って顔を上に向かせて、俺の顔をまじまじと見てる。その時もムカついたけど、俺もそいつの顔をジロジロ見て睨んでやった。

「君、女の子?男の子?」

その男マジで酒臭いんで、俺についてた警官が俺の側を少し離れて、俺はそのスキに全速力で外へ走って出て、全速力といってもそんなに速く走れなくて、大通りで、タクシーの多い時間で、俺は道路のセンターラインに沿って走って、その時信号が青になって、車が一斉に走り出して、警官が追って来るのが見えて、俺の足じゃ絶対無理、って思って、来た車に飛び込んだ。それは誰かに助けて欲しかったけど、助けてもらうのだけは絶対イヤだったから。

18

車は俺を轢く直前に急ブレーキで止まって、また交番に引きずられて行って、

「死にたいのか、お前!」

って、警官の一番偉いみたいな人に怒鳴られて、死にたいからやったに決まってんじゃん、って思ったけど、それ言うと物事が長引くと思ったから、ずーっと黙ってようと思ったけど、その酔っ払いの男が、今度は腕組んでニヤニヤしながら俺のことを見てんのが、マジでムカついたから、

「見てんじゃねーよ!俺は見せモンじゃねーぞ!」

って、精一杯ソイツに怒鳴ってやったら、スッキリした。警察の偉い人が、

「なんだ、喋れるんじゃないか。」

酔っ払いが、

「ああ、君、男の子だったんだ。」

警察官が、

「あれ、ほんとだ。名前が女の子だから、女の子だと思ってた。玲海さんでしょ?」

俺はそう言った警官のケツのとこにある銃に手をかけて、その男を撃ってやろうと思って、でもそんなことできるわけなくて、そしたらソイツが笑いながら両手を宙に上げる。警官3人がかりで俺を交番の奥に連れて行く。俺はソイツに、

「お前のせいだからな!絶対、顔忘れないからな!覚えとけ!」

って狂ったように叫んで、全部自分でしでかしたことなのに、全部ソイツのせいにしてやって、ほんとにスッキリしたけど、ほんとにまたソイツに会うとは思ってなかった。

19

ソイツは知能犯で、まず俺の親から懐柔しにかかった。その交番で、親が俺のことを引き取りに来るまで辛抱強く待って、名刺を渡して、まあそれは、少し酔いが醒めた頃だったから丁度よくて、なんと後日、俺の家にバリっとスーツで決めてやって来て、畳に座って手をついて、

「息子さんをぜひモデルとしてプロモートさせてください。」

ときた。嫁にくれ、って言いに来るより大袈裟だった。俺はそういう場面は見たことないけどさ。社長はその時まだ28だったけど、男のモデルの先は短い、って感じてて、モデルビジネスに興味があって、考えてはいたんだって。俺を見た時ほんとにやってみよう、って決心がついたらしい。彼はその時丁度、国産高級車のモデルをやっていて、テレビのコマーシャルにも顔のアップがバッチリ映るような勢いのイケメンで、革の手袋してハンドル握って、車より彼の方が目立つような演出をされていた。自分が一番いい時に辞めよう、って潔く思ってたらしい。まあ、ちょこちょこは続けてたらしいけど。俺は本人に聞く前に親に話す、っていうソイツの作戦が気に入らなくて、でも確かにあとでよく考えてみたら、俺に直接そんなこと言ったら、逃げられるだけだから。俺の親はどっちも大企業の管理職で、俺のことは大分前から持て余して、俺に言わせれば、きっと愛情も枯渇して、ニートや引きこもりになられるよりいい、とかそういう厄介払い的な、なんて言っていいか分かんないけど。そしたらソイツは、

「私が息子さんをしっかり鍛えますから。」

ときた。

俺はそこまでは堪えてたんだけど、

「彼が将来自分で生計を立てていけるように、応援させていただきます。」

とか偉そうだったから、

「俺はやるともやらないとも言ってないし!」

「君には素質と才能がある。」

「アンタは一体なに様なんですか?なんでそんなこと分かるんですか?」

かなりでかい声で言ってやって、

「俺は今、日本で一番売れてる男性モデルだから。」

俺はそこで黙るしかなくて、それが悔しかったから走って家を出た。

20

その3週間後、俺は社長の車で初めての現場に向かっていた。俺の脳内神経伝達物質のアンバランスは極限に達してて、ちょっと触られただけで悲鳴を上げそうなくらい情緒不安定だった。いきなり動画で、俺も知ってるようなメジャーなポップバンドのプロモーションビデオ。俺はバカみたいな天使の役で、男の子でもなく女の子でもないメイクにコスチュームで、頭に長いブロンドのウイッグ乗せられて、みんなに可愛いと言われて腹が立ったから、そのバカみたいなブロンドを投げ捨てて帰ろうとしたら社長に捕まって、なにを言うのかな、って興味があったから、帰る前に聞いてやろうと思って、

「君がこの天使をやれば、日本中の若者に希望を与えられるから。」

予想に反してバカらしかったから、ガッカリして、バカみたいな羽も脱ぎ捨てて、そしたら社長に後ろから抱き締められて、その瞬間に俺の壊れた脳が爆発して、俺はギャーギャー泣きわめき始めて、周りの人間達はしょうがないから、俺が泣き止むまで待ってて、そしたらディレクターさんが来て、

「君の天使の役、微笑んでる、っていう設定だったけど、泣いててもいいかも知れない。」

って、俺の手を引いて、翼をつけて、ブロンドはイヤだ、って言い張ったからそれはなくなって、そのかわり花の冠を乗せられて、まあそれは我慢できる範囲で、合掌して、って言われたけど俺が無視したら、それはしなくてよくなって、またディレクターさんが、

「じゃあ君、なにをしたいの?」

って、優しく聞いてくれて、

「俺はこの羽で飛びたい。」

ほんとに飛びはしなかったけど、腕を広げて飛んでるように動かした。その場ですぐ見せてくれて、メイクされてる時もろくに鏡を見もしなかったから、どんな顔か知らなくて、動画で観てもよくできてて、自分でも自分みたいじゃなくて、興味が出てきて、欲も出てきて、ディレクターさんと話して、何回か撮り直して、なんとか終了した。

21

帰りの車の中で、社長はずっと黙ってるから、きっと怒ってるんだな、でも俺には関係ないし、って思ってこっちもずっと黙っててやって、その時はまだオフィスもないから、社長のうちに行って、その後の打ち合わせみたいなのをやった。彼が怒ってたのかどうかは知らないけど、もう次の仕事のこと考えてんだな、っていうのは分かって、俺は悪いけどあれ以上のことはできないよ、ってふてくされ気味で、そしたら彼は自分がモデルをやってた頃の写真を出して見せてくれた。18で始めて10年分、キチンとファイルしてある。

「俺なんて何年も何年も、立ってるだけのマヌカンだったから。」

彼はどんどんページをめくって、確かに少しずつ意志のある顔になっていく。

「君は最初からあんなに我儘言えるんだから、すごいよ。今日のディレクター、俺の車のCM撮った人だよ。」

それからなんでか知らないけど、俺の頬に軽いキスをして、俺はビックリして、

「一緒にいい仕事しような。」

って、言ってくれた。でも俺は、この人も少し頭おかしいのかな、って考えてた。

22

2番目の仕事は奇しくも、黒いリムジンの中での撮影。初めての天使の時のウワサがもう伝わってて、なんかスタッフのみんなが俺のこと、腫れものを触るような感じ。みんなの期待にそえるように最初から機嫌悪くしてた。なぜならその広告写真はティーンの女の子ブランドで、俺がドレスを着て、リムジンの中にお人形のようにお行儀よく固まって座ってる、っていう設定。なにもかもが気に入らない。今日はウイッグじゃなくてエクステンションだった。大して変わりはない。おかっぱのお人形。メイクは男の人で、俺につけまつ毛をつけようとしたんで、立ち上がって逃げようとしたら、そこに社長がいて、俺は夕べほっぺにキスしてくれて、一緒にいい仕事しよう、って言ってくれたの思い出して、でもつけまつ毛からは逃げて、そのなんとかというブランドのデザイナーさん、っていう人が来て、その人は女性で、意外と若い人で、今日の撮影のイメージを説明してくれて、それ聞いて俺はますますイヤになって、また俺の脳内物質が暴れ出して、

「俺は女じゃないし!人形じゃないし!」

って、わめいて、俺は失う物がないから怖い物もなくて、そこら辺にあるものを投げ始めた。そこはリムジンが入って撮影できるくらいの大きなスタジオで、最初はヘアメイクの道具とかそういうのを床に投げてたんだけど、そのうち機材に手を出し始め、それは周りの人達が止めて、そしたらリムジンを蹴り始めて、段々本気になってきたら社長が来て止めて、そしたらいい感じの高そうなカメラがセットしてあったから、それを掴んでリムジンに向かって投げようとしたら、さすがに誰かが俺の後ろから来て羽交い締めされた。

「それ壊されたら、俺仕事できなくなるから。」

それはその日のフォトグラファーで、俺はヒステリックにギャーギャーわめいてたけど、その人はとても冷静で、俺はもう一度その人に向かって、

「俺は女じゃないし!人形じゃないし!」

って、叫んだらその人は、

「それは分かったけど、女の子の服の宣伝だから。」

「そんなこと関係ないし!」

カメラを投げられなくて残念だったから、カメラのスタンドを蹴ろうとしたら、またその人に止められた。

「君は、じゃあどうしたいの?」

「俺は!このカメラを!リムジンに投げて!家に帰りたい!」

気が狂ってる。自分でもそう思った。殊勝にもというか、どうなんのかな、って興味があったんで、家には帰らずにそこにいた。デザイナーとフォトグラファーがコソコソ話し合ってる。それが気に入らなかったので、俺は近付いて話しを聞いてやった。意外なことに、デザイナーは、

「玲海君の写真見てすごく気に入ったから、モデルは絶対変えたくない。」

フォトグラファーは俺に向かって、

「君はどうしたいの?」

「人形、っていうのが気に入らない。俺は今までずっと誰かの可愛いお人形だった。」

フォトグラファーが、

「分かった。その辺は変えよう。それから?」

俺はデザイナーの顔を見て、この人そんなに俺のこと気に入ってくれたんだな、って、頭変な割には嬉しいという感情が湧き上がって、

「それだけでいい。」

それからメイクさんはつけまつ毛は止めて、っていうかちょっとだけ端っこにはつけられたけど、その時は大人しくしてて、人形じゃなくてもっと人間っぽくしてもらった。女の子のメイクだけど、カラフルでアートっぽい感じ。俺はすごく気に入って、また脳内物質が荒れ始めて、鏡を見ながらゲラゲラ笑い出し、

「俺、可愛い!」

と叫んで、跳ね回る。フォトグラファーが、

「今のそれやろう。」

可笑しいのが、せっかくリムジン借りたからそれをバックで、って言われて俺が跳ねる。リムジン全然関係ないのが可笑しくて、バカみたいに笑えてきて、すっかりでき上った酔っ払いみたいに、笑いながらリムジン開けて乗って、中になにがあるのか探検して、なんかリムジンに関係あることしよう、ってない頭で考えて、窓開けて顔を出したら、フォトグラファーが、

「じゃあ、お人形じゃない顔して。」

俺がウインクしたり舌出したり、窓から半身出して手を振って、車のボンネットに乗って、そこから屋根によじ登って、俺にしては車に傷つけたりしないように、靴も脱いで、そこらに投げて、ほんとはその上でジャンプしたかったけどそれも止めて、屋根の上に寝そべって足上げて、それから胡坐かいてドレスのスカートを広げて、バカみたいに笑ってた。これでもう俺は14才にして、この業界で札付きだな、って自分を誇らしく思った。

23

社長の人脈はさすがにすごくて、ファッション雑誌なんてやったのはずっと後で、広告が多かった。俺のマジ中性的な容姿を求めて来る仕事が多くて、さすがに慣れてはきたけど、機嫌の悪い時はスマイルどころかカメラを見もしなかった。社長は忙しいのか知らないけど、あんまり現場には来なくなって、その日はメガネの広告で、俺はまた女の肌と目をしたお人形で、メイクも思いっ切り女の子っぽくて、気に入らなかったけど、ギャーギャー騒ぐと自分が疲れる、って学んだから、メイクの人が真っ赤なリップスティックを、完璧に塗り終わった瞬間に、自分の両腕で思いっ切りぬぐってやって、顔にもはみ出して大変なことになって、メイクした男が俺のやってることをじっと見ていて、俺はギャーギャーは言わなかったけど、

「なに見てんだよ。俺、女じゃねーし。」

その辺りになると、こういうことが起こるに決まってんのに、なんで俺を使うんだろう?って疑問がどんどん大きくなって、なんなのこの業界、バカなの?って思って、俺は相変わらず失う物はなにもないし、黙ってトイレに行って顔を洗って、1時間以上かかった作品を台無しにしてやって、完成するまで待って、それから台無しにしてやったという勝利感が俺を嬉しくさせて、そのまま帰ろうとも考えたけど、洗った顔をソイツ等に見せたい気持ちもあったから、またスタジオに戻って鏡の前に座ってやって、メイクの男が、

「俺、ここまでされたのは初めてだな。」

って、怒ってるわけではない、なにか他の感情を込めて言って、メガネ屋のアートディレクターに向かって、

「どうすんの、俺達?」

って、笑いながら聞いて、メガネ屋が俺に、

「君ちょっとこれかけてみて。」

って、フレームがピンクのメタリックなカッコいいメガネを渡されて、ピンクなところが気に入らなかったけど、かけてみたらよく似合って、さすがよく分かってんな、って少し感心して、

「この眼鏡、十分フェミニンだから、メイクそんなにしなくていいんじゃない?」

そしたらメイクの男が自分のPCから写真を俺に見せて、

「このくらいならいいだろ?」

「やだ。」

「なんで?」

それからもっと色々見せてくれてやっと接点が見付かって、それは色をほとんど使わないメイクで、肌はツヤのある下地だけで、目の周りにメガネのフレームと同じピンクのキラキラ。リップもピンクのキラキラ。そして真っ白なマスカラ。

24

やっと撮影が始まって、アートディレクターが俺に、

「なにか聞きたい曲ある?」

って、聞いてくれて、

「バッハのイタリア協奏曲」

メイクの男が、

「へー、君クラシック詳しいんだ。」

俺はそれには答えないで、撮影はメイクの時よりスムーズで、俺の好きな曲がかかってるし、メイクも気に入ったし、思わず微笑みまでこぼれる。

25

終わってからメイクの男が、

「君の肌ほんと綺麗だな。女より綺麗。」

なんでか知らないけどそれが気に入らなくて、それは俺の頭が変だからで、きっと理由はなくて、ずっと黙ってて、彼がマスカラ落としてる時に、

「君の身体が見てみたい。」

俺はビックリして、少しビクって動いちゃって、コットンが目の中に入りそうになって、

「ゴメン、変なこと言って。」

「いいえ。」

「やっとなにか言ったね。」

そう言われると喋りたくなくなるんで、またしばらく黙って、他のスタッフはみんな帰って、俺はなぜか去り難くて、彼が片付けてるのを後で見てて、彼は帰ろうとして、

「あれ、まだいたの?」

それで俺は床を見ながら、

「名前くらい聞こうかな、って。」

「誰の?俺の?」

俺が可愛いぶって、ゆっくり頷く。

「明斗。」

って、言って名刺をくれた。俺は彼の後について歩く。きっと変なモノに懐かれた、って思ってんだろうな。駅の近くまで来て、彼が、

「お茶飲んでく?」

俺がまた可愛いぶって、頷く。俺はなんていうか、これってデートかな、って思いながら、俺らしくなくシャイになってた。そこはよくある安いコーヒーのチェーン店で、彼も俺もアイスコーヒーを飲んでで、ふたりでしばらく黙って、そしたら彼が俺の手を取って、

「ピアノ弾いてた?」

「うん。」

「実家にピアノあるんだけど、今、誰も弾く人いなくて。」

「へえ。」

「いいピアノなんだ。あれってたまに弾かないとダメだんだよね。」

「多分。」

「今度弾きに来て。」

「いつ?明日?」

「明日はどうだか知らないけど、親に聞いてみないと。」

彼はちょっと笑って、

「姉が嫁に行って、マンションだから置くとこないって。それで親は俺の子供がそのうち弾くだろうって。」

俺は彼の目を見る。彼は、

「親って変だよな。俺とっくにカムアウトしてんのに。」

俺はせっかく名前を教えてもらったから、呼んでみようと思って、

「明斗さんといると気持ちが落ち着く。」

「ほんと?今日ね、君のこと散々みんなに脅かされてたから、あのくらいで済んでよかった。」

「足りなかった?今からでも遅くないし。」

「十分、十分。」

「もう疲れたし、あんなに暴れんの。」

「なんでそんなに暴れたの?」

「俺のこと人形だと思ってるから。親もみんなも。」

「暴れて、俺は人形じゃない、って主張したいんだ。」

「もう止めたけど。でも分かんないけど。」

「再開するかも知れないんだ。」

「うん。」

「どのくらいの可能性があるの?」

「かなり。明斗さんがいつもいてくれればいいのに。」

「じゃあ秀木さんに言っといて。」

「社長のこと知ってんの?」

「何回か一緒に仕事したことある。あの人モデル辞めて俳優にでもなるのかと思ってた。秀木さんとはどうやって知り合ったの?」

「俺が警察に捕まってる時、社長が酔払ってケータイ失くしたとか言って交番に来て。それで俺の親んとこに行って俺にモデルやって欲しい、って。バカみたい。」

「バカみたい?」

俺は少し興奮気味になって、

「だって俺、モデルなんてやりたいわけじゃないし、好きでこの顔してるわけじゃないし、好きで生きてるわけじゃないし。」

「なんで警察に捕まったの?」

「家にいたくなかったから帰らなかったら、捜索願を出された。」

「俺、君ぐらいの年の頃、なに考えてたんだろう?そうだ、俺は絵を描いてた。でもなにを描いていいのか分からなくて、イライラしてた。」

「俺は去年、半年以上入院してた。」

「なに?どこが悪いの?」

「脳が悪い。同情して欲しいわけじゃないけど。」

俺は自分の手首に目を落とす。彼が俺の袖をまくる。俺は切るより刺すのが好きだから。ナイフより錐みたいな細い物で刺した方が、もっと深いとこに届くような気がして。

「新しい傷がある。」

「これはあのバカみたいなリムジンのあと。」

「あれよくできてた。リムジンの上に乗ってたヤツ。」

「俺、できたの見ないから。」

「君の作品だよ。それからみんなの。」

「関係ないし。」

「じゃあ今日のも見ないの?」

「関係ないから。」

「気に入ってたじゃない?俺のメイク。」

「そうだけど。」

俺は手首の刺し傷のひとつひとつを爪で引っ掻く。

「なにしてんの?」

「クセだから。無意識。」

「なんでそんなことすんの?」

「中2病。」

「中2なの?」

「学校は行ってないけど。」

「顔にしちゃだめだよ。絶対。」

「あ、それいい考え。」

「だめだよ。」

「そしたら俺、人形を卒業して安心して死んで行ける。」

「だめだよ。俺、秀木さんにお願いして、側にいてあげるから。一緒に帰ろう。どこに住んでるの?」

「家には帰らない。」

「なんで?」

「親は俺のこと頭の壊れたいらない人形だ、って思ってる。」

「うん。中2病だな。言い方が。」

「俺はアル中になって、薬中になって、みんなに迷惑をかけて死んで行く。」

「やっぱり中2病だ。重症だな。それって、親に反抗して反応を試して、世の中に自分の居場所を見付けるための行動なんだって。それを過ぎると人間が大人になるってこと。」

「ほら!」

「なに?」

「俺は大人になりたくない!死んでもやだ!」

俺はバカみたいに泣き出して、でも明斗さんがいたからそんなに取り乱したりはしてなくて、静かに泣いてて、彼は社長に連絡を取ってくれて、俺は逃げる機会をうかがってて、そしたら明斗さんが、

「今、思い出した。俺もそういうこと考えてた。大人になりたくないって。なんでだろう?純粋さがなくなるから?」

「それもある。それだけじゃないけど。」

「俺のこと大人だと思う?」

「うん。」

「だけど俺、中2病の時よりもっと純粋だぞ。色のことを純粋に研究してる。そして仕事に活かす。今日みたいに。想像力の問題。この色はなにを考えてる?そういう頭してないとこの仕事できない。」

「それいいけど、少し違う。親に反抗するのは衝動だから。理屈じゃないから。」

俺は社長が来る前にどうやって逃げようか考えてる。家には帰りたくない。この辺の地理は全く分からない。俺の育ったとこからは大分遠い。

「俺は車に飛び込んだけど、その車いいブレーキ積んでた。」

「だから、顔や身体を傷つけちゃダメだって。」

「いいんだって。そしたらもう誰も俺のこと見なくなる。」

「落ち付いて。もし俺にできることあったら言って。」

「俺と一緒にいて。今晩。それから明日の晩。それから・・・」

「ダメだって、君のご両親にと秀木さんに聞かないと。」

「じゃあ、聞いて。そうじゃないと俺、また車に飛び込むし。全然怖くない。もう、1回やってるから、どんな感じか分かってるし。」

「君を病院に連れて行く。」

「やだ。」

「病院に行くか、自分の家に帰るか、君にはそのふたつの選択しかないよ。」

「俺は、死ぬか、明斗さんのとこに行くかどっちかしかない。」

俺はまだバカみたいに泣いてて、社長が来る前に逃げようと思うけど、チャンスが全然ないから、しょうがないんで出口の方へ向かった。明斗さんは俺の腕を掴んで引き戻して、彼はメイクアップアーティストの割には力が強くて、俺達は今まで向かい合わせに座ってたけど、今度は彼の隣に座って、彼に抱き付いて泣いてて、そしたら社長が来た。

26

明斗さんと社長は俺と出口の間に立ってなんか話してて、俺はこんなふたりのイケメンに心配されて、ちょっといいかも、ってバカなことを考えてて、俺は社長はいつもスーツのとこしか見てなくて、その時は急いでそこらの服を着た感じで、俺のこと心配して急いで来てくれたのかな、って嬉しく思った次の瞬間、もしかしたら彼氏と一緒にベッドにいて、どうしようか、って考えたけどやっぱり行かないとヤバいと思って来ただけなのかもしれない、って思った。それはあちこちの撮影で色んな所からウワサに聞いて、社長は色んな男と付き合うけど、長続きはしない、って。ふたりは長いこと話しをしてて俺は誰も見てないとこで泣いても意味ないから泣くのは止めて、待ってたらやっと社長が来て、

「君、あのリムジンの後、家に帰ってなにしたか覚えてるか?」

「なに?なんのこと?」

「君の家のテレビを壊したそうじゃない。」

「なんだそんなことか。」

「なんでそんなことを?」

「だってあの時、カメラをリムジンに投げようとしたけどできなかったから、家に帰って炊飯器をテレビに投げた。」

「なんで炊飯器なんだ?」

「だって家のデジカメ小さ過ぎて、テレビ壊すには向かない気がしたから。」

そこで明斗さんも来てくれて、俺の隣に座ってくれて、社長が、

「さっき君のご両親と話したけど。」

しばらくどう言おうか考えてるみたいで、

「これはどうしても言わないといけないから言うけど、でも一度聞けば済むことだから。」

そこまで言っといて続きを言えなくて、明斗さんが俺の手を握って、

「君のご両親は、君のことを誰かに預けたい、って言っておられる。」

「誰?誰かって、誰?」

社長が、

「それはまだ分からない。俺の弁護士に相談しないと。」

俺は悲鳴みたいに叫んで暴れ出して、

「みんな俺のこといらないんだ!死んだ方がいいと思ってるんだ!もう行くとこどこにもないんだ!」

社長と明斗さんのふたりの屈強な男に引っ張られて表に出て、人が通る度に、

「助けて!殺される!」

って、騒いでたら警官が走って来て、社長が、

「これから病院に連れて行くところで。」

「病院なんて行かない!それなら今、俺を殺してくれ!」

って、さっきまで、殺させる、って叫んでた人が。警察に社長が俺との雇用契約を見せて、両親とも連絡を取って、そこまでしてる間に俺は暴れ疲れて、明斗さんに抱き付いて静かに泣いて、それでもまだ逃げようとして、抱き止められたり、すっかり疲れてしまった。

27

病院は去年入院してた所で、俺は暴れるんですぐ檻みたいなとこに入れられて、猛獣みたいなモンだから当然で、薬も拒否して食べ物も拒否して、親に捨てられたことばかり考えてて、14才の息子を捨てる親なんて。冷静になる瞬間もあって、あれだけのことしたら当然だよな、って素直に反省することもあった。そんなに度々ではなかったけど。俺が爪で腕に傷つけるんで、結局檻から出されて、閉鎖病棟で見張られて、まだ食べないし薬も飲まないし、薬は注射もあるから飲まなくてもあんまり意味はなくて、病院に入れられて割とすぐウツ状態になって、病院のスタッフはきっと俺が大人しくなってよかったと思ってた。その時のウツは俺の14年の人生で1番重いウツで、身動きが難しいくらいで、ほとんどベッドにいて、抗うつ剤がなかなか効かなくて、頭の中は真っ白だったけど、時々親に捨てられたことを思い出して、泣く元気もなかったから、それは考えないようにしたけど難しかった。

28

親とはその後和解して、俺がちゃんと病院に通って症状を抑えられるようになって、定時制の高校に入って、モデルの仕事もちゃんと続けて、その時は俺は17才になってた。親が俺の病気や、俺の過去をなかったことにして、それについての話題を極端に避けるのだけは気に入らなかったけど、それ以外は俺は一緒にいて別に文句はなかった。

29

家に帰るまで3年間、俺は社長の知り合いの所でお世話になった。俺はなんとなく社長の所に住めるもんだと思ってたから、その話しを聞いた時はガッカリした。エージェントが人気の出て来た未成年のモデルと一緒に住んで、マスコミに知られるのがイヤだったのか、それとももっと単純に、いつでも男を連れ込めるからか、それは俺には分からない。その話しが決まった時は俺はまだウツの真っ最中で、なんでその人達が俺みたいな精神病の、中2病の、中学中退を預かる気になったのか不思議だったけど、どうでもいいや、って思ったからその時は詮索はしなかった。

30

俺はまず森詩さんという人に会った。ようやく抗うつ剤が効き始めた頃で、まだ身体も心もぐったりしてた。彼は病院まで来てくれて、退院したらすぐうちに来い、って言ってくれた。人のことは言えないけど、彼も相当中性的なタイプだった。俺は女っぽく見られたくないからいつも髪は短かったけど、それと逆に彼の髪は肩くらいまであった。優しい感じの人だった。森誌さんから聞いたのは、そこに住んでるのは作家とその秘書で、森詩さんが秘書の方で作家の方は、紅葉一滋というペンネームで大衆小説を書いているということ。俺は偉いことに、その作家に会う前に人に頼んで、1番薄い本を1冊買って来てもらって読んだ。それはなんか推理小説みたいなので、あんまりピンと来なかったから内容はすぐ忘れてしまった。

31

彼らのマンションは古くて、外からの重い鉄のドアを開けるとエレベーターホールがあって、そこには窓もなくて、そしてまた鉄のドアがあって暗い廊下があって、そして1番奥に彼らの住まいがある。だからそこはほんとは1階なんだけど、俺はいつもなんだか地下に住んでるような気持になった。それは全ての部屋の窓がブラインドで覆われてて、外の景色が見えないという理由もあったと思う。作家のことは俺はペンネームの紅葉さんって呼んでいた。彼は45くらいで、森詩さんは35くらいで、使ってない部屋もあるのにベッドルームは同じで、だからそういうことで、ふたりは年は離れてるけどすごく仲が良くて、時々ケンカした時は両方共黙るから、俺が中に入って両方から話しを聞いたりしてあげた。少しずつ分かってきたことだけど、紅葉さんは実は10個くらいペンネームを持ってて、大衆小説以外に、10代向けの俺でも理解不能な新しいジャンルの本を書いてて、だから若い読者が好きなのかと思えば、森詩さん曰く、彼の収入の8割はアダルトな扇情小説から来るらしい。プロの作家でもそういう人は多いらしい。時々編集者の人が訪ねて来たりはしたけど、ふたりの生活は極静かなものだった。

32

俺はまだすごく情緒不安定だったからまだ学校をどうするか、なんてことは誰も口にしなくて、医者も俺の不安感や焦燥感がどこから来るのかよく分からなくて、森詩さんの作る料理でちょっとずつ体重は増えていったけど、社長もまだ俺に仕事をさせようとはしなかった。ひとつだけ来た仕事は、例のリムジンの広告で、ってリムジンの広告じゃないけど、俺のことが話題になって、それでティーンの雑誌のインタビューというのをやった。写真はその時の広告写真を使って、俺は適当に喋っただけで、雑誌の人がどの写真を使いたいか俺に聞いてくれて、俺はその時初めてできた写真を観た。ドレス着てリムジンに乗ってバカみたいに笑ってる俺。今観るとまるで他人みたい。メイクアップアーティストの明斗さんは時々会ってくれて、実家のピアノを弾かせてもらったり、早く一緒に仕事したいね、って言ったり。早く仕事したい、なんて思うのは彼と会ってる時だけだったけど。明斗さんの提案で、俺にメイクして写真撮って、それをお互いのポートフォリオに入れよう、ってことになった。俺の顔はまだ病人だったけど、それを元気にするんじゃなくて、アンニュイに見せたり、退廃的に見せたり、センスがないとできないメイク。彼は写真撮るのも上手かった。時々袖をまくられてチェックされた。俺が自分の手首に爪を立てたくなる時、いつも明斗さんの顔が浮かんで、自分の身体に傷をつけることは減っていった。でもほんとはそれは他に自分を傷付ける方法を見付けたからだった。

33

俺は広い部屋をもらって、親が送って来た服とか学校の本とかを綺麗にしまって、いい部屋になったけど、そこは俺の過去や現在を思い出させるものばかりで、俺のお気に入りの場所はそこではなくて、食事をする部屋の大きなテーブルの下に潜っているのが好きだった。そこなら誰にも見付からないし、なにも考えずに身動きもせずにずっとそこにいられた。貰って来たばっかりの子犬や子ネコが隠れるような所。考えてみたら自分も貰って来たばっかりの子供だった。そこでキャビネットの中にたくさん入ってるジンやテキーラやウオッカやウイスキーやブランディーやその他色々を飲んで、貰って来たばっかりの子供が家の物を盗むのは、よくありそうなことだけど、俺はコソコソするのはイヤで、それを飲んで、空き瓶はそのテーブルの下に並べていった。飲んでいるとしばらく不安感と焦燥感がなくなって、なにも心配しなくてよくなって。見付かってまたどっかに送られるのかな?でもその方がきっと俺にはふさわしい。このうちは俺にはよすぎる、みたいに考えてた。おとぎ話しみたいに、誰かに捕まって奴隷にされてこき使われて虐められて殴られて。でもおとぎ話みたいに最後に幸せになるのだけはイヤだった。たくさん飲んだ次の朝は酷い頭痛がして、薬の入ってる引出しには、頭痛薬だけで何種類も入ってて、俺はそれを全部混ぜて、いくつ飲めばいいのか読みもしないで、たくさん飲んで頭痛も治まったけど、そのまま死んだように眠って夜まで起きなくて、俺はそれはいい日中の過ごし方だな、って思って、夜起きて酒を飲んで、朝起きて頭痛薬を飲んで、という1日の過ごし方をしてて、当然だけどそのうちやってることがバレて、追い出される様子はなくて、医者にはチクられて、だから俺は医者に行くのは止めて、酒も薬も飲めないんなら、ここにいてもしょうがないや、って思ったから、また街を徘徊するようになった。街なかでもテーブルの下みたいな、小動物が隠れるようなそんな所を探して隠れていた。もうその時は15になってたけど、まだ中2病は継続していて、俺は中2病が終わる前に死ぬつもりだったのに死ねなくて、中2病が15になっても終わらないということは全く予測してなかったから、どうしようかうろたえていた。うちに帰らなくなって3日目で俺の脳が思考でいっぱいになって、高揚感に溢れて、だけど俺はその強烈な高揚感に苛まれて、その時は早朝で俺はなぜかオフィス街の公園に座ってて、俺の側を仕事に急ぐ人々がどんどん増えていって、そしたら絵の具が上から下まで流れて行くのが見えて、最初は1色だったのにどんどん色の数が増えていって、綺麗だったからそれをずっと見ていて、そのうち物の分かった人が通りかかって、俺がない物を目で追ってるのがバレて、その人は物の分かった人だったから、俺を警察に連れて行かないで、病院にぶち込んでくれた。

34

その病院はいつも行ってたとこじゃなくて、そこの医者は、すぐ来てくれた森詩さんに、俺がどんな薬を飲んでたのか聞いて、

「こんな子にそんなに抗うつ剤飲ませちゃダメだ!」

って、全然森詩さん悪くないのに怒鳴られて、抗うつ剤が俺の狂った脳を極限まで舞い上がらせて、俺はまだ天井の方から流れて来る千色くらいある色を上から下、右から左、下から上、左から右の順番で見てて、それはその順番を間違えると眩暈がして困るから。その色達がもう天井から落ちて来なくなって全部床の下に流れて行った時、俺は前みたいな酷いウツ状態に戻った。15にして俺はめでたく双極性障害と診断された。

35

森詩さんは10個もペンネームを持つ作家の秘書で、忙しいハズなのに、ほとんど毎日お見舞いに来てくれた。その時のウツは前のより短くて、抗うつ剤はどんどん減らされて、そのかわり精神安定剤と抗精神病薬を処方された。森詩さんは病院とは無縁の人らしく、いつもあちこち歩き回って、なにを見て、どんな人に会ったか報告してくれた。大分口が利けるようになった時、俺は、

「あの、どうして俺みたいな問題児、預かろうと思ったんですか?」

って、聞いてみた。そしたら彼はビックリして、

「え、知らないの?」

「え、なに?」

「お宅の社長には言ってあるけど。」

「なにも聞いてませんよ。」

「へー!そうなんだ。それはね・・・」

丁度その時、看護師さんが入って来て、

「玲海君、血圧測りますよ。」

その人よく喋る人で、森詩さんもよく喋るから、血圧測りながらどーでもいいようなことを、あーだこーだ言い合って楽しんでいた。

「玲海君、血圧は正常ですね。」

そしたら森詩さん、

「ねえ、俺のも測ってくれない?」

って、言い出して、

「いいですよ。」

いいのか?そんなこと?って俺は思って、そしたら看護師さんが、

「貴方、血圧高いですよ。すぐ病院行った方がいいですよ。」

なんて言われて、森詩さん慌ててどうしよう?って看護師さんを質問攻めにして、

「ゴメン。俺、明日病院行かなきゃ。」

それでとっとと帰ってしまった。普段健康な人が血圧が高いとか言われて、相当盛上がってるみたいで、その後3日くらいお見舞いに来てくれなかった。俺は別にしてもらいたいことも、持って来てもらいたい物もなかったからいいんだけど、なんで俺を預かろうと思ったのか、それを聞きたかったんだけど。理由がある、ということだけは分かった。森詩さん、いつ来るか分かんなかったから、俺は社長にメールしてみた。

「あんであの人達、おれのこと預かろうと思ったんですか?」

そしたら、

「聞いてみればいいじゃない。」

「俺、今入院中だし。」

「え、まだ入院してんの?」

なんか社長は俺の他に5人男性モデルをやってるらしくて、忙しそうだった。そうなると俺は別にモデルになりたかったわけでもないのに疎外感を覚えて、

「社長、俺、退院したらすぐ知らせますから。」

なんて前向きなことを言ってしまった。

36

やっと森詩さんが来てくれて、彼の血圧の高いのはまだ原因は分からないけど、とりあえず薬でおさえてるらしい。すごくいい血圧計を買ったって自慢してから、またあの時の看護師さんと無駄話しに行ってしまった。俺は気になって仕方がないから、今日こそ絶対捕まえて聞かないと、って思ってた。今まではそんなことはどうでもいいと思ってたけど、なぜか気になる。森詩さんが戻って来て、

「元気そうでよかった。じゃあまた。」

って、言うから、なにしに来たんだろうこの人?って思いながら、つい手を振ってしまったけど、そういうわけにはいかない、って思って、追いかけて捕まえた。

「だから、なんで俺のこと預かろうと思ったんですか?」

「ほんとに知らないの?」

「なんでですか?」

「知ってるから色々しでかしてくれてるんだと思ってた。君はね、紅葉の小説のモデルになるんだよ。」

「小説のモデル、ってなに?」

「紅葉の夢は純文学で成功することなんだけど、若い男の子の話しを書きたい、ってずっと言ってて、そしたら秀木が、ええと、なんだっけ?炊飯器をテレビに投げて両方破壊したヤツがいるけどどうだ、って聞いてきて。そしたら紅葉が、それいい、って言い出して。小説になりそうだって。」

「でも俺、紅葉さんとはほとんど喋ったことないじゃないですか?それに精神安定剤で精神が安定しちゃったら、それほどのことしでかさなくなるんじゃないかな?」

「まあ、それならそれでいいし。」

俺は紅葉さんとあんまり喋るチャンスがない。あっちは夜昼逆で、部屋にこもって小説を書いてて、いつも締め切りに追われて、あんまり長生きしそうもないライフスタイル。

「じゃあ俺、なにかしでかした方がいいんですか?」

「あれはよかった。」

「なに?」

「酒飲んじゃってあんなに。」

「ゴメンなさい。」

「いいって。君も病気だったわけだし。紅葉感心してた。よくあんなに飲めるな、って。14才が。」

「マジ?」

「マジマジ。」

「俺、15になりましたよ。」

「へー、バースデーパーティーやろうか?」

「先月の話しですよ。」

「いいじゃない。1415になるのって、すごいことじゃない。」

「そうですよね。俺、絶対14で死のうと思ってた。」

「それはもう止めたの?」

「今のところは。」

「じゃあ、君が出所して来たら、出所祝いとバースデーパーティー、一緒にやろう。忘れたら言って。」

「出所祝い?」

「うん。」

「忘れるかもしれないんですか?」

「忙しいし、血圧高いから。」

「そういう問題?じゃあ紅葉さんに言ってください。今まで俺がしでかしたこと、なんでも洗いざらい話しますから、いつでもどうぞ、って。」

「なんでも洗いざらい話してくれんの?」

「はい。」

「俺、気になってたことがあるんだけど?」

「なんですか?なんでも言いますよ、お礼に。」

「君、秀木とはどういう関係?」

「社長と、従業員第一号。」

「それから?」

「社長、まだ決心はついてなかったけど、俺を見て、モデルの会社やろうと思ったって。」

「それから?」

「一緒にいい仕事しような、って言われました。」

「それから?」

「その時にほっぺに軽くキス。」

「ふーん。それだけなの?」

「そうですけど。」

「君、童貞?」

「そういう質問はちょっと。」

「なんでも洗いざらい話すって。」

「童貞です。」

「じゃあ今度、俺とヤろう。」

「え!」

「冗談。」

「俺でも、紅葉さんの小説のためならなんでもしますよ。」

「じゃあ、紅葉に聞いてみる。15才の童貞とヤってみるか、って。」

「それって純文学の小説のためですよね?エッチな小説のためじゃないですよね?」

「それじゃあイヤなの?」

「イヤかもしれない。純文学の方がいいです。」

「じゃあ、そう言っとくから。」

それで彼は帰っちゃって、俺はだけどそれって犯罪だよな?どこまでなら許されるんだろう?芸術のためでもダメなのかな?って検索したら、やっぱり18になるまではダメらしい。なんだつまんない。でもその時俺は絶対18になるまでとっといて、童貞は社長に捧げようという決心をした。

37

退院して、15才で、森詩さんはやっぱりパーティーをするの忘れてて、でもそんなことどうでもいいから黙ってて、精神安定剤や抗精神病薬を飲まされても、そう簡単に症状が引かないのがこの病気で、その時初めて、「強迫思考」というのが始まった。同じ思考が繰り返し繰り返し、俺の露出された脳に入り込んでその中をゆっくり掻き回し、出て行き、そしてまたすぐ戻って来て、同じことを繰り返す。ひとつの思考が毎日、1日中繰り返されて、大体それが半年くらい続き、また違う思考が半年以上繰り返される。その時、俺は社長のことを考えていた。毎日、1日中。俺はそれが病気の症状だって気付かなくて、ただの恋愛感情だと思ってたから、その異常性については全く気付いていなかった。仕事も再開して、よく明斗さんと一緒に働いて、仕事が大きければ大きいほど、俺達は絶対一緒になった。きっと社長と明斗さんが話し合ってそうしてるんだと思う。その日の仕事は日本のメンズブランドで、パリコレに参加したり、海外でも有名なアバンギャルドな服。俺も明斗さんも現場に行くまでどういうことになるのか、全く予想ができなかった。俺のウワサはそこにいる人達も少しは知ってるだろうし、紅葉さんみたいに、俺がなにかしでかしてあげた方が喜ぶんじゃないかと、俺は勘ぐっていた。じゃなかったらなんで俺を使うの?大人の男のブランドなのに、なんで女の子みたいな15才を使うの?スタジオに入ると、デザイナーの人が待っていた。その人は男性で意外と鍛えていそうな身体で、でも社長には全然かなわないけど。スタイリストが2人、それからヘアスタイリストがいた。服は6パターンもあって、フォトグラファーが入って来た時、明斗さんが、その人は芸術家肌の難しい人だ、って教えてくれた。どうして社長は俺にこんな仕事取って来るの?全然分かんない。俺はウツが抜けて、強迫思考とそれから焦燥感に支配されてて、この人と衝突したら今日の仕事は台無しだな、ってちょっと思った。社長がどう思おうと、俺は長いブロンドのウイッグを被った天使にはなりたくないし、リムジンの中に大人しく座ってるお人形にもなりたくなかった。フォトグラファーにも色んなタイプがあるけど、その人は多分30才くらいで、痩せて少し冷たそうな怖い感じの人。怒らせないようにしよう、って普通なら思うような。6パターンか。どこまでいけるかな?途中で帰ったら社長はどう思うだろう?仕事だからって我慢した方がいいんだろうか?そんなことできると思えないけど。かかってる服を見たけど、着てみないとどんな形になるのか想像できないようなものばかり。色はカラフルなのもあったけど、モノトーンのものもあった。だからメイクも変えないといけない、って俺達は話してた。

38

その時スタジオのドアが少し開いて、社長が入って来た。その大きな部屋の真っ白な壁をバックにして、彼の姿は俺の目に鮮やかに映った。社長は辺りを見回して明斗さんに会釈をして、俺の方は見もしないで、デザイナーさんと一緒に外に出て、15分くらいしてデザイナーさんは戻って来たけど、社長はそのまま帰って来なかった。ふたりはなにか親し気な感じだった。ファッション業界に長くいると、知り合いもたくさんできるんだろう。ヘアスタイリストの人が俺の短い髪にやりにくそうにコテをかけて、

「君、もう少し髪伸ばせばいいのに。」

って、イライラしながら言って、俺はもう少しでスイッチが入りそうになったけど、その時、明斗さんが鏡に映って、俺のすぐ後ろにいてくれたのが分かって、その時はそいつは見逃してやった。さっき社長なにしに来たんだろう?どうして俺になにも言ってくれなかったんだろう?ワザと俺に無関心な態度を取るの?それは俺のこと好きだから?そんなバカげた病的な思考に囚われてて、でもそれはそれで幸せな妄想だった。俺は撮影の間も社長のことはずっと考えてて、さっき見た社長の存在感のある大人のカッコ良さを噛みしめていた。俺が着る服は変なのばっかで、俺は全然いいとも思わなかったけど、そのデザイナーが世界的に評価されてるんなら、別に文句言うつもりもないし。だたあのヘアスタイリストには絶対なんか言い返してやろう、って機会をうかがっていた。それと同時に俺は社長のために童貞を守るんだ、ってことも考えてた。俺は背もそんなに高くないし病み上がりだから服はみんなブカブカだし、どう考えてもそれが似合うとは思えなくて、案の定、デザイナーさんとフォトグラファーさんが俺の方を見ながらコソコソ話し始めて、俺はコソコソされるとムカつくからそこに行ってやって、そしたら明斗さんも来てくれて、フォトグラファーさんがデザイナーさんに、

「こちらのモデルのどこにそんなに触発されるんですか?」

「どこだろう?肌質?」

フォトグラファーさんが俺に、

「ちょっとそれ脱いでみてくれない?」

さっきスタイリストの人に下着の線出ちゃうからから取って、って言われたんだけど。どうでもいいや、って思ったからその場で全部脱いでやって、デザイナーさんもフォトグラファーさんも意外と俺のフルヌードにショックは受けてなくて、ふたりは俺をジロジロ見て、フォトグラファーさんが、

「君いくつ?」

15ですけど?」

「じゃあヌードはまずいな。」

それで彼は俺の腰から上と、顔のアップを撮って、デザイナーさんとふたりでPCでチェックして、フォトグラファーさんが、デザイナーさんに、

「どうです?肌質?」

「いい。」

俺はまだ素っ裸でワザとらしく、くしゃみをしてやったけど、気にする人もいないみたいだし、そうだ、堂々としてればいいんだ、って思ったから俺も一緒にPCを覗き込んだ。病み上がりの、15なのにまだ中2病の、愛してる男のことを四六時中考えてる、頭のおかしい俺がそこに写ってた。俺が思わず、

「どこがいいんですか?」

デザイナーさんが、

「自分の死を予感しながらも、刹那的な欲望に捕らわれている、目の血走った美しい獣。」

「だったら俺、家出とリストカットと自殺未遂とアル中で病院から出て来たばっかで、今は愛する男のことだけを考えて生きてますけど。」

そんなバカな発言してる俺を写真に撮って、また3人でPCを覗く。デザイナーさんが、

「いい。」

俺はふたりの顔を代わる代わる見詰める。ふたりは本気らしい。そのあと、俺はスタジオの真っ白な床に裸で寝かされて、服を毛布みたいにかけられて、ちょっと斜めにかけて乳首出したりとか、なかなかいいアイディアだな、俺着ても似合わないしブカブカだし。スマイルしろとかそういう注文もされなかったから、さっきのなんだか忘れちゃったけど、血走った獣みたいな挑発的な顔をしてやったら、すぐオーケーが出た。それで学んだのは、さすが一流の人達は人形になれとか、そういうバカなことは言わない、ってこと。

39

終わってからまた明斗さんにメイクを落としてもらって、そしたらあのヘアスタイリストに復讐するの忘れたな、って思って、

「俺、もっと髪伸ばした方がいいかな?」

明斗さんが鏡の中の俺を見ながら、

「短い方が好きなんだろ?」

「女みたいに見られるのイヤだから。」

「玲海、前よりずっと男っぽくなってきたよ。」

「どこが?」

「顔の輪郭。成長してるんだよ。」

「イヤだな。成長したくない。」

「そうだったね。髪少し伸ばせば?若く見えるんじゃない?」

「どうしよう?」

「やってみればいいじゃん。イヤだったら切ればいいし。」

その日のメイクは俺の病み上がりの肌を、やや人間っぽくしたメイク。上気してるような肌。俺のどこも見てない目をもう少しハッキリ見せるために、セピア色のアイライン。

「明斗さん、俺好きな人がいるの。」

「秀木さん。」

「え、どうして?」

「俺、人の顔見る商売だから。」

「社長さっきなにしに来たんだろう?」

「挨拶に来たんじゃないの?君がお世話になるから。」

「社長は俺のこと嫌いだと思う。」

「なんで?」

「だって俺になにも言わなかった。」

「好きだろうが嫌いだろうが、君は彼の人生を変えたんだから。」

「俺、早く大人になりたい。」

「あれ、どうしたの?さっきと逆じゃない?」

「頭、変だから。」

「早く大人になって秀木と付き合いたいの?」

「うん。」

「いいんじゃない?前向きで。」

「社長いつも彼氏いるみたいだし。」

「どっちみち君にはまだ早いから。」

「俺一日中社長のこと考えてる。変だよね?」

「いいんじゃない?他のもっと変なこと考えるよりは。でもドクターには言った方がいいよ。」

「僕の家の人、俺のバースデーパーティーしてあげる、って言ったのに忘れてんの。」

「言ってあげれば?」

「いいの。お世話になってるし。」

「今日の仕事、よかったじゃない。」

「おかげ様で。あのヘアスタイリスト、殺そうと思ったけど忘れた。」

「髪伸ばしなよ。試しに。」

「うん。一緒に住んでる森詩さん、髪長いよ。昔社長と付き合ってたんだって。社長は髪長いの好きなのかな?」

「知らない。色んな人が好きなんじゃない?」

「なんで長続きしないんだろう?」

「誰にそんなこと聞いたの?」

「小耳にはさんだ。俺ね、こんな風に明斗さんとだったら一日中社長の話しになっちゃう。やっぱりおかしいんだよね。」

「恋愛ってそんなもんだよ。でも玲海にはまだそういうの早いよ。」

「俺、学校行ってないから周り全部大人だし。」

「学校どうすんの?」

「森詩さんが調べてくれたんだけど、定時制高校に入ればいいって。中学校出てなくても入れる、って。」

「夜の学校だろう?大変なんじゃない?」

「今はね、まだ情緒不安定で社長のことばっか考えて、頭変だって自覚も、ややあるからまだ学校行くつもりはないんだけど。」

「一緒にいい仕事しようよ。今日のも、俺達いつも練習してたから、あんなに上手くいったんだよ。玲海ピアノ上手だし、センスあるんじゃない?色んなことに。」

「社長にも言われた。会ったばっかりの時に。一緒にいい仕事しような、って。勉強したいな、ファッションとかデザインとか。さっきのデザイナー、すごく有名な人なんでしょ?俺、あの服どこがいいのか全然分からなかった。」

「それはね、心配しなくてもいい。だって俺も全然分からなかった。」

40

社長に対する執着はだんだん酷くなって、自分ですらあんまり彼のことばかり頭に浮かんで、辛かったけど、医者にはまだ言わないでおこうと思った。好きな気持ちはほんとだし。なんとか社長に近付きたいと思ってて、明斗さんとか他の人達みたいに、社長のことを、「秀木さん」って呼んでみたかった。妄想だ、って分かってるけど彼のことを考えてる時はハッピーだった。妄想と現実の違いってなんだろう?俺はネットで調べてみた。俺みたいのは恋愛妄想って言うんだって。妄想の中で彼と恋愛してる気持ちになってる。それがストーカーっぽくなってきたらヤバいらしい。俺は電話したり、オフィスに行ったりしたいけど、それはしてはいけない、って、そういう病気に対する自覚もあって、でもいつまでもつか分からなかった。社長、ってもしかしたら俺のそんな気持ちに気付いて、ワザと俺のこと無視しようとしてるのかな、とか変なことをいっぱい考えてた。幸い、というか、社長に会う機会はますますなくなって、彼がプロモートしてる男性モデルが8人になったらしい。俺も入れて。きっと社長はその中の1番可愛いのと付き合ってる。そして飽きたら2番目に可愛いのと付き合うつもりなんだな、って俺は考えてた。そして、夜中に彼の、「スケルツォ」っていう名前のエージェンシーのサイトで、今どの人が彼の男なんだろう?ってバカみたいに調べてた。俺の写真もあって、当たり前だけど、今それを見ると、泣いてたり笑ってたり怒ってたり、情緒不安定丸出し。いまだになんで人々が俺のこと使いたいのか理解できない。「スケルツォ」だけ見ても、もっとイケメンで前向きに生きてそうなヤツが何人もいる。この中から俺を選ぶ意図ってなんだろう?こないだの有名なデザイナーさんは、俺の肌質だって言ってた。狂人の肌質?俺も何度も入院してるけど、狂人って非現実的に見える人が多い。血がかよってないみたいな。肌質ってそういうこと?明斗さんが言ってたけど俺も少し男っぽくなってきたから、きっともう人形になれとは言われなくなるかもしれない。でもまだ女の服は着せられる。きっとそれもすぐなくなる。こないだ撮ったばっかりの写真がもう載ってる。俺の乳首見て社長なんて思ったかな?可愛いと思ってくれたかな?ほら、またすぐ考えが社長の方に戻って来る。俺は社長のことを検索してみる。モデル時代の写真や、CMの動画。今でもたくさん出て来る。消されたりする前に保存しておこう。俺はそれを一晩中やってて、ということは、俺は一晩中社長のことを考えてた。その時は俺は純粋に彼のことを好きだったけど、会えば幸せな気持ちになったし、会いに行きたい、って強く願うようになって、とうとう医者に全部話してしまった。抗精神病薬が増やされて、社長への執着はウソみたいに弱まって、まだ好きだったけど、辛い気持ちは大分軽くなった。これだけ薬が劇的に効くということが俺の脳が狂ってることを証明している。

41

16才になって、やっとバースデーパーティーをしてもらった。家で森詩さんがお料理作ってくれて、ケーキは俺の好きなケーキ屋の、俺の名前の入ったおっきなケーキ。カラフルなフルーツがたくさん乗っている。16になったんだな、って実感はないけど、相変わらず学校は行ってないから、周りに俺くらいの年の知り合いもいないし、16ってどういうものなのかイメージが湧かない。こないだ仕事の現場で会ったモデルの子。ハーフで俺みたいな可愛いタイプで、年も同じだった。彼のエージェントがうるさくてイヤだ、って文句言ってたな。絶対日焼けはダメ、外に出る時は防虫スプレー、だって。そんなの信じられない。俺なんて野放しだもん。羨ましがられた。その子はインターナショナルスクールに行ってる、って。バースデーパーティーの時、普段あんまり長く話さない紅葉さんともゆっくり話しができた。16才ってどんな気持ち?って聞かれたけど、それはこっちが聞きたいセリフ。16才って中途半端。普通なら高校生。大人じゃないし子供じゃない。そんな感じかな?そもそも紅葉さん、俺をモデルにした小説どうなったのかな?向こうも話題にしないことを、あんまりこっちから聞くのもなんだよな、って思ってそれまで聞いたことなかったけど、なんとなく俺の方からそういう話しをしてみた。

「俺、もうちょっと紅葉さんの役に立ってる、っていう実感が欲しいんですけど。」

「なにそれ?」

「その、若い男性を側において観察して小説を書きたい、っていう。」

「ああ。」

「もうちょっと実感が欲しいんです。」

「へー、なんで?」

「こんなにお世話になってるし。今日だってこんなに。」

俺の部屋の近くがバスルームになってて、紅葉さんを側に感じられるのは、そこにいる時だけで、だからといってその時も別に顔を合わせるわけでもなく。あとは彼は書斎にこもってしまう。忙しい人だから。こないだ来た編集者の人が、廊下にある森詩さんの作った彼のスケジュール表を見て、

「ここには何人の作家さんがいらっしゃるんですか?」

って聞かれて、返答に困った。紅葉さんは、

「でも、若い男の子がそこらにいる、というだけで、インスピレーションにはなるよ。」

「へー、例えば?」

「オーラというか。」

「もう少し手応えが欲しいんですけど。」

「例えばさ、夏になるとするじゃない。でも普通は考えないけど君がいると、ああそろそろ夏休みだな、って思うじゃない。」

「俺、学校行ってないのに?」

「それは関係ないとして、そうすると夏休みに関係ある色んなことを思い出すだろ?」

「例えば?」

「夏休みの宿題とか。宿題と言えば、朝顔の観察とか。」

「俺、小学生じゃないですよ。」

「まあ、それは喩えだから。」

「その小説できたら俺にも読ませてくれるんですか?」

「あ、そういえば、森詩が君のこと童貞だって言ってた。今でもそうなの?」

「そうですけど。」

洗いざらい喋る、っていつか約束したんで。

「どうすんの?」

「どうするって?」

「誰に捧げんの?」

「それはね、もう決まってるんで。」

「へー、いつ?」

「あと2年ですね。」

「ふーん。誰?」

「もしその質問の答えが本当に、紅葉さんの小説のお役に立てるんなら、言いますけど。」

「そうだな。役に立つかも知れないし、立たないかも知れない。それが誰なのかにもよるな。」

「じゃあね、ヒントを言いますから、それで判断してください。その人はね、俺より大分年上です。」

「年の差カップルか。うちみたいだな。」

「でも、あっちはこっちの気持ちを知らない。」

「なんで教えないの?」

「結構慎重な人なんですよ。だから未成年相手にしないと思うんですよ。」

「あと2年も待つのか?他の人が好きになったら?」

「でもね、俺としては、童貞はその人に捧げたいと。

「その話し、かなり触発される。」

「ほんとですか?嬉しい。」

18になるまで待っても、その人と上手くいくか分からないじゃない。」

「俺はね、そこまで待ったら、有無を言わせません。ヤってもらいます。」

「その人に彼氏がいたりとか?」

「それもね、関係ないです。そこまで待ったら。」

「そんなに好きなんだ。」

「はい。憧れで。」

「憧れねー。あんまり俺の使わない言葉だな。憧れと性欲は合致するのかな?」

「します。」

「よくあるじゃない。あんまり憧れ過ぎて、たたなかったとか。」

「俺の場合、性的妄想が相当入ってるんで、それはあり得ません。」

「どういう妄想してんの?」

「それは紅葉さんの方がお詳しいんじゃ?」

16才の妄想。」

俺の妄想は社長の水着やアンダーウェアの広告の、そこら辺から来てるけど、それは言えないから、

「やっぱり裸を想像します。」

「どんなことしたいの?ベッドで。」

「まず色々経験してみないと、どうしたいのかよく分かりません。」

「もしかして、キスの経験もないの?」

「はい。俺、入院生活が長かったんで。最初の入院が中1で。」

「昭和初期くらいのロマンティックな恋愛みたい。キスするのもセックスするのも新婚旅行の初夜でさ。そういう設定もいいな。」

「そうですね。いいですね。じゃあ俺、キスも彼のために取っておこう。」

「楽しみだな、それが実現したらいいな。あと2年か。ちゃんと報告に来てね。」

「分かりました。」

42

社長が俺の誕生日の次の週くらいに食事に呼んでくれた。他には明斗さんと森詩さんが来た。ファンシーなイタリアンレストラン。社長はいつもみたいにスーツを着ていて、夏のリネンの濃紺の。でもネクタイはしてなかった。俺がひと晩かかって保存した社長の現役時代の写真を思い出して、やっぱりちょっと年は取ったけど、大人の魅力は増していた。俺はまだ社長には執着があって、抗精神病薬が効いてるとはいえ、やっぱり好きなのに変わりはないし、でも普通に好きなんじゃなくて狂人の思い込みの恋愛妄想。俺はどうしても森詩さんと社長の方を見てしまう。仲がいいから妬けてしまう。付き合ってて別れて、きっとそれは憎み合って別れたわけじゃなくて、でも見てるとやっぱりかつて身体が繋がってたのが感じられる。だから俺はもっぱら明斗さんと話していた。明斗さんはいつも俺の精神安定剤で、隣にいると安心する。食事が終わりかけの頃、社長が少し改まって、

「こないだ玲海のご両親と会ってお話しをして来た。」

俺は社長がこれからなにを言うのか全然見当がつかない。

「あちらは君に帰って来てもらいたいそうだ。でも急にじゃなくて、始めは週1日か2日帰って、その日を増やしていったらどうか、って。」

俺はその申し出に驚いて、まさか俺の両親がまた俺のこと受け入れるとは全く思ってなかった。

「君のご両親、やっぱり君がちゃんと高校を卒業してくれるまでは、親の責任を果たしたいらしい。」

森詩さんの顔を見たら、彼は俺に向かって微笑んでくれる。

「そんなこと言ったら、俺いつ高校出られるかなんて分かったもんじゃないし。」

俺は、親に捨てられた、って泣いてた時のことを思い出して、

「まだ自信ない。」

社長は、

「今すぐじゃなくても、ちょっとずつやってけばいいし。」

「俺、またなんか破壊するかもしれない。」

「君はあの時とは違うだろ?仕事もしてるし、病院にも行ってるし。大人になったんだよ。少し。」

「少し?」

俺が繰り返す。明斗さんが、

「そうそう。だんだん男になってるんだよ。もう女の子のカッコするような仕事ないだろ?」

「減ってるけど、まだあるし。」

「髪少し伸ばしたら、逆に男っぽくなるよ。」

「ほんとにそうかな?」

「俺、プロだから。」

その後社長が、俺がこれからどんな仕事していきたいか聞いてくれて、俺はそんなこと考えたことなかったから、思わず明斗さんの方を見て、明斗さんは、

「玲海はハイファッションがいいよ。この間楽しそうだった。乳首出してたヤツ。」

「やだ、恥ずかしい!」

社長が、

「玲海はどんな仕事がしたいの?」

「あ、今思い付いたけど、家に帰ったらピアノがある。毎日ピアノが弾ける。」

明斗さんが、

「玲海、ビックリするほどよく弾けますよ。」

社長は少し考えて、

「今うちのサイトの、みんなのポートフォリオにつける動画を作ってるんだけど、玲海のはピアノ弾いてるとこも入れよう。」

明斗さんが、

「あ、俺メイクやりたい。」

俺が、

「お願いします。」

そこで解散になったけど、俺は社長の実在感の強さで、俺の脳に酸素が全部行っちゃって、ずっと息苦しいような気がしてた。

43

その動画は、ちゃんと顔のアップと全身のプロポーションが入っていればどう創ってもいい、っていうことだった。でも予算はほとんどない。時間は2分。明斗さんの実家にお邪魔して、まず彼がメイクしてくれてるとこを撮った。ファッションショーの舞台裏みたいな雰囲気。メイクは色を使って遊んだ感じ。それからピアノ弾いてるとこを撮った。曲はシューマンの、「トロイメライ」。双極性障害だったと言われるシューマン。この曲は穏やかでロマンティック。ピアノ弾いてるとこは15秒しか入ってない。そのピアノなんとグランドピアノだからカッコいい出来だった。カメラアングルは俺の好きなピアニストのビデオからパクった。それからそこの隣の家から犬を借りて、近所の公園に行って一緒に走ってるとこを撮ったんだけど、それには理由があって、俺があまりにも死人っぽいから、俺でも走ることができるという証明。その犬はでかいジャーマンシェパードで、押し倒されて顔中舐めらた。それから本来の俺の姿。夜の街のネオンをバックに彷徨い歩く俺。16才の混沌。アンニュイな姿。音楽は俺の好きなバッハの、「イタリア協奏曲」。結局明斗さんはビデオカメラも回してくれて、衣装も貸してくれて、お世話になってしまった。

「また一緒に仕事すれば元が取れるし。」

って、言ってくれた。彼は、

「最近俺、分かってきたんだけど、モデルって自分をいかにセクシーに見せられるか、にかかってるんじゃないかな?」

「俺みたいな童貞じゃダメかな?」

俺がマジで悲し気に言ったんで、彼は笑いながら、

「いいじゃん。セクシーな童貞。童貞のセクシーさ。なんか考えてまた写真撮ろう。」

44

夏が終わって秋になって、俺と明斗さんが創った動画から上手く営業の効果が出て、俺達も忙しくなってきた。16才には14才の時と違う仕事が来る。自分では変わったつもりはないんだけど。髪も少しだけ伸びて来た。クリスマスギフトの広告。これは大手百貨店がクライアントで、16才の女の子との絡みで、ということは俺はちゃんと男に見えるということで、ふたりが頬を寄せて手にプレゼントの箱を持って微笑んでるハッピーなショット。笑えるのはその撮影の後、フォトグラファーの人が俺にだけ、

「あの子より君の方がずっと綺麗だ。まるで大理石の彫像みたい。」

って。俺は笑ったけど。女のモデル市場は男と比べ物にならない程競争が激しくて、そこから選ばれるような女より、俺の方が綺麗?マジ?その子はクオーターで、態度がでかくて俺は好きだった。大理石の彫像の画像を検索したら、教科書で見たような有名なのもあったけど、天使が多い。だから俺って天使の役が多いのかな?大理石の天使。天使も大分板についてきたと思うんだけど。

45

俺の妄想は大きくなったり小さくなったり、でも決してなくならなくて、医者も悩むほどで、新しい薬が出ると試してみるけど、あんまり効果はない。最近試した薬の中で、世界中で評判がよくて、なにを飲んでも効かなかった患者さんにも喜ばれてる、っていうのがあったんだけど、俺にはなんの影響もなかった。その時使ってた抗精神病薬の副作用で、俺は1日に10時間から12時間くらい寝ていた。それでも起きるとまた社長のことを考えてた。俺はこの忙しい時期、現場から現場へ飛び回ってたから、社長に会う機会はほとんどなくて、たまに会うとやっぱりいいな、って単純にそう思った。「スケルツォ」のサイトによると、モデルも10人に増えてる。社長っぽい体型の人もいるけど、ちょっと森詩さんに似てる、スラッと背が高くて中性的で品が良くて、俺がクライアントだったら、俺みたいなわけわかんないのより、こういう人を使うな、って感じの人もいた。まだこの人達の誰にも実際に会ったことがない。社長はどの人とヤってんのかな?ってまた社長のことを考える。どうやってこの人達に出会ったんだろう?俺達みたいなドラマティックな出会いもあるんだろうか?今はもう街を徘徊するような元気はない。どうかな?その時になってみないと分からない。大きなエージェンシーのモデルにはマネージャーがついてる。いいな、って思う。

46

俺は十分に寝られないと1日中頭がボーっとして、メイクしてる時寝ちゃったりして、アイメイクになったら起こされる。16になってもお人形の目と肌は変わらなくて、やっぱりその中性的なところが好きなメーカーでは、まだ女の化粧をされるけど、ヤバいのが明斗さんが忙しくて来れない時で、才能のないヤツに当ったら最悪で、俺は14才じゃないから泣きも叫びもトイレで顔洗ったりもしないけど、こんなイメージが欲しいんだったら俺じゃなくてもいいじゃない?女使った方がいいじゃない?ってほんとにムカついた時があって、俺は黙って姿を消して気持ちが落ち着くまで隠れていた。30分くらい。そしたら社長から電話がかかって来て、

「玲海、君どこにいるの?」

って、落ち着いた声で。

「え、っと、分かりません。スタジオのバックステージのどこか。」

「なんで隠れてんの?」

「メイクが間違ってる。」

社長が黙ったんで、俺は、

「騒ぐ前に気持ちを落ち着けようと思って。」

「それは偉いけど。随分時間がかかるじゃない?もう落ち着いたの?」

「まだです。」

「どうするつもりなの?」

「まだ決めてません。」

「クライアントはどこ?」

「コスメティックの会社。」

「それでメイク間違ってる、は言えないんじゃない?」

「これじゃあ俺を使う意味が全くないです。」

「いいから、それ言ってみれば?」

「イヤです。」

「どうして?」

「メイクの男が嫌味なヤツで、おまけにソイツ、ゲイでもなくて。ケンカするの目に見えてるし。」

「でもその人がコスメ会社の専属のアーティストなんだろ?」

「だったら最悪。俺降りるから。」

前の日寝る時間が十分なくて、俺はその倉庫みたいなとこに隠れて、うつらうつらしていた。そしたら誰かが耳元で、

「玲海。」

って、俺の名を呼ぶ。そしたらそこに社長がいて、

「丁度この近くにいたから。」

そして俺の手を取って、明るい所に連れて行ってくれて、俺の顔を見て、

「なるほどな。」

って、クスって笑って、スタジオに戻って、社長がその会社の偉い人みたいな人としばらく話して、

「玲海、自分で言ってごらん。」

社長がそう言うんだったら、思いっ切り言わせてもらおうと思って、俺はそのメイクアップアーティストの男に、

「これじゃあ俺のよさ全部潰してるし、このイメージがいいんだったら女使った方がいいし。」

って、言ってやってスッキリした。さあもう帰って寝よう、って思ったらソイツが、

「分かった。」

俺は、え?ってビックリして、ソイツが何枚か見事に描けてるデザイン画みたいなのを見せてくれて、明斗さんはあんまりデザイン画描かないでやる人だから、俺はちょっと、どうしていいのか分からなくなって、彼が、

「これが今やったので、あとこの中から選んでくれればいいから。」

俺は絵からメイクを想像するのに慣れてなくて、彼が、

「今日のは来年の春夏。うちのメインのイメージフォトだから女性が観て、素敵だな、自分もあんな風になりたいな、って思うような。」

3つ選んで、って言われたから、俺のバカみたいに大きな真ん丸の目でしかできないような、ツイッギーのつけまつ毛360度でほっぺに花の絵が描いてあるのと、真っ黒な太いアイラインを横に長く引いた、モノクロな大人っぽいのと、最後は俺の男そのままの顔でリップとチークだけ濃いラズベリーで描いたアートっぽいもの。その人、

「大変なのばっかり選んだね。」

って、笑って、それをやっている間に、社長はどこかへ消えてしまった。

47

モデルが10人になって社長はひとり従業員を雇った。数臣という名のふざけた男で、20才ちょいくらいの大学中退で、今のところ、いてもいなくてもあんまり変わらないんだけど、俺の現場にはよく来てくれて、調子がいいから、俺がどっかに隠れて出て来なくなったりすることはなくなってきた。社長に会うこともなくなってきて、あの時俺が暗い倉庫に隠れてて、社長が見付けて俺の名前を呼んで、あの時の映画みたいなシーンが忘れられなくなった。毎日何度も何度もあのシーンが頭に浮かんで来て、よく泣くようになって、森詩さんを心配させた。今まで俺が社長のことばっかり考えてることは、医者と明斗さんしか知らなかったけど、あんまりよく泣くようになったから、森詩さんにも告白してしまった。彼にはお世話になってるし、心配させたくなかった、っていうのもあったけど、それまで言わなかったのは、やっぱり彼が以前社長と付き合ってたからだった。

「秀木のことが好きなの?え、信じらんない!」

俺はただグズグズ泣いている。

「あんなのどこがいいの?」

その頃俺は、寝てる時以外の起きてる時は大体泣いていた。

「え、もしかして、アレが君の童貞を捧げたい男なの?」

俺は泣きながら頷く。

「俺がねアイツと付き合ってた半年は、ほんとにただの時間の無駄だった。今からでもいいから、あの半年を返して欲しい。」

「でもドクターは、これはただの恋愛妄想、っていう妄想でほんとの恋愛じゃないんだって。だから頑張って治そうって。」

「ああ、それがいいわ。もっといい男探してあげるから。童貞捧げるんならその人にしてね。」

俺は図らずもいい味方を発見した。

48

クリスマス商戦の撮影が色々あって、ハッピーな顔しないといけないのに、いつまでも泣いていて、医者に頼んで弱い抗うつ剤を出してもらった。新しい薬で効き目が早いと言われた。撮影の時間になるまでずっと泣いてて、メイクの間もずっと泣いてて、せっかくのメイクも流れるほど声を上げて泣き始めて、数臣が唖然として、

「なんでそんなに泣いてんの?」

「好きな人がいるの。だから。」

「好きな人がいるから、ってなんで泣いてんの?」

「あんまり好き過ぎて頭から離れなくて辛いの。」

そこで数臣は俺と話すのを諦めて、ディレクターさんの所へ行ってしまった。その日はヤバいことに動画だった。インターネット配信のCM。ジュエリー会社。俺がまたバカみたいな天使のカッコをさせられて、恋人に指輪を届けに行く、というもの。そのディレクターはとてもクリエイティブな人で、届けに行く場面は主に俺の後ろの翼側から撮って、彼が彼女に指輪を嵌めてハッピーなのを感動して俺が泣いている。俺の可愛いお人形の目から大粒の涙がこぼれ落ちる。スタイリストさんが真っ白のシルクのでかいハンカチをくれた。絵になる天使だったと思う。終わってから数臣が、

「男なんかのことでそんなに泣けるって、今時すごいじゃないですか。」

「もう疲れました。医者がもうすぐ薬が効き始める頃だって。」

「なんの薬?」

「抗うつ剤。」

「その男性はなんて言ってるんですか?」

「まだ告白もなにも。」

「してないの?マジ?振られて泣いてるんならまだ理解できるけど。」

俺は疲れと抗精神病薬と睡眠不足のせいで、数臣の肩にもたれて寝てしまう。半分寝てただけなんだけど、数臣が、

「男なんてね、マジで好きになるもんじゃないですよ。俺の周りなんてほんとに、しょーもないヤツばっか。」

だけど森詩さん、いい男探してくれるって言ってたな。って、いうことはいい男もいる、ってこと?森詩さんと紅葉さんはラブラブだし。数臣が、

「告白して上手くいって、泣き止むっていうシナリオはないの?」

「あのね、医者が言ってるんだけど、これはね恋愛妄想、って言って、ただの妄想なの。だから本当の恋愛じゃないの。」

「でもさ、愛なんてそもそもみんな妄想なんだし、そんなに泣ける相手なら、好きは好きなんでしょ?」

「うん。好きは好き。」

「告っちゃえ!」

「振られたら責任とってくれるんですか?」

「ま、こんだけ可愛い子振るバカいないでしょ?」

「え、ほんと?ありがとう。」

「いつ告るの?」

「俺、未成年だし。」

「へー、だから?」

「きっとあっちには彼氏いるし。」

「へー、だから?とっとと沈没して泣き止んだ方がいいですよ。」

「沈没するくらいなら、死んだ方がいい。」

そこで俺は本格的に泣き始める。

「惜しいな俺、丁度、新しい彼氏できたばっかで。」

どっちみちコイツはいらないな、って泣きながら考える。

「俺、まだ16だし。」

「へー、だから?」

「俺、18になったらその人に童貞を捧げようと思って。」

「え、あと2年もあるじゃん。どーすんのその間?」

「清い生活を送ろうと。」

「ひとりの男のために?バカバカしい。セックスなんてね、若い時の方がいいもんですって、普通。」

「そうなの?」

「男の子のヤりたい盛りは18でピークに達する。ということは、君には上り坂はなくて下り坂しか経験できないんですよ。それでもいいんですか?」

「え、そうなの?でもね、今その人に告っても、なんでか知らないけどその人、そこんとこだけだけど真面目で、結局18まで待つことになるでしょ。考えたんだけど、だからと言って、その人俺が18になるまで清い生活を送ってくれるとは限らないでしょ。」

「限らない、っていうか、ヤるに決まってるよな。ふーん、だから待つつもりなんだ。」

俺はスタイリストさんからせしめたハンカチで涙をぬぐう。

49

年も押し迫った頃、やっと新しい抗うつ剤が効き出して、社長のことはまだ考えてるけど、もうほとんど泣いてない。長い間泣いた後で俺の顔はすっかり憔悴して、世のデザイナーやアートディレクターを喜ばせた。こないだ数臣と移動中、電車に乗っていたら、ふたりの女子高生だか女子中学生だかにサインを求められて、俺の名前もちゃんと知ってた。そういうのは初めてだった。俺はサインなんて考えてなかったから、ふたりには簡単な一筆書きみたいな天使を描いてあげた。数臣がその子達に、なにで玲海を見たの?って聞いたら、こないだのコスメティック会社の広告だって。あれが評判良くて、ティーンのファッション雑誌にハウツーが載ったから。ふたりは最初俺が女の子だと思ったんだって。「本物メチャ可愛い!」

って、言ってくれた。記念だし、って思ったからその天使を俺のサインとして、その後もずっと使い続けた。

50

もっと元気になったら、素顔のままの男の子の役が多くなってきた。その日は水着のポスターみたいなヤツで、ジュニア向けで、女の子と一緒だった。撮影中メーカーの人が、あれほんとに男の子?って言ってるのが聞えた。上半身裸なのに見ても分かんないのかよ、ってちょっとムカついたけど、その日は明斗さんだったから、ソイツは難を逃れた。俺の髪は耳が隠れるくらいになってた。明斗さんは、

「玲海の額、横から見るとカーブしてるから、そこが女性的に見えるんだよ。そこんとこ髪の毛散らして少し隠すといいよ。」

「俺、ちょっと鍛えた方がいいのかな?いつまでも女の子って言われるんじゃ。」

「玲海はそうしたいの?」

「全然。俺はこのままでいい。ただなんか言われるとムカつく。」

明斗さんは笑って、

「自分で答え分かってることで悩むことないじゃない。」

51

その次の週末、「スケルツォ」のささやかなクリスマスパーティーがあった。オフィスの近くのカジュアルレストラン。社員の他に、いつも一緒に働いてる外部の人達が集まった。よく使ってるフォトグラファーとかスタイリストとか。社長は、初めて会った時みたいな黒のフォーマルスーツを着ていた。俺は社長の側にいると息が苦しくなりそうだったから、俺の大事な精神安定剤の明斗さんと一緒に座った。数臣の他には初めて会った人ばかりで、「スケルツォ」のサイトで写真見てたから知ってたけど、モデルは18才以上の人ばっかで、社長はなんで俺見てこの仕事しようと思ったのかちょっと不思議だった。俺だけ今でも16なんだよな。なんでだろう?明斗さんが言うには、こういうエージェンシーがモデルを選ぶ時、2年先のことを考えてスカウトする。育てる、っていうことが大事なんだって。確かに俺、ここに2年前に来た。でも育ったような気もしない。今でも男の子と女の子の間にいる。自分がこれからどうなっていくのかも分からない。他のモデル達が俺のこと見てあんまり、「可愛いなあ。」って言うから頭に来て、立ち上がって、

「もう1回、可愛い、って言ったら殺す!」

って、怒鳴ってやった。スッキリした。でも社長は隣に座ってる1番イケメン度の高いモデルと喋ってて、俺は社長はこの人付き合ってるのかな?じゃなかったらこの中にいる他の誰かなのかな?それとも?って、ずっと考えてた。解散する間際に社長が、

「君のご家族が、君にお正月に来て欲しい、って言っておられて、森詩と一緒に行って今後のことを相談するといい。」

52

1月の2日に森詩さんと一緒に家に行った。14の時出て行ったきりだった。俺が破壊した数々の電気製品も新しい物に代わっていた。喋るのは、喋るのが好きな森詩さんに任せて、俺はピアノのある部屋に行った。俺の好きなシューマンの、「トロイメライ」を弾いた。それから自分の部屋に行った。社長によると、俺の親は俺が高校を出るまでは面倒見る、って言ってたらしい。居間に戻ると、森詩さんが、

「玲海も大分落ち着いてきたし、うちは寂しくなるけど、ご両親といた方がいいでしょう。」

俺はなんだか感傷的になって黙ってしまった。上の兄は仕事でニューヨークに住んでて、下の兄は来ていた。どんな仕事をしてるのか知らないけど、ひっきりなしに仕事の電話がかかってきた。森詩さんが俺の仕事の写真を両親に見せて、彼らはその多さにビックリしていた。その時は嬉しそうだったけど、その後森詩さんが俺の病院の話しを始めて、途端に彼らは話題を違う方へ向けた。俺は全然話しには入れなくて、森詩さんが俺の学校の話しを始めた。

「仕事をしながら夜間の高校へ通うといいと思うんですけど、中学校の勉強をほとんどしてないので、今年の春は無理でしょう。どっちにしろ今はまだ仕事と学校の両立は難しいでしょうし。」

俺ってこれから中学の勉強するんだ。親は家庭教師の先生を雇ってくれるんだって。その人にカリキュラムを作ってもらって、3年分の勉強を1年でする。特に定時制高校に入るのに必要な科目を。俺が勉強しなかったのは親に反抗するためで、実は教科によってはそれなりに興味のある物もあった。もう兄ふたりも家を出てるし、比べられる相手が側にいないのは楽だな、って俺は思った。俺はその月から週1日家に泊まりに行って、その日に家庭教師の先生に来てもらった。それが週2日になり、週3日になり、1年経って、春になって、定時制高校に入学して、17才になった時、完全に紅葉さんと森詩さんのうちを出て、両親の所へ戻った。おかしなことに、俺はいまだに紅葉さんが俺をモデルにした小説を書いたのかどうか知らない。

53

17才になるとさすがに俺の中2病もおさまって、両親への反発より、もっと外界のことに興味を持つようになる。まだ大人になったつもりはないけど。俺は顔も身体もまだ中性的で、精神年齢も他の17才と比べて低いと思ってた。学校へ行ってなかった時期も長いし、病気のこともあるし、すぐ泣くし、パニクるし、怒ってわめくし。「スケルツォ」のモデルも従業員も増えきた。俺が高校をちゃんと卒業できるように、オフィスの方でもスケジュールを考えてくれる。俺にメンズのファッション雑誌の専属が決まった。それは大手出版社から出てる月刊誌でカジュアルな服が多い。そういう仕事の方がスケジュールの融通が利くからいいんだ、って言われたけど、その雑誌、13才から16才くらいのモデルが多くて、俺はいつも1番年上で、若く見えるからいいけど、どうせプロフィールでも年ごまかしてるし。でもなんか楽しくない。どうせなら俺より年上の人と仕事がしたい。シリアスな顔ならいくらでもできるけど、笑って、って言われてもできなくて、どうしていいか分からない時がある。数臣か明斗さんがいる時ならいいけど、ふたりとも忙しいから、たかが月刊誌の撮影なんかに来られないことも多い。14の時からモデル始めていまだに、「笑って!」って言われて笑えないのは問題だよな。色々考えたけど、やっぱり俺の心には大きな闇の部分がある。自分なんてどうなってもいいや、っていうか、自傷行為や家出や電化製品破壊をしてた時の気持ちが、まだ俺の心の底にくすぶってる。だから笑えない?でもそれってそんなに深い理由があるの?そんなもんなの?

「玲海、笑って!」

このフォトグラファー新しい人で、俺がなかなか笑えないのを知らない。俺は黙って宙を見詰める。他のモデルもスタッフもみんな終わって帰っちゃって、俺とその人だけになってしまった。でも俺はどうしても笑えない。泣きたくなってきた。泣くのなら簡単にできるんだけど。こうなるとカメラの方を見ることもできない。もうすぐ学校に行く時間になっちゃう。でもなぜ?どうして笑わないといけないの?彼が側に来て、

「なに考えてんの?」

俺の顔を覗き込む。俺はチラッとその人の顔を見て、またすぐ目をそらす。その人はもう1回、

「なに考えてんの?」

って、繰り返す。2回も言われるとなにか言わないと、っていう気になる。

「俺、泣くんだったらできますけど。」

「こんないい天気の浜辺で泣かないだろ?普通。」

そいつ若くて能天気な感じなのが気に入らない。このまま学校に遅刻して卒業できなくて俺の人生終わりなのかな、って妄想が広がってマジで目から涙が落ちる。

「あ、泣かないで、泣かないで。」

ソイツはどうしようかな、って考えてるみたい。

「なにか泣くようなことでもあったの?」

「トラウマの多い人生だったんで。」

「俺、トラウマあんまり関係ないでここまで来ちゃったから。」

へえ、そんな人もいるんだな、って俺はもう一度ソイツの顔を見る。そしてまたすぐ目をそらす。俺は学校に行かなければならないという、大きな目的のために、なにか笑えるネタを必死で考える。この広大な海、そして空。なにか素晴らしくて楽しい物。あるか、そんなもん!悲しみの後にいつも訪れる、俺の怒り。そもそもやりたくなかったこんな雑誌で、笑うことを強制させるのが気に入らない。今着せられてる服だって、どうでもいいような短いジーンズと、変な絵のTシャツ。チャラいネックレスとブレスレット。もしかしたらこのチャラいヤツが気に入らないのかも。

「このアクセサリー、取ってもいいですか?」

「なんで?」

「気になるんです。」

「それを取ったらハッピーになれるの?」

「かもしれません。」

「俺、スタイリストに殺されんのやだし。そんなことより、子供の時とかさ、友達とこういうとこで遊んだ楽しい記憶とかないの?」

俺は子供の頃から精神病で、中学中退で、今日学校に遅刻したら俺の人生終わりだし。

「なんか俺じゃないな、って。」

「なにが?」

「こんなところでハッピーでいるのが。それに。」

「なに?」

「この服、俺だったら絶対選ばない。」

「スタイリスト帰っちゃったから俺にはどうにもできないからさ。じゃあ、どうしたいのか言ってみて。」

「海に飛び込んで、そのまま沈んで上がって来ない。」

「それ却下。他には?」

「この砂の上に寝て、Tシャツ脱いで身体にかけて、死んだマネ。」

「さっきのよりいいけど。死んだマネはちょっと。」

「俺、女の役と天使の役が多いんですけど。」

「笑ってるの?」

「泣いてる方が多いですね。あ、でも。」

「なに?」

1回すごく笑ってた時があった。」

「どういう状況?」

「リムジンの上に乗って笑ってた。」

「なにがそんなに可笑しかったの?」

「その時は、ほんとは俺がお人形みたいに女の子のドレス着てリムジンの中で座ってる、っていうアレで、でも俺は女じゃないし人形でもないし、って激怒してカメラをリムジンに投げようとして止められて、じゃあお人形は止めてもいい、って言われたから、でもせっかくリムジンレンタルしたのにもったいないからその前で撮ったの。でもほんとに全然関係ないから可笑しかったの。」

俺、その時のことマジで思い出して、アレって俺の2回目の仕事だったんだよな。俺は笑ってはいなかったけど、口元がやや上がってきて、その時撮ればいいのに、ソイツはバカだから撮らないで、そしたらその時社長が一緒にいて、俺がリムジンを蹴ってたら止めてくれたんだよな。それから社長への恋心がよみがえってまた悲しい気分になって来た。

「俺、学校あるんで失礼します。」

「おい、おい、おい!」

俺はスタスタ歩き出す。フォトグラファーがついて来て、

「分かった!そのリムジンの時と同じポーズしてみて。」

俺はもしかしたらそれっていいアイディアかも、って思って立ち止まる。そして思い出そうと努力する。あの時、リムジンをバックに、跳んで、って言われた。

「跳んで、って言われて跳びました。リムジンバックで。」

「じゃあそれやってみて。」

俺はそれをやってみる。跳ぶと自然に顔が微笑む。

「それからなにしたの?」

「リムジンの窓から身体を乗り出して手を振りました。」

「リムジンがあるつもりになって、やってみて。」

やってみると、その時の楽しさがよみがえる。

「それからどうしたの?」

「リムジンの屋根に座ってバカみたいに笑ってました。」

砂浜に座り込んでゲラゲラ笑い出す。

「すごくよかった!いい写真が撮れた。」

1回社長のこと思い出すとずっと考えちゃうんだよな。俺は学校へ行く時も学校にいる時も家に帰る時もずっと社長のことを考えてて、家に帰ったら、この畳に社長が手をついて俺をモデルにしたい、って言ったんだったな、っていう思い出にふけった。

54

男性のファッション雑誌なんてその存在自体が気に入らない。そんなのどんなヤツが買うの?買ってどうすんの?その健康的な雰囲気が一番気に入らない。俺は編集者を見る度に捕まえて、今度こういうのやりましょうよ、とか頼まれてもいないのに色々提案して、驚いたことにその中のひとつが実現してしまった。俺は笑えない時は笑えないから、それはシリアスな表情で、俺ともうひとりアンニュイが似合いそうなモデルが大きな鏡のある部屋で、ふたりの身体は近いんだけど顔は違う方向を向いてて、ひとりの顔が鏡の中に映ってる、っていうカッコいいショット。そういうのをあとふたつ考えて、って言われて、俺がバカみたいに昔のピンナップガールみたいなセクシーポーズを椅子の上でとって、もうひとりがそれを、立ってじっと見下ろしてる。最後のが、ふたりで白いポロシャツみたいなシャツに、超短い黒いパンツに、白いスニーカーで体育座りをしてんの。そのパンツが女子のブルマーっぽくて、ピンナップガールよりそっちの方がずっとエッチだった。それが意外と読者に受けて、それからは俺が出るページは自分でプロデュースできるようになって、スタイリストやフォトグラファーの手配までやってた時もあった。そこまでやって、やっとその仕事も興味深い物になった。でもその余分な手間はあんまり金にはならなかった。ただ笑いたくない時に、笑わなくてよくなった。

55

こんな雑誌どんなヤツが読んでるんだろう?って調べたら、意外と女子が買っている、ということが判明した。大手から出てる人気のファッション雑誌だから、いいモデルもたくさん出てて、その中にはファンクラブなんてあるヤツもいる。へー、ってちょっとビックリしてたら、編集者の人から、

「玲海君のファンからメールたくさん来てるから送りますねー。」

って言われた。マジ?どうしよう、って数臣と相談して俺のブログを作った。昔やった仕事の写真を出したり、ピアノ弾いてる動画を貼ったり、あんまり下らない日常生活については書きたくなかったから書かないで、だから今日食べた物とか、そういうのは絶対載せなかった。女の子達が興味を持つような、仕事でやったヘアとかメイクとか、そういう写真はよく載せた。俺はいまだに広告なんかでは17才の男にしては化粧してんのが多かったから。なんだかよく分かんないけど、男性ファンも増えて来た。どうせすぐ誕生日が来るんで、その頃図々しくも公称15にしてた。でも以前は化粧して女にしか見えなくて、俺、名前も女だから誰も男だと思わなくて、今は男には見えるんだけど、俺のでっかい目と大理石の肌を見たら、アーティストさん達は、どうしても多少化粧をしてみたい衝動に駆られるみたい。こないだの広告、女のためのバッグと靴。ピンクと赤の花柄。何十万もするヤツ。なんで俺なの?って聞いたら、観た人が、あれっ?て思うんだって、男の子?女の子?って。だから人々が足を止める。普通ならそんなポスター観もしない人達が。

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なんかひとつ仕事すると、俺のブログのコメント欄にちゃんとそれに対する感想が載る。みんなどうやって調べるの?大きな疑問。ファンってそんなもんなの?そしたら、「スケルツォ」のサイトに、みんなの仕事の細かい情報が載ってる、っていうことを発見。なあんだ。ついでに他のモデルがどんな仕事してるのか見てみた。若いヤツはランウェイが多い。俺、背小さいからできないんだよな。175cmはあるけど、もっと背の高い人に行ってしまう。もう少し年上になると、スーツが多い。カッコいいシャツとネクタイと。いいな、って思うけど俺には絶対似合わない。あと、見事な筋肉を見せびらかすような広告。俺には無理。去年のクリスマスに社長の隣に座ってたヤツ。やっぱりその人が一番メジャーな仕事をしてる。テレビのCMなんかもやってる。栄養ドリンクで、街中と、山の中を走り回ってるような感じ。俺には絶対無理。その人の身体は社長に似てる。それってどういうこと?って考える。似てるからその人を選んで来たの?それともそういう風にしようと思ってトレーニングしてるから?

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大きなスタジオとかで撮影があって、メイクの人とヘアの人とスタイリストのみんなに囲まれて、眩しいライトを浴びて、写真だの動画だの。そんな後に定時制高校に行くとそのギャップに笑えるけど、それが俺の今の生活。学校終わって宿題して、夜終わらなくて仕事の現場で続きをやって、その日、なんの仕事かよく把握してなかったけど、それはメンズのジュエリーのカタログ撮影で、日本のブランドなんだけど、独創的で、俺が自分の専属のファッション雑誌で見てるようなのはジョークみたいな気がして、俺が珍しく商品に興味を示して、デザイナーさんに色々聞いたら、主に海外のブランドが顧客なんだって。すごいな、って思った。俺はもうひとりのモデルと一緒で、ソイツを見たら白人のとんでもなく長い銀髪の美少年で、俺、負けるな、どうしよう?って焦って、そこのネックレスしてブレスレットして、それはすごくカラフルな感じので、俺によく似合って、買えるような値段だったら俺も欲しいと思うようなので、でも買えるような値段じゃなかったから買えなくて、コイツの陰になるようではいけないと思ったから、ヘアスタイリストにもメイクアップアーティストにもガンガン意見言って、結果的に、和風の美少年と洋風の美少年、同等に見えるようにはなったと思う。終わってからもデザイナーさんと喋って、俺、今高校生で、まだ進路のこと考え始めてもいないんですけど、貴方はどんな勉強されたんですか?とか色々聞いた。彼は丁寧に教えてくれて、どうやって会社始めた、とかその辺はよく理解できない部分もあったけど、今度俺のやってる雑誌にもジュエリー載せてもらえるか聞いてみたり。まだ高校へ入ったばっかりだけど、それがあってからなんとなくアートの勉強がしたいな、って思い始めた。

58

その夏、俺は調子が悪くて気分の上がり下がりが激しかった。親にはそういうこと相談できなかったから時々森詩さんと会って、一緒に病院に行ってドクターと話してもらったり。まだ17才で大きな病気を抱えて、仕事と学校の両立も頑張ってて。森詩さんが、

「今は高校出ることが大事だから、俺が一緒に秀木に会って話してあげる。」

社長に会いに行った日は、ウツから少し上がり始めてる時で、すごく情緒不安定だった。森詩さんが、

「玲海の医者と話したけど、仕事と学校両方は無理だって。学校も普通の人と比べたら大分遅れてるし。しばらく休ませたら?」

俺は泣いてはいなかったけど泣きそうで、社長を見たらとても疲れた顔をしていた。社長はしばらくなにも言わなくて、そしたら電話がかかってきて、社長は俺達に断って電話をとると、

「そうか、ダメだったか。俺の名前ちゃんと出してくれた?そうか。もう1回交渉してみてくれないか?・・・」

社長は電話を切る。森詩さんが、

「秀木も疲れてる。大丈夫?」

「どんなにうちのがいいモデルでも、結局大手に仕事を盗られる。」

俺はそういう社長見たことなくて、いつも自信に満ちてる人だったから。俺は、

「学校を少し休もうか?」

森詩さんが、

「そんな状態で仕事するのはどっちみち無理だよ。」

「でも前はもっと病気の酷い時でも仕事してた。学校の勉強にも全然集中できないし。」

「玲海、さっき言ってたことと全然反対じゃない?」

「どっちかひとつ選ぶんなら、今は仕事がしたい。」

「それ、秀木のために言ってんでしょう?」

「そうじゃない!最近仕事にもっと興味も出て来たし。」

「さっきは仕事休みたい、って言ってたでしょう?君は秀木に惚れてるから!」

森詩さん、どさくさに紛れてとんでもないこと言っちゃって。俺は固まって、社長の方を見たらなんかじっとうつむいて、他のこと考えてるみたいだった。俺達が社長室を出る時、まず森詩さんが出て、俺がその後に出た時、社長は俺の頭に手を置いて、撫でるんじゃなくて、ただ手を置いて、俺は彼の手の温もりを感じていた。俺がちょっと振り返って彼を見たら、少し微笑んでくれた。俺がどれだけ稼いでるのか正確には知らないけど、会社の足しにはなってるハズ。

59

森詩さんは怒ってはいなかったけど、すごく心配してくれてるみたいで、俺の親にしばらく学校を休むことを伝えてくれて、学校にまで一緒に行ってくれた。先生と話した帰り道、俺は森詩さんに悪くって、悪くって、わーわー、泣いちゃって、彼は気にすんな、って言ってくれたけど。それからヤバいことを聞いちゃって、例のクリスマスの時社長とずっと話してて、テレビのCMで走ってた、稼ぎ頭の人がうちのエージェンシー辞めて大手に鞍替えしちゃったんだって。社長との愛のもつれ?とか俺は勝手に妄想してた。俺は数臣からモデル商売のことを教えてもらって、どうやって効率的に儲けるか?というのを学んでいた。彼は、

「もちろんアイドル並みに人気が出て、ドラマに出たり映画に出たりバラエティーに出たりするのが1番儲かるけど、そういうのは滅多にないから。女なら、脱ぐという手があるけど、男じゃなあ。」

「あ、それいいかも!」

「え?」

60

俺は17の男がどこまで脱げるかという挑戦をしてみることにした。明斗さんに頼んでメイクをしてもらう。俺はフォトグラファーはあんまりアートっぽく撮る人じゃなくて、女のグラビア撮ってるような人がいい、って言ったらは明斗さんが知り合いのそういう人に頼んでくれた。資料写真の撮影だから3人共ギャラはなし。明斗さんは俺の身体を見て、

「玲海のヌードは初めてじゃないけど。」

って、ため息をつく。フォトグラファーさんは、

「女でもこんな綺麗なヤツいないぜ。」

今までほとんど知られていなかった俺の身体。大理石なのは実は顔だけじゃなかった。明斗さんは、細かいキラキラの入った粉を身体中にはたいてくれる。俺がイヤイヤながらやってた雑誌の専属が役に立つ。いっつも変なポーズ提案してたから。俺が考えた3つのポーズ。その1。女のレースのパンティーを穿いた俺がベッドにうつ伏せで、半身起こしてカメラ目線。その時女みたいに胸を手で隠している。メイクは白っぽくて、長いつけまつ毛。俺の見事な長い足。ケツは痩せてて実はあんまり自信ないんだけど。その2。顔のメイクのテーマは、未成年のクセにキャバクラで働いてる悪い女の子。椅子に座って俺がパンツの中に手を入れて、ギリギリ下の毛見えるか見えないくらいまで下げる。その3.俺の大嫌いなお人形ショット。メイクと肌の質感はバービー人形。ハイヒール履いて立って、レースのランジェリーで、下はもちろん穿いててガーターベルト、ブラの方は、片方の肩ひもが落ちて片方の乳首見えてる感じ。手をおろして真っ直ぐ立って、お人形のカメラ目線。

61

その3枚の写真を数臣に見せた。俺は、

「俺達のプロフィールになんか入れる時って、社長に了解取るの?」

「いや、いつも聞かないから大丈夫。」

数臣はバカだけど商売のセンスはあるから、その写真を載せてくれた。まず来たのが、外国資本の有名なファッション雑誌の日本版。写真3つ共グラビアページに載せてくれた。俺のプロフィールもしっかり。それからバーピー人形は原宿の有名ファッションビルの壁面を飾った。そして俺は女性用と男性用のアンダーウエアの広告をやった。パンツに手、入れて。未成年だということで、芸術的な写真撮る人を探したらしい。ほんとに芸術的で俺の身体、本物の大理石みたいだった。一部にマーブルの模様を投射するという凝りよう。

62

あとそれに派生していくつか仕事が来て、俺の体調がまた悪くなったんで、どこに行くにも必ず明斗さんか、数臣が一緒だった。暑いと息が苦しくなる。医者はそれは不安障害の一種だ、って。抗不安剤を持ち歩いてるけど、息が苦しくなったらそんな薬のこと全然思い出さなくなるから、それを明斗さんや数臣に渡しておいた。17才になっても、俺はモデル業界では女性でも男性でもない位置付け。俺の髪は今、首の半分くらい。明斗さんはそのくらいが丁度いい、って言ってる。とうとう女性ファッションのランウェイに出た。俺の背なら丁度いいし。女の中に混じって俺だけ男。ハイヒールで歩く練習したけど、あんなに大変だとは思わなかった。俺の着たドレスは前が開いてて乳首が見えて、だから俺が実は男性であることが分かるようになってた。その頃になると俺が道を歩いてても、マジマジと見られることが多くなった。ブログのコメントも多くなって、全員に返事を出すのはもう諦めた。

63

そんな騒ぎの中、俺は社長に呼ばれて社長室に行った。今まであんまりなかったことだから、なんだろう?って見当もつかなかった。社長室には必ず森詩さんとか数臣とか他の人と一緒にいたから、すごく緊張してた。そんなに緊張するような理由もなかったけど、唯一の理由はやっぱ惚れてるからか。ドアをノックしたら社長が来てドアを開けてくれた。社長の顔を見るとなんだか嬉しそうで、いきなり俺に握手して、

「君はこの会社を救ってくれたんだよ。」

「マジですか?」

「マジでヤバかったから。アイツが抜けて。」

そしてまた嬉しそうに俺を見てる。俺の頭が変だからかなんか知らないけど、目の前にいる社長が俺がバカみたいに憧れてる、今の社長じゃなくて、あの初めて交番で会った時の酔っ払いに戻ったような気がして、俺も自分が中2病の家出した14才に戻ったような気がしてた。

「昔のモデル仲間にも、女の方が簡単に金になるって言われてたんだけど、それはやりたくなくて、君の写真観た時はショックだったけど、ああ、こういう方法もあるな、って。」

「社長、痩せた?」

「ああ、少し。」

「ちゃんと寝てる?」

「まあまあ。」

「病気になったら面倒見てくれる人いるの?」

「まあ、友達は多い方だし。」

「そう、よかった。」

「君は?体調は?」

「あんまりよくないけど、学校行ってないし。」

「今夜はあいてるんだろう?ご飯食べに行こう。すぐそこだけど。」

え、社長とふたりで?マジ?って、俺は焦りまくる。俺があんだけ涙を流した恋愛妄想の相手の実物。しかし俺が18になるまでまだ10カ月ある。今ここで告るわけにはいかない。そんなことを考えながら社長の後ろから歩いて行く。社長が立ち止まって俺の背中に手を置いて、ふたりで並んで歩く。そのレストランは去年のクリスマスにみんなで行った所。自然にあの時いた、ずっと社長と話してたモデルのことを思い出す。

「あの人、どうして大手に行っちゃったんですか?」

「アイツは野心のあるヤツだから。俺みたいになりたい、って自分で売り込みに来たクセに。」

「そう。」

付き合ってたの?って聞こうと思ったけど、なんかそうに決まってるな、って思ったから止めといた。

「玲海はいくつになった?」

「あと10ヶ月で18です。」

自分でも17才、って言わないでそう言ったのが可笑しくて笑ってしまった。俺が笑ってるんで、社長が、

「なに?」

「自分があと10カ月で18って言ったのが可笑しくて。」

社長がまだ分かんないみたいだから、俺は、

「いいですよ。」

絶対この人にはその意味は分かんない。

「もう一度言うけど、ありがとう。」

「いいですよ。俺がまだ生きてるのもきっと社長のお陰です。」

「あの頃な、すごかったもんな。」

「まあ。それより社長、俺、来年の4月からまた学校行きますよ。」

「それまでには、なんとか持ち直すつもりだから、君は心配しなくても大丈夫。」

「そうなの?なんだかガッカリ。」

「どうして?」

「仕事続けて欲しいのかと思った。」

「楽な仕事を回すから。また雑誌とか。」

「雑誌はね、全然楽じゃないですよ。面白くないし、いっつも、笑え、笑え、って。俺、笑う様なことなんにもないのに。」

「その辺、変わってないな。じゃあ笑わなくていい仕事回すから。」

「あるんですか?そんなの。」

「こないだのバービー人形笑ってなかったじゃない?」

「少しだけ。お人形だから。」

「あのガーターベルト見てぶっ飛んだ。」

ぶっ飛んだなんて、俺って社長にそんな影響力あんのかな?

「あれね。どうせやるんなら、とことんやろうと思って。」

「誰が買いに行ったの?」

「おれと明斗。ちゃんと試着して。」

「へー。」

彼が俺の顔を見て微笑んで、俺は息が苦しくなって、丁度注文した物が出て来て、俺は彼の見てないスキにポケットから抗不安剤を出して飲んだ。そしたらその薬、いつものようにすぐ効いたのはいいんだけど、不安感を取り除いてくれたお陰で、なんかヤバいことに、俺の社長への長い年月の思いが、一度に頭のてっぺんから噴き出して来て、どーしよー!でももう止められなくって、俺は自分の頼んだ、シーフードドリアの上に涙をボトボト落とし始めた。

「どうした?」

「社長。」

って、言ったままバカみたいに泣いてて、社長は俺のシーフードドリアを脇にどけてくれて、だから俺はテーブルの上に涙を落として、それは社長のことを思っていた長い年月の、恋愛妄想だかなんだかは知らないけど、俺は本当に社長のことが好きで、でもどうせあと10ヶ月あるし、社長はその間にでも誰かとヤるだろうし、俺は社長を縛るわけじゃないし、そういえば森詩さんが社長はひとりの男と付き合うような男じゃないから、縛るような発言をしたら逃げられる、って、でも紅葉さんは男もある年を越えたら、ひとりの男を大事にするようになるって、でも俺はそれがいくつくらいの年なのか聞かなかったから、今度森詩さんを通してでもいいから聞いてみよう、ってそこまで考えたらやっと涙が止まって、その瞬間思い出して、もうひとつのポケットに入っていた薬をもうひとつ飲んで、その途端に俺は平常心に戻った。

「すいません。社長。」

「いや、いいけど、なんで泣いてたの?」

「まあ、色んな過去を思い出して。」

「そうか、君も色々苦労してるから。」

そんな優しいこと言ってくれるなんて。また泣きそうな気分になってきて、ボーっと彼の顔を見て、そしたらやっぱり、今、言わないといつ言うの?って思ってなんだか変なことが口から勝手に飛び出して、

「社長はあの辞めた人と付き合ってたんですか?」

「アイツは結婚してるんだぞ。」

「女の人と?」

「そう。」

「でも、そんなこと、イザとなったら関係ないでしょう?」

「イザとなったらな。そういう場面はなかったし。」

「森詩さんが言ってたけど、社長なんかと付き合うのは、ただの時間の無駄だって。」

社長は笑ってたけど意外と冷静で、

「早く食べないと、もう大分冷めちゃったよ。」

俺は胸がいっぱいで食べられなかったけど、病院で食べたくない時にやってた作戦で、上手く突っついて、皿の底が見える部分を作って、それでそこの所が谷で、その周りになだらかな山を作る。

「全然食べてないじゃない。」

あれ、社長って病院の人より頭がいい。俺はその山の中腹にシーフードを並べる。

「随分綺麗に並べたけど、全然食べてないじゃない。」

俺は17才の童貞がこんなスーパーイケメンの大人に告ってもどうにもならないな、って、諦めの気持ちになって、エビを1匹発見して、エビってどこに住んでるの?って考えたら湖でも川でもなかったら海だよな、って思ったから今度はその山をひとつ切り崩して、運河を作ってその先に小さな海を作って、そこにエビを住まわせた。

「エビはどうしてそっちへ行くの?」

「これは海の生物だから。」

「そんなこと言ったらそこにあるのみんなそうじゃない。」

俺は黙ってみんなを海に移動させる。そうすると海の面積が足りなくなって、また地形を最初から作り直さないといけなくなって、溜息をついてたら、

「食欲がないの?」

「なんか、胸がいっぱいで。」

「どうして?」

「どうしてだろう?紅葉さんが・・・」

「なに?」

「男はある年を越えたら、ひとりの男を大事にするようになる、って。」

「へー。」

「でも俺、それがいくつくらいのことなのか聞くの忘れちゃって。」

「紅葉さん、って確か50ちょっと前だろ?」

「森詩さんとはどのくらい一緒にいるんでしょう?」

10年くらい?よく知らないけど。」

ということは紅葉さんが40くらいの時だな。社長は今31だからまだまだ先は長い。あーあ、あんなこと言うんじゃなかった。もし俺が彼のこと縛ろうとしてる、って誤解されたらどうしよう?っていうか、俺はやっぱり社長が俺だけの男になってもらえると嬉しいけど、でもそんなこと言ったら逃げられるって、森詩さんが言ってたし。もういいや。でもどうしよう?社長が手を伸ばして俺のエビを1匹捕まえる。そしてあっという間に食べてしまう。3匹しかいない内の貴重な1匹を。俺は必死になってあとの2匹を捕まえて食べる。

「やっと食べたね。」

よくあることなんだけど、食べ始めるとちゃんと食べられる。俺が山も谷も生物達も全部食べ終わったところで、社長が、

「そういうことはまた来年、君が18になったら考えればいいじゃない。」

俺が不思議そうに社長のことを見て、彼はテーブルの上に置いてあった俺の手をギュって、痛いくらい握ってくれた。

64

その頃俺はエージェンシーのプロフィールで、やっと16才になってて、俺は数臣と一緒にやたら営業に精を出していた。営業するファッションモデル。バカみたいに待ってるだけでは会社がヤバくなってしまう。俺がそんなことしてんのは、全部社長のためだったけど、自分ではなにかと別の変な理由を考えては、自分を納得させていた。大手広告代理店をひと回りして、有名なクリエーターの方々に俺のポートフォリオを見てもらう。毎日、「何かありましたら、ぜひご連絡ください。」の連発。数臣の営業の仕方はすごい。でかいとこから攻めて行く。当たり前だけど、でかいとこは金持ってるし、優秀な人材がいるから話しを分かってくれる。一度行った所へはアポなしで行く。一度でも一緒に仕事したことある人とは、既に親友。ランチタイムになって、数臣が、

「可愛い子が一緒にいると、俺もやりやすいから助かるよ。」

「よかった。」

「でもさ、給料出るわけでもないのに、なんでこんなことすんの?」

「俺、学校しばらく休学して仕事することに決めたから、ただ座ってるわけにもいかないし。」

「偉いな。」

「数臣といると勉強になるし。」

「まあ、ランチ奢ることくらいしかできないけど。」

「うん。ありがとう。」

食べながら俺達は作戦を練る。

「玲海はどんな仕事がしたいの?」

「それ、考えてるんだけど、難しい。」

「あのヌードのヤツはよかったよな。マジで会社救った、って、社長が。」

「あんなのまた考えよう。」

「玲海はユニークだから、君にしかできない仕事が来る。」

「俺にしかないもの、てなんだろう?」

俺ってなに?17になっても女の子の大理石の彫像?他には?せっかく入った高校、休学して好きな男の会社を救うために、バカみたいに営業に付き合ってる。他には?俺は子供の時から頭が変で、親にも捨てられた。それか?

「数臣。他の人にない俺の特徴は、頭がおかしい、ってことだよ。俺、今4種類薬飲んでる。今でも持ち歩いてるのもある。」

数臣が俺の飲んでる薬を調べて、製薬会社を検索してる。

「数臣?」

「いいんじゃない?製薬会社はお金たくさん持ってるハズ。」

「これから行けそうな所に行ってみよう。君、ってなんの病気なの?」

「双極性障害と不安障害と強迫思考。まだなんかあったけど、医者に聞かないと分かんない。」

「まあ、そのくらいで十分だと思うけど。」

数臣の行動力はすごくて、俺達はすぐにひとつ目の製薬会社のでっかいビルの前に着いた。

「どういう切り口でいこうか?」

「俺ね、15才で診断されたんだけど、今でもだけど、俺の人生、相当悲惨ですよ。」

「なにがあったの?」

14の時、家の電気製品をほとんど全部破壊して、家を追い出されて、社長の知り合いのとこに3年いた。」

「なんでそんなことしたの?」

「それはね、俺が赤ちゃんの頃から可愛くて、上は兄ふたりだったんだけど、もう男はいらなかったんだけど、でもそんなに可愛いのは俺だけで、誰が見ても女の子だから、女の名前付けられて、それで連れ歩くのが楽しくて、俺は親の人形で、その人形の頭の中が壊れたら、もういらなくなった人形は部屋の隅っこに捨てられて、それが中2病の時に爆発したの。」

そんな話しをしたらいつもなら、泣くかわめくかするのに、数臣と一緒に営業をする、という使命のせいかそういうことにはならず、彼は、

「まあ、取りあえず、この宣伝部、というとこに行ってみよう。」

その後、数日かけて数臣と一緒に、俺の飲んでる薬を作ってる会社に行った。海外の会社もあって、その場合は日本支社を探して行った。

65

それで来た仕事。テレビのCM30秒と60秒。その制作は大変だった。宣伝部が作ったシナリオでは、俺が病気になって、でもその薬を飲んで良くなって、今は立派にモデルの仕事をしている、なんていうもの。俺はこの病気はそんな綺麗ごとじゃない、俺は降りる!って怒鳴って。だってそれじゃあ俺の両親と同じ。病気を認めようとしないんだ。そんなことはなかったことにしたいんだ。それで数臣と一緒に帰ろうとしたら、ちょと待って、って言われて研究室の人に会わせてくれて、でも俺はその時、大分取り乱してて泣いてて、そしたらその研究者の人が、

「それじゃあ、君が俺達製薬会社に求めていることを言ってみて。」

って、言うから俺はいつもの話しを繰り返す。

「俺には兄がふたりいて、俺はいらない3人目の男の子で、でも女の子にしか見えなくて、お人形みたいに可愛かったから、女の名前を付けて連れ歩くのが楽しくて、俺はいつも頭のいい兄達と比べられて、中1で自傷行為が止められなくて半年入院して、頭の中が壊れたお人形は、隅っこに捨てられて、航つ剤を飲んでて、14才の時躁状態で家の電気製品を全部壊して、家出したところを今のモデルエージェンシーの社長に拾われて、双極性障害って診断されて、親は俺の引き取りを拒んだから、俺は社長の知り合いの所に3年お世話になって、今は自分の家に帰って定時制高校に入って、でもこの病気は終わらない。俺にはいつも焦燥感と不安感と強迫思考が付いて回る。生と死の境い目で生きて、この地獄から逃れることはできない。」

「それは俺達がなんとかする。それが俺達の仕事だから。」

それ聞いて俺は、そんなことできるわけないじゃん。この人俺みたいに頭がどっか変なのかな?でもほんとにそうなったらいいな、って思って、

「今、好きな人がいて、俺はずっと現実と妄想の間で生きていて、医者はそれは恋愛妄想、って言って、ほんとの恋愛じゃないよ、って。でもやっぱり好きだと思ったから、その人にそういう風に言ったら、あと10ヶ月で俺が18才になるから、そしたら考えてくれる、って。」

「よかったじゃない!」

って、その人なんでか知らないけど、見ず知らずの俺のためにすごく喜んでくれて、

「生きていればいいことがある、ってこと。」

66

それでできたCMは、まず俺が眩しいライトを浴びて、モデルで華麗に活躍してるシーン。そして過去に戻って、子供達が俺にそっくりな顔のお人形と遊んでて、でも飽きちゃって、そこに放ったままどこかへ行ってしまう。その次のシーンで、俺役の中1くらいの子が腕に包帯をして病院のベッドで寝ているところ。それからその俺役の人が、炊飯器投げてテレビを破壊しているところ。家出をしてお巡りさん達と大立ち回りをやってるところ。そして大人になった俺が落ちている人形を拾うシーン。そして最初のシーンに戻って、モデルで華麗に活躍しているシーン。そしてナレーション。俺の声で、

「僕達の地獄には、決して終わりがない。」

それから研究者の声で、

「それは俺達がなんとかする。それが俺達の仕事だから。」

そして製薬会社の名前とロゴ。

67

なんか研究者の人、カッコ良過ぎ。そのCM、相当金かかってましたよ。ビックリした。曲は俺が弾いている下手くそな、「トロイメライ」。俺の人形、記念にくれたんだけど、有名な創作人形作家に創ってもらったんだって。ちょっとリアル過ぎて不気味だから、俺は嫌がらせに社長室に飾ってあげた。これで俺のことたまには思い出してくれるかも。俺と数臣は会社からボーナスをもらい、味を占めて、それからも一緒に色んな所へ営業に行って、色んな仕事をした。

68

あと2か月で18才になるという時、俺はあまりにナーバスになって来たので、森詩さんのとこに遊びに行った。

「玲海、よかったじゃない、あのテレビのCM。」

「え、観たんですか?あんなの観たっていう人、森詩さんだけですよ。」

「そうなの?」

「だって俺だって観てないですよ。ネットでは観たけど。テレビあんまり観ないし。」

「俺、結構テレビ観てるかも。あれ、すごいリアルよね。人形怖いし。」

「そうでしょう?あの人形くれたんだけど、社長室に置いて来てやった。嫌がらせに。」

「へー。」

「あのね、そんなことより、今日は、初夜の心得ということについて伺おうと。」

「それってなに?ほんとに秀木?まだ好きなの?」

「はい。18になったら考えればいい、って言われたから。」

「じゃあ、まだどうなるか分かんないんだ。」

「そうですけど。一応、心得を聞いときたいな、って。」

「そんなことより、どうすんの?もしそうなってもあの男、君以外のともヤるわよ。」

「俺、童貞だからそういうの分かんないし、できればまず童貞の方をなんとかして、それからそういうことを考えようかと。」

「辛い思いをするだけだから。俺がもっといいの探してあげる。」

「それ大分前から言ってますよ。」

「そうだったかな?」

「で、俺どうすればいいんですか?」

「ほんとになんにも知らないの?」

「まあ、ビデオとかくらいは観たことありますけど。」

「俺の経験から言うと。」

「はい。」

「そうやって期待の眼で見られると恥ずかしいかも。まあ、俺の経験でいくと。」

「はい。」

「だから、相手のヤりたいことをヤらせてやって、自分は自分のヤりたいことをすればいいの。」

「自分のヤりたいことが分からない時は?」

「そういう時は、相手のヤりたいことをヤらせてやればいいって。」

「森詩さん、ちなみに社長、どうでした?」

「そういうことは言えません。内緒。」

「なんでも洗いざらい話してくれる、って。」

「それ、君が言ったんでしょう?俺は言ってない。」

「童貞を捧げる相手としては?」

「いいんじゃない?付き合うつもりさえなければ。だけど、どこがいいの?あの男?」

「だって自分だっていいと思ったから付き合ったんでしょう?」

「俺は上手く騙されただけだから。」

「欲望のはけ口にされたのでしょうか?」

「いいね!それ面白い!紅葉に言っちゃおう。」

69

せっかく行ったのに、森詩さんからはあんまり情報が得られなかった。相手の好きにさせろ、ってことだよな。でもこっちがしてあげること、ってあるんじゃないの?俺はちょこちょこビデオ観たりして研究したけど、俺ってやっぱり中学中退だし、精神年齢低いし、どうしていいのか分からない。忘れられたら困るから、こういうことは早めに、って思って、

「社長、18になったら考えればいい、っておっしゃいましたけど、あと2週間だから。」

「なに?それ?なんの話し?」

「とぼけないでくださいよ。俺の誕生日の晩は予定しっかりあけといてください。」

社長は最初とぼけてたけど、俺の勢いがすごかったので、とぼけるのは止めたけど、今度は変にニヤニヤして俺の顔を見る。

「君がこんなところに変な物を置いてってくれたから、いつも見張られているような気がする。」

「可愛いお人形じゃないですか?俺ソックリで。」

「あ、そうそう。あのCMで壊してるテレビ、あれ本物なの?」

「そうですよ。ビックリした。あれ、最新型の大きなヤツで、さすが製薬会社、金持ってますよ。今、数臣と一緒に、どんな会社が金持ってるか研究して、営業に回ってるところです。」

「偉いな。」

「こんなとこでボー、ってしてても仕事来ないですから。数臣が、俺みたいな可愛い子と一緒だと、営業がしやすいって。」

「なるほどね。」

「数臣ね、ああ見えて、行動力のカタマリですよ。とても勉強になります。だから今も、絶対社長が忘れないように言っとこうと思って。」

それで彼はまたニヤニヤして俺のことを見る。

「なんですか?」

「なんか怖いな。」

「なにがですか?」

「なにされるのかな、って思って。」

「それは貴方次第だって、森詩さんが言ってました。」

そこでなんでだか知らないけど、社長はマジで笑い出して、俺は、

「森詩さん、社長に騙されて欲望のはけ口にされた、って言ってました。」

欲望のはけ口、って言ったのは俺だけど、それは多少の誤差だからいいと思って、そしたら社長はさらに笑い出して、

「お手柔らかに。」

だって。

70

誕生日当日。俺は18になるまでよく生きてたな、と感慨に浸りつつ、っていうか、別に生きていたいと思ったわけじゃないし、これからだって長く生きようとも思ってないし。その日はたまたま金曜日で、俺は割と早い時間に社長から連絡をもらって、5時には、こないだ俺が山や谷や海の一大ランドスケープを作ったレストランで待ち合わせた。俺が先に着いて、この前と同じテーブルに座った。社長が突然俺の手を握ってくれたのと同じテーブル。着くや否や社長は、

「君は急に逞しくなったよ。」

営業とかは社長のこと心配してやってんだけど、それ言うと引かれそうだから、

「もう18だし。」

「おめでとう。」

「今日はご両親、お祝いしてくれるの?」

「先約があるので、それはないです。」

社長は、

「ふーん。」

って、言っただけ。軽く食べて、その後彼は知り合いがやってる、カッコいいバーに連れて行ってくれた。

俺のことは、

「コイツ、今日で18になったんだって。」

って、紹介して、バーのマスターは、

「もっとずっと若く見えるね。肌が綺麗だからかな?」

社長は、

「うちの稼ぎ頭だから。」

そう自慢げに言ってくれたのが嬉しかった。その時、社長が俺の肩をポンって叩いてくれたり、バーに入る時も軽く背中に触って押してくれたりとか、そういう上級のボディタッチに、いちいちドキドキしてた。彼は強い酒を飲んでいて、そういうの飲む人だっけ?って考えて、会社のパーティーとか思い出してみたけど、ビールとか飲んでる時が多いよな、って。そういえばあの時は相当酔ってた。あれ以来この人があんなに酔ってるところは見たことない。

「社長、あの時なんであんなに酔払ってたんですか?」

「いつの話し?」

「俺と初めて会った時。」

「ああ、あれね。」

って、言ったままなんで、また俺が、

「なんでですか?」

「あの日、オーディションがあって、俺、自信はあったんだけど、若いヤツ等見てたらそろそろ世代交代かな、って。」

「オーディションなんてひとつダメなら、すぐ次がある、って数臣が言ってた。」

「真剣に堅気になろうと思ったんだよな、その時。今も全然堅気じゃないけど。その時君に出会って。」

彼はカウンターの上の俺の手を握る。俺はビックリして彼の顔を見る。彼は真面目な顔をして、でも俺の方は見てなくて、マスターがそれ見て、

「おやおや、秀木さん。そういうこと?」

そしたら社長が、静かな声で、

4年待ったんだから。」

俺はもちろんそんなこと全然気付いてなかったから、ここで泣くか笑うかどうしようか、って迷ったんだけど、取り乱す前に抗不安剤を飲もうとしたけど、それはベッドの前に飲もうと思ってたから、それは我慢して、俺もすごく真面目な顔になっちゃって、心の中では彼のことを愛しいな、って思ってた。社長はそのまま俺の手を弄んでいて、俺はその手の動きよりその温かさにセクシーさを感じた。俺は結局泣きも笑いもしなかったけど、しんみりしちゃった。俺がこの人のこと恋愛妄想だかなんだかしてた、この長い年月、彼も俺のこと待っててくれたんだな。えらくロマンティックな気分になってきちゃった。それは俺が、童貞だから?これからその言い訳も使えなくなるんだな、ちょっと残念、って思ったら少しクスってなって、そしたら彼は俺の方をチラって見て、でもあくまでもシリアスだった。俺も緊張してるけど、もしかしたら彼も緊張してるのかも。

71

そのバーを出てふたりで彼のマンションまで歩いた。10分くらいなんだけど、俺はなんて言っていいのか分かんないし、あっちは始終シリアスなムードだし。だから黙って歩いて、そこに着いて、エレベーターの扉が閉まった瞬間に、俺の唇に軽いキス。俺が、

「あ。」

「なに?」

「初めて。」

「初めてなの?」

俺が可愛く頷く。彼は小さいため息をついて、

「キスしたことないの?」

「だって。」

「君みたいな綺麗な子が?」

彼のうち入って、よく考えたら俺ってやっぱりこの人のことあんまり知らない。俺の知らない画家の複製画が何枚もかけてある。原色に、金や銀を使った派手な感じの絵。

「だって、俺、子供の時はピアノが忙しかったし、それからは悪いことすんのが忙しかったし、病院出たり入ったりで、それからは仕事が忙しかった。」

彼はなんかグラスで飲んでて、見てない時にコッソリ舐めたら、やっぱり強いお酒だった。彼は、

「君は昔から、人のことを寄せ付けない感じがあったから。」

「中2病が大分長かったし。友達もずっと明斗さんとか森詩さんとか、大人ばっかりだったし。」

「明斗ともなんにもなかったんだ。」

「全然。あの人紳士だし。」

「なんかある、って思ってた。君、ほんとに俺でいいのか?」

俺はそれがあまりにも常套句なんで、笑いをこらえながら可愛く頷いた。社長は上着を脱いで椅子の背にかけて、そしたら俺、前にここ来たことあるのを思い出した。彼の10年分の仕事の写真見せてくれた時。「一緒にいい仕事しような。」って言ってくれた。あれから4年、俺達一緒にいい仕事してきたと思う。あの時俺のほっぺにキスしてくれた。ドキっとした。俺はさっき抗不安剤飲んじゃったから、落ち着いてたのに、彼の方がナーバスで。

「社長の方がよっぱどナーバスに見えますよ。」

彼もちょっと笑って、

「冷やかすな。」

やっと彼は俺の側に来て、さっきみたいなキスをしてくれる。そしてまた自分のいた所に戻ろうとするので、俺が捕まえて、俺の左手が彼の肩を、右手が彼の頭の後ろ。それでパッションを込めたキスをする。それは俺が4年前から夢見てたこと。俺は目を開けてて、彼が目を閉じてるのを見てる。俺は童貞だけど、森詩さんの言ってた通り、自分のヤりたいことをヤるって決めた。

「社長、ベッドルームどこですか?」

彼は先に立って、そっちの方へ歩く。思ったより広いマンション。リビングよりベッドルームの方が広い。ベッドの方が大事だってこと?彼のネクタイ。流行の色と流行の太さの。それを掴んで、俺は彼をベッドに押し倒す。俺がキスをすると彼は舌を絡ませてくる。不思議な感触。男の舌。俺はもう既に彼の身体の中に触ったような気がした。もしかして、この人はいつもこうなの?こんな風に受け身なの?俺が彼のシャツのボタンをはずしてあげる。俺が夢見たこの厚い胸。俺が保存したモデル時代の彼のたくさんの写真。それで見て焦がれたその胸に唇を這わせてみた。胸から身体の中心、お腹を通って、パンツのベルトギリギリまで行って、そこにキスして、男のにおいに刺激されて、また戻って、今度は彼の首から乳首の側を通って、でも乳首には触らないで。彼が俺の頭を両手で持って、自分の乳首にキスさせようとするけど、当然俺は逃げる。俺はTシャツ脱いで、胸と胸を合わせて、頬と頬を合わせて、彼の耳の近くにキスして、耳たぶを一瞬口に入れて、俺はまだ彼の好きなスポットを探してる。手で彼の身体をまさぐる。きっとそれは下半身にある。俺は彼のベルトをはずして、でもそこまでにしておいて、彼が待ち望んでいた、彼の乳首に触ったりキスしたり舐めたりいろんなことしてあげて、彼の感じてる息づかいがエロくて、彼の性器をパンツの上から触ったら、硬くたっていて、俺は童貞だからその先は分からない。そこまでして、手を止めてベッドに座ってボーっとしてたら、さすがに彼が俺に手を出してきて、俺の背中を後から抱きしめて、俺をベッドに横たえて、ジーンズ脱がして、自分のパンツも脱いで、ふたりで裸で抱き合う。彼が俺にキスしようとして、俺がなんとなく顔をそむける。

「イヤなの?」

驚いたように。彼の裸の腕の中にいて、イヤなんてことあるハズないのに。俺のイカレタ脳の中に相反するなにかがあって、俺の顔をそむけさせる。

「俺は誰かのお人形じゃないし、誰のモノにもなりたくない。」

でも彼は俺のペニスに手を伸ばして、

「こんなになってて、もう止められないよ。」

大人の余裕で言われて、ちょっとムカついて、俺は彼の腕の中から抜け出す。そうなるとヤバいことに俺の身体が全部彼の目にさらされて、彼は俺の身体を好きなように愛撫して、俺のペニスがますますたってきちゃって、そうなったらなぜか童貞のクセに競争心みたいなモノが出て来て、絶対俺が先に彼のをイかせてやろうと思って、色々したんだけど、彼は気持ちの良さそうな声を出してたけど、なかなかイかなくて、どうしたらいいのか分かんないから、可愛い泣き声を出して、彼に甘えて抱き付いてしまって、やってることに全然統一性がない。結局俺が先にイかされて、俺は彼のをヤるのが楽しくて、それは彼の反応を見るのが楽しいからで、彼はほんとはバックに入れてもらうのが好きなんだって。だから今度はそれをしようってことになった。楽しみ。本格的ゲイセックス。童貞を喪失したからか、それともセックスの後っていつもそうなのか分からないけど、なんか切ない気持ちになってしまう。長いことバカみたいに憧れていた社長と一緒にベッドにいて、なんで?もしかしたらこの人が俺だけのモノじゃないから?俺はできれば彼が他の人とヤらないで欲しいし、俺は社長以外の人と付き合うつもりは全然ないし。

72

俺は18になったからか、それとも童貞喪失したからか、みんなに急に大人びた、って言われる。男らしく今さらヒゲも伸びて来て、カッコいい大人のイケメン。それか多分その一歩手前。明斗のアドバイスで、俺の髪は長めで、肩に付くくらい。緩くパーマもかけてる。明斗は中性的なモデルがこれからトレンディーだから、って言ってる。もう女みたいな化粧をする仕事はほとんど来ない。たまにアートっぽいメイクはやる。こないだは、顔を横に雷のように矢が飛んで行く、っていう絵を描くみたいなメイクをやった。でもつけまつ毛つけたり濃いリップスティックつけたり、っていうのはほとんどない。明斗さんとは時々仕事で一緒になる。でもその時も普通の男性のメイク。女性との絡みも増えた。恋人同士で手を繋いでいるショット。俺はやっぱり女は苦手。男兄弟しかいなかったし。女というモノが理解できない。こないだ電化製品の広告で、家庭のリビングで女と一緒に団欒、っていうのがあって、俺は長い髪を後で結んで、俺はこういうのにも慣れないとな、って思った。

73

4月になって、俺は学校に戻った。だからもう数臣と一緒に営業はしないし、レギュラーなのは例のファッション雑誌だけで、相変わらず年をごまかして専属をやってる。面白くないけど、決まったお金が入って来るから、そう悪くもない。病院にはちゃんと通ってる。近年、夏になると調子を崩すから、それは気を付けて、医者と相談している。勉強はさっぱり分からないから、相変わらず親に家庭教師をつけてもらってる。親は、俺が高校出るまで面倒を見る、って言ってたけど、いつ卒業できるか分からない。今、あんまり仕事してないし、社長に会うのもあっちから連絡が来た時くらい。こっちから誘うのはなんとなくイヤなんだよな。なんでかは分からない。あっちが大人だから?ヤりたいという意思表示をするのがイヤだから?こないだバカみたいな大ゲンカをした。どっかの男が社長のうちのバルコニーに堂々と煙草の吸殻を残して行って、俺は、

「他のヤツとヤるな、とは言わないけど、こういう物は見たくない!」

って、怒鳴って、なんかあんまり意味のない主張なんだけど、わー、わー、泣いてやった。もうじき19のいい大人が。それからは俺が来る前にちゃんとチェックするらしい。俺は彼を自分のモノにしたいわけじゃないのに、相当矛盾してる。社長はどうでもいいような用事で俺を呼び出して、それは俺とヤりたい、ってことで、でもいつもなんでか知らないけど、俺がヤツを誘ってるみたいに言われて、それがムカつく。

「ほら、今の顔が誘ってる顔だ。」

そう言われて、頭に来て、

「呼び出したのはそっちでしょう?」

「じゃあそんな目で俺を見るな!」

なにがどうなってんだか分かんないようなケンカをする。お互いの身体に馴染んでいくにしたがって、反発心も出て来る。それは男同士のエゴのぶつかり合い、それと俺の焦燥感。もてる人だから色んなウワサを聞くのはしょうがない。でも相手の男を側に感じたくないだけ。

74

夏になって、19になって、やっぱり夏は調子が悪くて、こないだまた社長とケンカして、それは誰かがどっかのゲイバーで社長が男とキスしてるのを見たとかそういうことで、人に見られるようなとこでそんなことすんな、って言うのが俺の主張だったけど、それは縛るってことだから、全然俺の主義と一致してない。その時は社長のうちにいて、そこは4階だから死ぬ高さじゃないんだけど、頭に来て飛び下りようとして、自分ではなにしてたのか後で覚えてなくて、それがヤバい、ということで1週間くらいだけど入院した。錯乱状態。自分がそんな風になるのは久しぶりだった。昔はよく泣き叫んで物を壊していた。社長は俺に発狂してもらいたくないけど、多分、他の男ともヤりたいから、それからはバカみたいに注意するようになって、俺の耳にはなにも入ってこないし、ヤツのうちにもなんの残留物もない。よっぽど気をつけてるんだと思う。ご苦労様なことに。それでも俺はいつまでも彼のことが好き。純情なことに。俺は他の男とヤったこともないし、ヤろうとも思わない。

75

20才の夏、俺は、『リタルダンド』という奇妙な、退廃をテーマとした男性モード誌に移籍した。俺は当然、退廃という言葉は好きだけど、あんまりそれをテーマにされると、逆にその雑誌の中で、健康的な顔してやりたくなるようなあまのじゃく。まだ雑誌は刊行されてなくて、今やってる撮影は雑誌のイメージを広告主や読者に知らせるための宣材。俺はいつも、笑って、って言われて笑えなくて、笑わないで、って言われると笑いたくなる。俺の髪は今、首の半分くらい。パーマかかってるから見た目はもっと短い。カーリーな髪をフワフワにして、俺には理解不能なモードの服を着せられる。笑わないで。退廃的なムードで。一番最初の撮影だから、珍しく社長も見に来ていて、編集長でアートディレクターの野中さんとずっと話しをしている。モデルは俺の他にもうひとりいて、その人は俺より年上で、ハーフで完璧に整った顔をしている。その人が男っぽい役で、俺が中性的な役で、そういうふたりの男の絡み。なんとベッドの上で。でもポーズの指定はなくて、野中さんが、

「セックスの後の気だるい感じ。」

俺、セックスの後は必ず気だるい、それこそ退廃的な気持ちになるから、それは大得意なんだけど、俺の脳が悪いせいか、笑いが止まらない。その相手役のモデルさんに触られると、どこに触られてもくすぐったくて仕方がない。撮影が始まる前から休憩になって、俺は社長に呼ばれて、

「なにしてる、お前。」

俺の耳元で小声で言って、その時そういえば、俺って今日はどっちみち朝から機嫌悪かったな、って思い出して、小さい声でコソコソ喋るのが気に入らなかったから、でかい声でゆっくり、

「なんですか?」

って、言ってやった。社長はしばらく黙って、怒りを抑えてる。そしてまた小声で、

「お前がいつも、ベッドで俺にやってる顔をすればいいんだ。」

「自分で自分の顔見れないし。」

丁度その時俺のケータイが鳴って、社長が覗くんでワザと誰からかかって来たのか見せてやった。電話には出なかったけど、ソイツはうちの新しいモデルで、俺のことをずっとしつこく追ってて、俺は全く興味がないから無視してたけど、社長はなんとなくそれに気付いてて、

「お前、アイツと寝てるのか?」

「たまには若いのもいいかな、って。」

「なんであんなヤツと。」

「急に俺のこと、惜しくなったんですか?」

社長は両手を握りしめて、俺のこと殴るの我慢してるみたいで、俺も腹が立った。今までコイツとしかヤったことないのに、コイツにはいつも誰かの陰があって。撮影に入る前に思い出して抗不安剤を飲んで、そしたらそれはすぐ効いて、俺は社長の所へ行って、

「俺、もうアンタとは絶対ヤらないから。」

その後は撮影も上手く進んで、俺は頭にきてたから表情も挑戦的で、相手の顔を舐めたり、服半分脱がして、パンツに手を入れようとしたら、フォトグラファーが、

「そこまでしなくてもいいから。」

俺は、

「なんだ。」

ってガッカリした。

76

彼は初めてベッドを共にした時からいつも俺にしてるみたいに、優しくベッドに寝かせて、熱いキスをしてくれる。セックスの後の気だるい感じ。俺はセックスの後はいつも彼にくっ付いて、昔彼が飼ってたネコみたいに。だから今もそうしてあげて、さっき俺が半分脱がした彼のシャツの中に手を入れて、肌の温もりを感じて、それをフォトグラファーが上から撮って、彼が俺の方へ腕を伸ばしてきたから、俺はその腕を取って腕枕で目を閉じて、この男はだれか他の男とセックスしてる。でも俺は彼ひとりを好きで、童貞を捧げてから他の誰とも寝てないし、たとえ俺のことが単に欲望の捌け口だとしても、俺は彼のことが好きだし。でももしかしたらそれも終わりに近付いてる?なんだか涙が出て来て、それは自然に出て来た涙だから、大して理由はなくて、でも彼は俺に怪しい日本語で、

「どうしたの?」

って、聞いてくれて、

「今、男と別れる決心をして、でもやっぱり悲しいから、無理かも知れない。」

って、言ったけど、あんまり理解してないみたいで、俺は好きだって結局一度も言わなかった。だってそれを言ってはいけなかったから。俺は本格的に涙を流して、彼が俺の顔を優しく覗き込んで、まだ撮影は続いてて、俺は盛大に退廃的に静かに涙を流して。20才になっても俺の目はまだお人形みたいに大きくて真ん丸で、そのお人形の目からしずくみたいな涙が次々とこぼれる。そしたら野中さん、俺のヌードの写真が気に入った、って言ってたな、って思い出して、俺は着せられてた服を脱いでベッドに横たわる。まだお人形は泣いてて、それをフォトグラファーが追って、それで彼はいつもみたいに俺の身体を大事に抱いて、それは俺がずっと憧れてた厚い胸で、綺麗な身体だね、って英語で多分そう言って、俺の心臓側の乳首の上に手を置いて、マジセックスに移行しそうになって、考えてみたらこれって、セックスの後の気だるさなんだよな、って思い出したけど、でもセックスの後だって、なんとなく乳首触っちゃうことだってあるし、って。そしたら野中さんが休憩しましょう、って言って、俺達はみんなで撮った写真を観て、上手いこと退廃的に撮れてて、俺のお人形の顔も身体も綺麗に撮れてて、彼と俺はちゃんとセックスの後の気だるい感じに写ってた。

77

撮影が終わって、みんながもう見えなくなったところで、社長は俺の頬を叩く。俺はもうコイツとは関係ないと思ったから別になんとも思わなくて、彼の歩いて行く方向と反対に向かって歩き出して、そしたら彼は俺のことを追いかけて、俺のことはもういらないんじゃないの?って頭にきたから、

「俺はもうアンタのいらなくなったお人形だから。仕事も辞めるし、もうアンタには会わないし。」

俺はどんどん歩いて行くけど、自分がどこに向かって歩いてるのか、全く見当がつかない。ずっと彼の靴音が後ろから聞える。俺は走り出す。それでも彼はまだ後ろにいる。体力ないんで、俺は立ち止まる。そこはなんだか場末の小さな公園。薄汚れたハトが食べ物ををねだりながら俺達を囲んでいる。社長は、

「お前、ほんとにアイツと寝てるのか?」

「俺はアンタのモノじゃないし。」

「お前は俺の最初のモデルなんだぞ。初めて見た時の眩しさは忘れられない。なにかの錯覚に違いないと思った。」

「俺だって、ずっとアンタのこと憧れて、毎日ドキドキして、どうしていいのか分からなくて。それは、今だって全然変わってない。アンタ知らないだろ?俺が愛してること。」
「分かった。じゃあどうしたいのか言ってみろ。そしたら俺もどうしたいか言うから。」

俺は頭も身体もすごく疲れてて、そういう時のバカみたいな妄想が一気に噴き出して、

「俺はね、これから社長とずっとずっと一緒にいて、寝る時も起きる時も必ず社長が一緒にいて、結婚式はハッピーで真っ白なリムジンでお花をたくさんたくさん飾って、それから、これから俺は社長のことを、秀木さん、って呼ぶの。」

それ聞いて社長はゲラゲラ笑い出して、ビックリしたハトが一斉に飛び上がって、俺達の上に白い羽がたくさん舞い降りて来る。

「俺も玲海とずっと一緒にいたい。」

「今、聞いたの、俺の妄想なの?」

「そんなことないぞ。俺のこと、秀木、って呼んでみろ。」

「やだ、恥ずかしい。」

「自分がそう呼びたい、って言ったんだぞ。」

「分かった。秀木さん。」

なんだかそこは駅の裏みたいで、電車が通る度にすごい音がして、そのたんびにハトは舞い上がるんだけど、またすぐみんな帰って来ちゃって、足元にまつわり付いて、暑いし、なんだか自分で自分がなにをしてるのか分からないし、しょうがないから泣こうと思って、少しだけ泣き始めた。社長、っていうか、秀木さんは優しくて、

「ほら。」

って、俺の泣いてる頬にくっ付いてた白い羽を取って、そして空に投げて、

「覚えてるか?俺達の最初の仕事。泣いてる天使。」

「うん。手をこうやって動かして、そうすると飛べるんじゃないかな、って。」

俺は腕を動かして、飛ぼうとする。秀木さんは俺のことを抱いて、

「ダメだって、飛んで行っちゃ。これから俺達ずっと一緒にいるんだから。」

 

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